第三章その1

 第三章、初めての四人


 玲子に先導される男子生徒たち、直人はそのすぐ後ろで走ってると、太っちょの一成が息切れして悲鳴を上げる。

「はぁ……はぁ……ひぃ……ひぃ……オイラもうだめだ走れない」

「お前にはこの坂はキツイだろうな、頑張れ! もう少しだ!」

 直人が励ましながらペースダウンすると、崖の近くにあるチェックポイントを通過して玲子が立ち止まり、崖下に指す。

「あそこよ、中沢さんと神代さんが動けなくなってるの!」

「おーい! 二人とも大丈夫か!」

 西本が崖下にいる二人に呼びけ、直人も落ちないように慎重に近づいて覗くと、崖下に彩が座り込んでいてそばに舞が立って手を振りながら叫んだ。

「私は大丈夫!! それより神代さんが足を挫いて動けないの!!」

「動けないなら助けに行かないと!」

 本橋は崖を滑り降りるつもりなのか、腰を下ろして崖に足を伸ばすと高畑が止める。

「やめろ本橋! 崖の高さは七~八メートルはある、滑り落ちたら骨折して野球できなくなる。むしろ中沢が無傷、神代も捻挫程度で済んだのは運がいい方だ」

「た……確かに、あれ? そういえば真島と柴谷は?」

 本橋が言うとみんな見回して二人の姿がないことに気付いて、真っ先に上野が悪態吐いた。

「こんな時に何やってっるんだあの二人は!」

「いや、待てあいつら……途中までついてきたけど勝手にどこかに行っちまった……まさか!」

 あの時、訳が分からず直人は呆然と見送るしかなかったが今になって気付いた。なんでこんな簡単なことに気付かなかったんだ! 俺たちは! と思いながら崖下を見回してると、思った通りで思わずニヤけてしまった。

「おい佐久間、なにニヤけてるんだ!?」

「まぁ見ておけ」

 上野が切羽詰まった口調で訊くと直人は視線を崖下の二人に向けて言った。



 みんなと別行動を取った翔は太一と切り立った崖下を走り抜けると思った通り、動けなくなって座ったままの彩と今にも泣きそうな顔をしている舞を見つけた。

「真島君!? 柴谷君!?」

 二人の姿を見た舞は驚くと同時に嬉しそうな声を上げ、太一は軽口叩く。

「やぁ中沢、こんな所で泣きそうな顔して……迷子の子供かい?」

「あんたのようなお子ちゃまに言われたくないわよ!」

 舞は言い返す、この分なら大丈夫そうだと翔はしゃがんで彩に声をかける。

「神代さん、助けに来た! 大丈夫?」

「真島君……柴谷君……よかったね中沢さん、もう大丈夫よ」

 彩は捻挫してるにも関わらず、朗らかな笑みになると舞は戸惑いながら言い放つ。

「それはこっちのセリフよ!! 挫いて動けないのに何呑気なこと言ってるの!!」

「……怒られちゃった、えへへ」

 彩はめげる様子もなく微笑むと翔は状態を訊く。

「神代さん、足を挫いたんだって?」

「うん、何とか歩けるわ」

 彩は舞を安心させようとしてるのか、朗らかに微笑みながら舞を見て言う。

「中沢さんったら、あたしのことはいいから呼んで来てって何回も言ったのに、泣きそうな顔をしながら嫌よ嫌よって小さな子供みたいになるのよ」

「よ、余計なこと言わないでよ!! こんな山の中で一人でいたら不安だし、無理に歩かせたら捻挫が悪化するかもしれないから、傍にいたのよ!!」

 舞は恥ずかしそうに頬を赤らめ、首を横に振って両手をブンブン振りまくって駄々こねる。

「うん、あたしもそう思ってたの。中沢さん、本当は優しくて寂しがりやさんなのね」

「い、言わないでよ馬鹿!! よりにもよってこんな時に!!」

 本質を見抜かれたのか舞は恥ずかしそうに動揺してる間、太一は右手を顎に当てて考えるような表情で言う。

「さて翔、問題はどうやって神代さんを連れて帰る? 歩かせるわけにもいかないぞ」

「太一、徒手搬送法で行こう。神代さんちょっと立てる?」

 翔は以前防災の講習会や本で読んだ二人での徒手搬送法を思い出しながら言うと、彩は肯いて右足に負担をかけないように左手を伸ばす。

「中沢さん、ちょっといいかな?」

「ええ、二人とも何するつもりなの?」

 舞は彩の手を握って引っ張り上げる間、翔は太一と両手首をしっかり握り合うと太一もわからなくても理解したのか、しっかり握ってくれた。

「なるほど……神代さん、ちょっとごめんね」

 太一がそう言うと、翔はアイコンタクトして両脇から彩を乗せる。頭側の腕をしっかり握り合って背中を支え、反対側の腕で膝の下を支えると見た目以上に重い! やはり太一の言う通り鍛えておくべきだった! 翔は踏ん張りながら絞るような声で言う。

