第2話:この素晴らしい偽善者に祝福を(前編)

前回までのあらすじッッ!!

必殺の秘策により、田植えレース優勝を見事果たしたハードボイルド私立探偵の草薙凱くさなぎがいだったが、この大会はYOSHIKIによって仕組まれた罠だった!!

凱の知らぬ所で蠢く影とは…どうなる第2話!!!!



はるかは頭を抱えた。現状を整理した所自分は階段から突き飛ばされ、後に意味不明な少女に意識不明の状態で手当てされていたという事になるのだ。過敏な近隣住民が聴けば、あらぬ誤解を受けかねない…と、他人の善意にとことん鈍い男だった。

「どうされました?もしかして、まだ傷は痛みますの…?」

「あ、いや…俺ははるか、先ずは看病してくれてありがとう。」

もうありのまま起こった事実を飲み込もうと、彼は苦し紛れに自ら名乗ることにした。

「これはこれは…私ともあろう者が、紹介が遅れましたわね。私の名はアルテシア。アルテシア・H・ローランドと申します。親しい者は皆、私をアルと呼ぶので以後お見知り置きを」

戸惑いながらもはるかがアルテシアへ挨拶をすると、彼女はニコリと彼に微笑みかけた。その柔和な笑みはまるで大輪の花のようで、異性としては思わず目線を外してしまう程魅力的だった。




はるかはアルテシアと改めて情報の共有を行った。

彼が聞く所によると、ここはアネモネの村と言うらしい。先ずそんな地名が日本にある筈がないため、ここが日本では無いことに肩を竦めるしかなかった。

次にこの村の名産は野菜だと言うことぐらいだ。この時期はトウモロコシが名物らしく、土いじりが好きなアルから鼻息混じりに語られた。

住人同士の諍いも少なく、のどかな場景が平行線で続く平和な町らしい。

「なあ、アル。俺はどうやってここに来たんだ?」

アルテシアはその一言にきょとんとした顔を彼に向けた。

「どうやってと言われましても貴方…4日も前に家の御屋敷で倒れていましたのよ。正直、此方が聞きたい所ですわ」

誰かに連れてこられたのだろうか…ここまで歩いて来た記憶のないはるかは様々な仮説を立てるも、何故自分であるのか…ピースを埋めようとするも、全然情報足りない。

「それもそうだよな…とりあえずありがとう。状況が分かっただけでも御の字だ。」

何処か寂しげに俯く彼の顔を見て、アルテシアはパンっと手を叩いた。

「そうだ!目も覚まされたことですし、外の空気でも吸われませんか。こうして話し込んでも、気は晴れないでしょう?」

見知らぬ土地に飛ばされたのなら、実際に知ってもらえばいい。せめて故郷の良い所をひとつでも知って貰えればと、彼女は楽しげに提案した。

「なんか気を遣わせちゃったな。君さえ良ければ、差し支えないよ」

彼が快く承諾すると、彼女は嬉しそうに微笑んだ。

「ふふ、では先ず着替えませんとね。着替えは此方をお召しになって下さい。無理を言って執事に用意させましたの」

ここまで至れり尽くせりなのは、正直申し訳がない気持ちが勝って仕方がない。だが、それで善意を無下にするのも返って失礼だ。一旦彼女に退室してもらうと、悠は新品のワイシャツに袖を通した。




日本は真冬であったのに、この村では気の早いセミ達が鳴いていた。日本特有の湿気も少なく、本格的に日本ではないことに焦りも覚えかけた。

彼女に言われた通り、気の晴れぬまま屋敷の外に出ると、門の前で日傘を差したアルテシアが日傘ごと手を振っていた。彼女の髪色と同じ白いワンピースが夏風に揺れ、さながら一枚の絵を見ているようだった。

空いた手にはバスケットを握っており、どうやら病み上がり相手に大冒険を始めるようだ。

「もう、待ちくたびれましたわよ。案内が終わる頃には日が暮れますわね、きっと」

余程楽しみにしてくれていたのか、ストローハットの下から膨れた頬が見える。

「ああ悪い。アルがあんまり忙しないから、台風でも通り過ぎたんじゃないかって屋敷中持ち切りだったんだ。」

「貴方、すっごくいい性格してますわね…」

ようやく自分の落ち着きのなさに気がついたのか、恥ずかしさで赤くなった顔を隠そうと彼女は背を向ける。だが、次第に笑い話しで飛ばせるようになったのか、屋敷から村に着く頃には彼女の顔も笑顔に変わっていた。

この時、悠の頭に詰まった泥は、少し彼女に掬われた気がした。

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