第六章その1


 第六章、逆恨みと憂さ晴らしの報復


 六月一六日、月曜日。


 舞は朝から翔と彩の様子がおかしいと一目で見抜いた。

 翔はいつも何を考えてるのかわからない表情をしているが、今日はまるで辛酸を舐め尽くし、悔しさを必死で押し隠してるようだ。

 彩は表情こそいつものようにぽわぽわっとした雰囲気だが、瞳から光が消えかかっていて、まるで燃え尽きる寸前の恒星のようだった。

 土曜日に何かあったに違いないと確信する。午前中は萌葱、彩と三人でいつものように休み時間を過ごし、彩によれば翔との週末の謎解きツアーは無事に終わったという。

 昼休みになるといつものように太一、翔、彩、そして舞の四人に加えて萌葱も一緒になって座ると、彩は珍し気に言う。

「あ……あれ、萌葱ちゃん今日は部室行かないの?」

「彩ちゃん、真島君と週末何かあったでしょ?」

 萌葱は心配した表情で座ると、太一は珍しく真剣な眼差しで翔に言う。

「翔、神代さん、そろそろ話したらどうだ? 僕は君の友達だ……話しを聞くくらいならできるし、できる限り最善を尽くすよ」

「二人ともいつまでウジウジしてるつもり? 私たちだって悩むことはあるけど、抱え込むくらいなら喋った方が楽になるわ」

 舞はできる限り、慎重に言葉を選んだつもりだった。すると翔は顔を上げて彩と目を合わせると彩は肯いた。

「みんな、聞いてくれ……実はな――」

 翔は土曜日のことを話してくれた。親戚のお兄さんが残したマンションを後にするとライトノベルとかいう文庫本を買うため、熊本駅に行くと健軍から歩いてきた小学生の女の子に出会ったという、萌葱は驚きの表情を見せていた。

「健軍からって……あたしたちでもキツイわ、それを小学生で踏破するなんて」

「ああ、僕なら健軍電停から市電に乗って行くね」

 太一もその女の子に関心を示し、舞は早く続きが聞きたかった。

「話しを続けて真島君、その後何があったの?」

「ああ、その子は――」

 翔によるとその子は転校する日の夕方まで知らされてなかったらしく、友達に会いたい一心で大雨の中、少ないお小遣いを節約するために歩いて駅まで行き、翔たちに出会ったという。そして一緒に川尻駅に降りて探しに行こうとした途端、女の子の祖母に見つかって連れ戻されたという。

 翔は話し終えると気が晴れた様子もなく、彩は唇を噛む。

「あたし……あの子を助けられなかった……それどころか、あの子は……あたしたちを守ろうとした」

「守ろうとした? 何があったの?」

 萌葱は彩を見つめながら訊くと、翔は苦虫を噛み潰したような表情で言う。

「その子のお祖母さん、実は……この前僕たちが最初に出くわした補導員の人で顔や名前だけじゃなく、クラスや担任の先生まで知っていたよ」

 それで舞の背筋に電撃が走るが、太一は動じることなく微笑む。

「まさに“ビッグ・ブラザーがあなたを見ている”だな……だがどうやって僕たちのことを知ったんだ?」

「顔写真付き名簿を横流ししたんじゃないの?」

 舞は腕を組んで思いついたことをそのまま口にすると、翔は否定する。

「まさか……この前個人情報保護法が成立したばかりだぞ。今できたとしてもこの手法ももうすぐできなくなる」

「うん、あと何年かすれば今よりプライバシーとか個人情報管理とかもっと五月蠅くなると思うわ……それで彩ちゃん、そのボランティアのおばさん……なんて言ったの?」

 萌葱も肯いて逸れた話しを戻すため、質問すると彩は悔しさと怒り、憎しみが入り混じった表情を見せる。

「あたしたちが細高に通ってることを盾にして脅したのよ……あの子に言うことを聞けば今日のことは怒らないし、あたしたちのことを学校に報せるようなことはしないって」

 明らかな脅迫行為、友達に会いに行きたいという純粋な気持ちを踏みにじった。あの老いぼれはきっとまともな死に方はしないだろう、舞はもしその人に会ったら思いつく限りの罵声を浴びせてやりたいと手を握りしめた。


 放課後、翔と彩は高森先生に呼び出され、舞は太一と一緒に昇降口前で待つことにした。携帯電話の時計を見るともうすぐ一七時になろうとした時、翔と彩がようやく姿を見せた。