「神代さん、しっかり肩を組むようにして掴まって!! 呼吸を合わせて歩くぞ!!」

「ふぅわぁっ! 真島君、柴谷君、あたし重いよ!」

 彩は落ちないよう肩を組むようにして両腕を二人の肩に回すと、両腕に加えて肩にも彩の体重がかかる。

「何これくらい余裕さ! だよな翔!」

「余裕かどうかはともかく太一、君の言うことは正しかったよ!」

 この野郎、太一テメェはサディストか!? 翔は歯を食いしばりながら舞に頼む。

「中沢さん、ここから一番近くてなるべく平坦な道を選んで」

「うん、ええっとこっちよ! 確かしおりの地図を見た時にこの道なら戻れるわ!」

 舞はしおりにあった地図のページを思い出しながら前を歩く、ナイスアシストだと翔は太一と呼吸を合わせながら歩く。

 どこまで歩けばいいかわからないが、腕力の足りない分は気合でカバーしろ!! あと汗に混じって何かいい匂いがする。視線を少し動かすだけで彩の雪のように白く、血色のいい柔らかそうな頬や潤んだ桃色の唇に人形のような瞳、やっぱり綺麗だ。

 おまけに足を踏みしめるたびにリズムよく揺れる年頃の女の子の乳房、やっぱり佐久間君の言う通り神代さんのおっぱいって見た目以上に大きいかも? ってそんなこと考えてる場合じゃない! と言いたいが、直接手で触れてないとは言え、衣服越しに女の子の感触を味わうという贅沢を感じながら彩を搬送する。

 全身から汗が噴き出る翔、そして太一を気遣ってか彩は遠慮気味に言う。

「二人とも大丈夫? 降りて少し休んだ方がいい?」

「大丈夫さ、これくらいできなきゃな翔!」

 太一は汗だくになりながら未だ余裕の表情で笑顔まで見せる、畜生! 僕も太一みたいに強ければと歯を食いしばりながら支える。

「ああ、一度始めたら最後までやらないといけない! それに、まだ図書室のお返しもしてねぇからな!」

 何言ってるんだ俺は! かっこつけたことを言いやがって! 両腕の感覚がなくなって関節と筋肉、そして骨が一斉に悲鳴を上げている。いつ断末魔を上げてもおかしくないと思ってると舞は信用したのか軽口叩く。

「大丈夫よ神代さん、二人とも密着してやらしい妄想しながら興奮して支えてるから」

「はははは言うねぇ中沢、そう! 煩悩は男の元気の源さ!」

「何言ってるんだ中沢さん! 太一! こっちはいつ両腕が断末魔の悲鳴を上げてもおかしくないんだぞ!」

 太一は否定せず、翔は思わず言い返すと彩は申し訳なさそうに言う。

「ごめんね真島君柴谷君、一昨日体重計ったら五五キロにまで増えていたの! 帰ったらダイエットしなきゃっ!」

「それ嫌味で言ってるの神代さん!?」

 舞は裏返った声で言う、確かに彩より背丈のある舞に体重は悩みの種らしい。太一は苦笑しながら言う。

「まぁまぁ人間ある程度体重は必要だよ、痩せ過ぎは寿命を縮めるから」

「そうだ……内臓というエンジンに筋肉という駆動系統……脳と言うアビオニクスや五感という各種センサー……骨格というフレーム……皮膚と言う装甲……軽量化し過ぎると耐久性が落ちるか、どこかで必ずしわ寄せが来る……まあ僕の場合、腕のフレームと駆動系統を改良しないといけないな」

 翔も苦笑しながら言うと太一も苦笑する。

「ターミネーターかロボコップじゃあるまいし」

「へぇ柴谷君も映画とか好きなの?」

 そういえば彩は映画館通いが趣味だ、太一も同じ趣味なのか? と思ってると太一も映画が好きなようだ。

「ああ、日曜洋画劇場を見るのが日課さ。スティーブン・セガールやジャン・クロード・ヴァンダムが活躍する八〇年代から九〇年代のアクション映画が特に好きでね……特に淀川長治よどがわながはるさんの解説が楽しみだった」

 淀川長治さんって一九九八年に亡くなった映画解説者で、その人のファンだとはかなり渋い趣味だ、翔も関心しながら話しに加わる。

「僕はアーノルド・シュワルツェネッガーやブルース・ウィリスが好きだ。ターミネーター、コマンドー、ダイ・ハードとか」

「あたしはシルベスター・スタローンね。ロッキーやランボー、特に第一作が好きなの、あの……ラストシーン……ランボーが可哀想だったね」

 神代さんも女の子にしてはなかなか渋い。そう思ってるうちに他の生徒と合流して玲子は驚きの声を上げる。

「柴谷君真島君!! 二人とも何やってるの!?」

「見ての通りさ、判断は悪くないと思うよ」

 太一は笑顔で言うが両肩の関節から腕が外れそうな気分だ、クラスのリーダー格とも言える高畑は驚きと称賛の声を上げる。

「スゲェ二人ともやるじゃん!! 徒手搬送法を実際にやってるの初めて見たぜ!!」

「お二人さん将来はレスキュー隊とか人命救助の仕事じゃね!?」

 本橋もノリノリで褒めて西本は関心を示す。

「二人ともスゲェ根性してるなぁ、両腕痛むんじゃね?」

「おい、早く誘導してやろうぜ! もう少しだ!」

 直人の言う通り少年自然の家はすぐそこまで見えていた。

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