クソリプおじさん VS メリーさん

ちびまるフォイ

クソリプおじさんの恐怖

それはうだるような暑さの夜のことだった。

外には誰ひとり歩いていない。

風の音すら大きく聞こえるほどの静けさの中……。


電話に1件の着信が届いた。


震える手でそっと着信元へと連絡した。


「も、もしもし……」


『メリーちゃん、今晩は。クソリプおじさんだお。ナンチャッテ♪

 いっぱい電話したのに、全然返事くれないから、寂しくなっちゃった。

 こないだ肉が好きだって言ってたよね? 美味しい焼肉屋さん見つけたから、今度行こうよ』


「……」


メリーさんの背筋に寒気が這い回った。

話すときの情報量のバランスがおかしい。


会話のキャッチボールでゆるめのボールを投げたら

全力投球でぶん投げてくるような感覚を覚える。


『おおーい、メリーちゃん? 寝ちゃったカナ?』


「起きてます……」


『今どこにいるの? 迎えにいってあげるよ?』


「今、家の前にいるんで結構です」


実際には家にはいなかった。

メリーさんが電話をして出張するコールセンターを出たすぐだった。


『でも最近、なにかと物騒だから、やっぱり車で迎えにいくね。

 メリーちゃんは、女の子なんだから、そういうこともちゃんと気にしないと』


「……はあ」


お前がその"物騒"の第一候補筆頭だよ、と言いかけたメリーさんだったが

そもそもこのやり取りをさっさと終わらせたいのと

言ったところで


『メリーちゃんは、ホント毒舌さんだね。

 でもそれって興味を持ってるってことだよね。あはは』


あははじゃねぇよ。


脳内で構築されたシミュレーションおじさんの返答ですら嫌になるので何も言わなかった。

電話を切るとメリーさんはため息をついた。


「相手を選ぶんだった……」


以前、メリーさんがアポ電して突撃した先で

全裸待機していたクソリプおじさんを見て逃げようとしたものの

連絡先を交換するまで返してくれなかったことが事の発端。


それからは脈アリだと思っているのか電話が止まらない。


『もしもし? おじさんだよ? 今、メリーさんの家の前に来たよ?

 もう家に入っちゃったのかな?』


「はやっ!!」


『おじさん、ケーキ買ってきたよ。傷んじゃうから冷やさないと。

 メリーちゃんのお部屋に持っていくよ? どこかな?』


クソリプおじさんの行動力はすでにメリーさんの想像を超えていた。

どこかで時空歪めてワープしているのではとすら錯覚させられる。


この深夜にケーキとかデブ活でも始めさせる気かと。

女子=ケーキという先入観があるのを大目に見ても、

別にメリーさん自身が頼んでもいないものを買ってくるのがすでに重い。


あまつさえ自分で勝手に購入したものを

「傷んじゃう」などとメリーさんが悪いみたいにするのはどういう神経なのか。


"でも女の子ってサプライズ好きでしょ?"


「あんたのいう女の子は少なくとも私じゃない!」


脳内の仮想会話にすらツッコミいれるほどメリーさんは恐怖していた。


『もしもし? メリーちゃん? おじさん管理人さんに部屋を聞いたよ?

 明かりついてないね? もう寝るとこカナ?

 おじさんが添い寝してあげようか?』


お前の添い寝にどれだけの価値があるのか。


「いえ……メリーさん、今コンビニにいるの……」


『そうなんだ! すぐ行くね!』


電話はそこで途絶えた。

来てほしいとは一言も発していない。


『もしもし? おじさんだよ。

 今コンビニの前に来たよ。メリーちゃん、どこかな?』


「あ……っと、えーーと……」


『はやくメリーちゃんと会って宅飲みしたいナ。

 俺、お酒強いから、メリーちゃんが酔っても、支えてあげられるヨ♪』


メリーさんの脳内には部屋にあがるクソリプおじさんが浮かんだ。

あまりの恐怖に悲鳴をあげそうになる。


『メリーちゃん、いまどこにいるのかな?

 おじさん、メリーちゃんが変な男に絡まれてないか、心配だよ~~』


「それお前が言うの」


『あ、メリーちゃんの背中見つけた! 切るね!』

「ちょっ……!」


メリーさんは電話が切れるなり後ろを振り返った。

誰もいない。


人のいない道路と、ぼんやりした街灯だけが続いていた。


『もしもし? メリーちゃん?

 今、もしかして俺を探してくれた?

 本当は、まだ見つけてないんだ』


ホッとしたのもつかの間だった。

クソリプおじさんの魔の手はけしてゆるむことがない。

積極性に引きずられている相手への迷惑を気にすることはない。


『メリーちゃんの、カワイイ声を早く聞きたいなぁ。

 実はメリーちゃんに、着てほしい服も買ったんだヨ』


「……!」


メリーさんは戦慄し言葉を失った。

普段、あれだけ一般人を恐怖のどん底へ叩きつけるメリーさんがこんなにも人を恐れるのは初めての経験だった。


『メリーちゃんの部屋の前で待ってるネ♪』


メリーさんはただでさえ血色の悪い顔を青ざめさせた。

クソリプおじさんが玄関の前で待っていては家に帰れない。


「ど、どうしよう……」


メリーさんの同僚であるマリーさんたちに電話しようとしたものの

この遅い時間なのでとても起きてくれない。

まして、"今日これから家に泊めてほしい"と受け入れてもらえるはずがない。


「そ……そうだ!! 不審者扱いにしちゃおう!!」


部屋の前に知らない男がいれば警察が動いてくれる。

クソリプおじさんを遠ざけることができるはずだ。


メリーさんはすぐに警察へ電話した。


「もしもし? 私、メリーさん。今、交差点の前にいるの……」


『こちら警察です。どうかしましたか?』


「部屋の前にクソリプおじさんがいるの……。

 なにかされそうで家に帰れない……」


『わかりました。話を聞きますので、いったん警察署へ来てください』


メリーさんはホッとした。

一人で悩まなくてよかった。


自分の抱えている辛さを他人にも知ってもらえているだけで

仲間が増えたような安心感に包まれる。


「もしもし? 私メリーさん。今、警察署の前にいるの……」


『あ、見えました。こちらです』


警察署の方で大きくてを振る人影が見えた。

メリーさんは警察署へついにたどり着いた。


「私、メリーさん。今、部屋の前におじさんがいて困ってるの!」


「それは大変ですね」


警察官はメリーさんの話をうんうんと聞いた。

ギラついた目で付け加えた。



「メリーちゃんは、彼氏とかいるのカナ?

 今度ご飯でもどう? 連絡先教えて?

 女の子一人じゃ危ないからついていってあげるネ♪」

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