エピローグ

 エピローグ


 翔は裏道を通って行き少し遠回りする。目的地は呉服町電停近くにあるあのマンションだ。あの日の夜、彩と逃げたルートとは別の道を使い、一時間かけて到着すると部屋に入る。

 既に彩と舞も来ていて、二人分のローファーと太一のスニーカーが綺麗に並べてあった。

 翔は玄関に上がるなり、見回しながらリビングに入る。

「遅いわよ真島君、紅茶が冷めるわ」

 先に来ていた舞が待ちくたびれたような表情でソファーに座って腕を組んでいた。

「仕方ないよ舞ちゃん、このセーフハウスがバレたら大変だから」

 彩は夏の制服にエプロン姿という二度と見られないかもしれない姿で紅茶のカップを口に運び、翔は胸をドキドキさせながら彩の向かい側の席に座ると、太一は部屋から出てきてリビングを見回しながら言う。

「揃ったな、早速だが今後の方針を決めようと思う……まずここの呼び名だが……下町の古道具屋というのはどうだ」

「不吉なことを言うな……あそこは最終的に見つかったぞ、しかも思想警察の隊員だったしな。僕はヴィクトリー・マンションがいいと思う」

 下町の古道具屋というのは「1984年」に登場するミスター・チャリントンの経営する店であり、主人公ウィンストンと恋人ジュリアとの逢引場所、ヴィクトリー・マンションはウィンストンの自宅だ。

 尤もここはさすがにボロくないしエレベーターは動く、テレスクリーンも設置されていないが。

 舞は呆れた口調で肩を落とす。

「そんなこと後で決めればいいわ、それよりこれからどうするかよ」

「決まっている……まずはここを自分たちのために使う、誰のためでもない、僕たちのための拠点にしよう……それから、あんなことはもう……これっきりにしよう」

 翔はあの日の夜にしたことは一度っきりでいいと思いながら言うと、舞は不満なのか眉を顰める。

「怖気づいたの真島君? これからなのに?」

「舞ちゃん、あれでもう十分だと思うよ。先生たちがやり返してこないとは言い切れないけど……報復のために貴重な三年間を費やした末、何も残らなかったら虚しいわ。それよりも、楽しい思い出でいっぱいにしちゃおう!」

 彩は舞を諭すような眼差しで見つめると、舞はどうしろと言いたげな表情になる。

「う、うーん……彩の言う通りだけど、何か提案でもあるの?」

「決まってるじゃないか、僕たちはオセアニアの外に出る……ユーラシアでもイースタシアでもない場所にね」

 太一の言う通りだ、それに高校に入学して本気で好きになってしまった女の子が目の前にいる。だから、後の時代になってあの頃は本当に楽しかったと言えるようにしたい。

だが太一は具体的な提案は思いついてないらしく、自嘲しながらソファーに座り込む。

「もっとも今の僕たちに自由な時間はあっても、金はないし……味方も殆どいない」

 太一はそう言うが一つだけ言ってないことがある、最後のゴールドスタインの暗号だ。あれは文字通り黄金の在処だった。どうする? 言うべきか? 言わないべきか? そう思いながら翔は慎重に言葉を選ぶ。

「……これから増やしていけばいいさ、それに……僕たちと同じ考えの人たちが案外身近にいる可能性だってある」

「そいつが実はミスター・チャリントンやオブライエンだったりしてな」

 太一はニヤけながら人差し指を翔に向けて言うと、舞は心の奥底まで見抜くような眼差しで太一を見つめる。

「あんたがそうなんじゃないの?」

 舞の言う通り、太一とは中学時代から知り合いだが、本格的に付き合いだしたのは高校入学してからだ。未知の部分があまりにも多すぎる。

「僕に限ってそんなことないさ、まっ……ここを拠点にしてどんな活動するかは成り行きに任せよう。みんなでいろんなところに遊びに行ったり、美味しいものも沢山食べたり、今しかできないことを沢山やろう」

 太一の言う通りだ、今しかできないことをやる。僕たちにはその力があると思いながら翔は肯いて言う。

「そうだ。太一の言う通りこの時は今しかない、正しいかどうかの問題じゃない……今しかない今を僕たちのものにする」

「うん、それがエーデルワイス団だもんね……エーデルワイスの花言葉って『大切な思い出』『勇気』『忍耐』よ」

 彩はこの名前が気に入ったのか妙にワクワクしてる様子で、舞は微笑みながら肯く。

「悪くないわ、私たちは秘密結社エーデルワイス団……ルールでも決めておこうか? うちの学校の運動部とは違って、取り敢えず来るものは拒まず去る者は追わないことで」

「そうだな、僕たちはカルト教団じゃない……でも時には助け合わないといけない」

 翔はサッカー部に入った上野が話したことを思い出す。そうだ、大層な考えだが僕たちは互いに助け合い、信頼し合い、そして尊敬し合えるような関係が理想的だ。

 だがそれを実現できるかどうかは別問題だ。

 それでも彩は微笑みながら肯いた。

「そうね、喧嘩することもあるかもしれないけど……それ以上に楽しいことが待ってると思うわ」


 そうして話し合った末、ルールは次の四つに纏まった。


一、互いの意志を尊重し合い、自分の意志を信じること。


二、互いを貶めたり、名誉を傷つける行為等は一切行ってはいけない、互いの名誉を守る努力をすること。


三、互いに助け合い、尊敬し合い、信頼し合う関係を築くこと。


四、二に反しない限り、エーデルワイス団に入団、退団は個人の意志で決めるとする。


「それじゃあ決意表明も兼ねて記念撮影としようか」

 太一が提案すると、彩は席を立って舞は頬を赤らめて困惑する

「舞ちゃん! 一緒に写ろう!」

「ええっ!? う、うん!」

 舞の隣に座る彩、翔もドキドキさせながらぎこちない口調になる。

「神代さん、隣いいかな?」

「うん、どうぞ」

 彩は何にも考えずに肯いてくれた。天然を装った腹黒かと思ってたが今は違う、園田先輩の言う通りただの天然かもしれない。でも、芯はとても強い心を持った女の子なんだと、翔は彩の隣に座った。

「それじゃあ撮るよ」

 太一は使い捨てカメラを取り出し、それをタイマーにセットしてそれをテーブルに置くと、小走りで三人で座ってるソファーの後ろに回り込むと翔は微笑んでシャッターが押された。

「よし、撮れたね」

 撮影が終わると太一は取りに行こうとすると、意を決して話すことを決めた。

「みんな、聞いてくれ……最後のゴールドスタインの暗号のことなんだが――」

 翔は洋彦兄さんの残した最後の暗号の答えを話す。


 ここから僕たちの、エーデルワイス団の物語が始まったのだ。

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新世紀の秘密結社エーデルワイス団 尾久出麒次郎 @Edelweiss_1987

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