 翔は顔が白くなっていて、無表情だが静かに憎悪と憤怒が秘めていた。

 彩は一目を憚らず、悔しそうにすすり泣いていて瞳を赤くしていた。

「彩……大丈夫?」

 舞は恐る恐る歩み寄ると、彩は縋るような眼差しで見つめながら一言呟いた。

「あの人……約束を破るどころか、尾ひれを付けたわ」

 それだけで舞の全身が熱くなり、周りの物を焼き尽くすほどの怒りだった。太一も同感なのか、微笑みながらも瞳には怒りの炎を燃やしていた。

「決定的だな、みんな……今日は帰って明日は放課後、作戦会議だ」

「ああ、あいつらに一泡吹かせてやろう」

 翔も肯くといつものようにみんなで帰り、話し合った末に大まかに決まった。


 それは悪質で意味のない逆恨み、正義も大義名分もないのはみんな承知の上だった。


 二日後水曜日の昼休み、太一はすぐに役割分担を決めておいてくれた。

「よし神代さん、君は校内のポスターの枚数を数えてくれ」

「うん、今日の放課後、怪しまれないように……だよね?」

「くれぐれも内密に頼む。翔、君は品物の調達だ」

 太一はそう言って折ったメモ紙を渡す、翔はそれを生徒手帳に挟んで胸のポケットに入れると、太一はいつものように気持ち悪い笑みで釘を打つ。

「機密書類だ。調達したら誰にも見つからないように処分してくれ」

「ああ、勿論だ」

 翔は肯く、簡単に肯いたが相当な金額になるのではと思ったけど、後で聞けばいい。

「中沢は印刷するポスターを作成を頼む」

「わかったわ、柴谷君は?」

「僕はIT技術部からパソコンとプリンターを借りる交渉と便利アイテムの製作だ。今日の放課後、すぐに帰って製作にかかるよ」

 いったい何を作るんだろう? そう思いながら教室を出る。

「なぁ二人とも、ちょっと聞いて欲しいことがあるんだ」

 教室を出た途端、翔は周囲を見回して小声で言うと太一は言い当てる。

「謎解きツアーの成果か?」

「ああ、洋彦兄さんが残した暗号だが……呉服町電停の近くにある新築の分譲マンションだった。しかも家族四~五人が暮らせるくらいの広さだ」

 翔は肯きながら携帯電話を開いて画像を見せると、家具を揃えたリビング、いろんな玩具や便利アイテムが詰まった押入れ等が写っていた。

「週末、ここを拠点に活動するのはどうだろう? 秘密基地セーフハウスだ」

「面白そうだな……僕たちが拠点にするには贅沢過ぎるくらいだよ」

 太一も画像を見ながら言うと、舞は考えつく限りのリスクを口にする。

「柴谷君の言う通り、これ以上にない贅沢な拠点ね……ここを私たちで使ってるなんてバレたら良からぬ噂が流れるし、人から人に伝わって行けば乱交部屋に使ってたとか余計な尾ひれが付くわ」

「ああ、だから慎重に決めよう……早速買い出しの前に、ちょっと図書準備室に行ってくる。漫研の人に訊きたいことがあるからな」

 翔はそそくさと行ってしまう。舞は漫研にいる萌葱に何の用かしら? と思いながらも仕事にかかる。

「それじゃ柴谷君、早速パソコン室に行くわけど……いいかしら?」

「ああ、手配済みだよ……勿論、内密にしてもらうこともね」

 太一は何か裏がありそうな微笑みだったが、探ってもしょうがない。

「そう、それじゃあ私も行ってくるわ」

 舞は太一と別れ、IT技術部のある新校舎の四階にあるパソコン室に入る。

「失礼します」

 舞は凛とした声をパソコン室内に響かせる。中は一クラス分のパソコンが整然と並べられて黒板の代わりにホワイトボードがあり、正面の先生が使う席には大掛かりなハードディスクやプリンター、それにオフィスにあるコピー機があり、通常の教室とは全く違う雰囲気を漂わせていた。

 IT技術部の部員は五人全員男子でその中の一人、加藤一成が席を指差して言う。

「やぁ中沢さん、柴谷君から聞いてるよ。そこのを使っていいよ」

「先生が座る席のを? いいのかしら?」

「ああ授業は先生が、部活では部長が使ってるハイエンドな奴だ。必要なアプリケーションは全部揃ってる、足りないものやわからないところがあったら遠慮なく言ってくれ!」

「随分気前が利くのね、弱みでも握られたのかしら?」

 余りにもの気が利き過ぎて舞は警戒心を露わにすると、紺色のチェック柄ネクタイ――三年生の上級生が否定する。

「いやいやそんなことなかったよ。僕はIT技術部部長の小伏こぶしだ……今後ともよろしく」

 IT技術部部長の小伏はかっこつけて言うが、眼鏡に痩身のオタクっぽい見た目が完全にミスマッチだった。

「実は我がIT技術部なんだが、部員専用のノートパソコンが欲しくてね……それもこれから入ってくる後輩や予備の分も含めて最低一〇台できれば二〇台欲しかったんだ。しかもハイエンドな奴をフルセットでね」

「小伏先輩、本体だけでなくオプションも揃えるとしたら一台分だけでも二〇万はするはずです。こんな宝の持ち腐れみたいな弱小文化部にそんな予算出るんですか?」

 舞の毒舌にめげる様子もなく、小伏部長は不敵な笑みを見せる。

「ふっふっふっふっ……それがね、昨日君の友達が大金持ちの子なのかな? まるで漫画にいる金持ちキャラみたいにポンと出してくれたよ。おかげで一〇台――」

「部長、その辺にしておいてください!」

 部員の一人に止められると小伏部長はハッとして「オッホン」と咳き込んで改まった表情になる。

「まっ、見返りに君とその友達が今後秘密裏にかつ、自由に使いたいのということだ。好きに使ってくれ」

「あ、ありがとうございます」

 舞は礼を言いながら席に座ってパソコンを立ち上げる、柴谷君何をしたのかしら? どこからそんな大金を? 舞は気になったが、今はプランの準備に集中しよう。印刷した物はIT技術部の人たちが気を利かせてパソコン隣にある準備室に保管していいという。

「いいか、中沢さんが印刷した物を絶対に見るな! もし見たりバラしたりしたらせっかく買ったノートパソコンを換金して返金の約束してるからな!」

 小伏部長はそう部員に釘を刺していた。


 計画の実行は今週の金曜日に放課後、一度帰宅して夜を待ち、深夜に学校に侵入してポスターの張り替え、落書き、ビラのバラ撒いての嫌がらせ作戦だった。

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