第一章その2

 どれくらい眠ってたんだろう? 翔は半分夢でふわふわと雲のように意識が浮いてるような気がしたその瞬間、思いっ切り机を平手で叩かれ、一気に現実に引き戻されて目を覚ますと、目の前に丸太のような腕をした知らない男子生徒がいた。

「おい、西本にしもと高畑たかはたはどこだ?」

 高圧的で怒った猛牛のような低い声だ。

 制服をラフに着ていて高森先生が見たら即刻指導してくるだろう。ネクタイの色は青色で二年生の先輩だが、どうしてここに? しかも鼻を突くような臭い、これは……と思った瞬間、ネクタイを掴まれて無理やり立たされるかのように引き上げられる。

「西本と高畑はどこかって訊いてるんだよ! 聞えなかったのか!?」

「あっ……いいえ、多分……グラウンドにいると思います」

 翔はいつもあの二人は食後にサッカーやバスケで遊び、グラウンドで砂塗れで帰ってくる、時計を見るとあと一〇分くらいは戻ってこないだろう。

「そいつに伝えろ、放課後体育館裏に来いって」

「は……はい」

 吐息が臭いと感じるくらい顔を近づける、歯肉や歯の根元が黒っぽい。煙草吸ってるなと確信すると先輩は舌打ちし、パッと手放すと翔は硬い椅子にお尻を打った。

 痛い……なんなんだよこの人! 机を叩いて起こす、いきなり胸倉を掴む、おまけに正直に言ったら舌打ちしただけで礼も言わず教室を出て行く! 先輩が出て行くと張り詰めた空気が一気に緩み、翔は全身から冷や汗が噴き出て震える。

 マジで怖かった、高畑や西本のように高橋たかはしヒロシの不良漫画に出てきても違和感のない人だった。

「翔、大丈夫か?」

 真っ先に太一が気遣って声をかける。

「ああ、なんとか」

「にしてもなんて礼儀知らずな先輩方だ! 先輩という立場を悪用してる!」

 太一は珍しく憤るような表情を見せた。しばらくして高畑と西本が戻ってくると太一はすぐに歩み寄って少し強めの口調になる。

「高畑君、西本君ちょっといいかな?」

「おう、どうした?」

 高畑雄二たかはたゆうじは肩幅が広くて翔より背が高く色白の肌に、オールバックの染めた黒髪と、飢えた猛獣のような眼光と相まってホワイトライオンのような奴だ。

「なんだなんだ? 何かあったのか?」

 西本大樹にしもとだいきも太一を見つめながら歩み寄る。太一と同じくらいの背丈で中学時代の武勇伝の証なのか、顔中に傷跡があって浅黒い肌にソフトモヒカンの風貌からバーバリーライオンを彷彿させる。

 太一は今さっき起きたことを詳細に話すと高畑は肯いた。

「わかった、放課後体育館裏だな。任せとけ、仇は取ってやる」

「今日の放課後は面白いことになるぜ、みんな是非見に来てくれよ!」

 西本はまるでもうすぐ試合だから見に来てくれよ、と言ってるかのように大袈裟なアピールすると、廊下の外で聞いていた玲子は微笑みながら入ってくる。。

「あのさ、あたしも来ていいかしら? 挨拶もなしに人の教室に上がりこんで偉そうな顔してる奴ら、あたしも許せないからこの際実力を見せてやろうと思うの」

「いいのか綾瀬、相手は二年だぜ」

 高畑は止める様子もないが、同時に行くのを控えるように言ってるようにも聞えた。

「いいじゃん! 相手が何人来るかわかったもんじゃないし。二人だったら素直にあたしが引き下がればいいだけの話しじゃん」

 玲子は両手に腕を組んで言った。オイオイ本気かよ、翔はネクタイを整えながら表情を強張らせると、五時間目の始まりを告げるチャイムが鳴った。


 今日の授業が終わると翔はすぐに鞄を持って席から立つと直人が誘ってくる。

「柴谷、真島、見に行こうぜ!」

「ああ勿論、翔も行こう」

 太一も立ち上がって肯く。まあ高畑君が仇を取ってやると言ってたし、西本君も大々的にアピールしたから見に行って損はないだろう。すると、一人で帰ろうとする舞が引き止めるかのように訊く。

「あら、柴谷君あの野獣みたいな不良の喧嘩を見に行くの?」

「ああ、中沢も行くかい?」

 太一が誘うと舞は無表情のまま首を横に振る。

「いいえ、だけど一ついいこと教えるわ……喧嘩を売ったの、高畑君たちの方よ。それにどうして三年生ではなく二年生にしたか?」

「何か考えがあるみたいだな……またあとで話しを聞くよ。それじゃあ」

 太一は何かを感づいたような笑みを浮かべると教室を出る。体育館に向かう途中、翔は一つの懸念事項が浮かび上がる。

「太一、どれくらい人が集まるかわからないけど、人数や状況によっては先生たちから目立ちすぎる……先生が来たら解散してバラバラに逃げてまた明日ってことにしよう」

「なるほど、バラバラに散って逃げればターゲットを絞れず捕まる確率も下がるというわけか……聞いたかい二人とも、先生が来たらバラバラに逃げてまた明日だ」

 翔の意図を瞬時に理解した太一は直人と合流した一成に言う。

「OKそんなら俺は一成を囮にして逃げるぜ、お前足遅いし」

「ひっでぇな直人だって走ったらすぐに息が上がるだろう?」

「俺は長距離走よりも短距離の方が得意のさ、それよりいいのか? IT技術部に行かなくてさ」

「遅れるって伝えてるし、先輩たちも見に来るってよ」

 一成は直人とふざけ合いながら体育館裏にある広場に近づくと、既に何人もの生徒が来ていて、学年問わず体育館の一階や二階の窓、使われなくなった焼却炉、物置の陰に隠れてその時を待っている。

 もしかしたら他にも何人かいるだろう、頃合を見計らって太一は見回しながら言う。

「それじゃあここから別行動で、僕は翔と物置にいるよ」

「ああ、一成みたいに捕まるんじゃ――あいてっ!」

「誰が捕まるかっつうの!」

 直人がふざけて言うと一成はニヤケながら頭を軽く叩いた。

 とりあえず翔が見物する場所は物置だ。もう既に他のクラスの生徒が待機してるのだが、翔は太一の意図に薄々気付いて言った。

「太一、僕が下から支えるから太一が登ったら僕を引っ張り上げてくれ」

「わかってるね、それじゃあお先に!」

 太一はジャンプして物置の縁に掴まると翔が下から太一の足を押し上げ、登り切ったところで翔は一度離れて助走をつけてジャンプ! 端を掴むと両腕を懸垂の要領で引き上げて右足からかけ、太一は腰を掴んで引っ張り上げた。

「筋トレした方がいいぞ翔」

「太一の言う通り、腕力がモヤシレベルだな」

 翔は汗だくになって自分の非力さを痛感しながらうつ伏せの姿勢になる。物置の屋根は凹凸のトタン屋根だ。

 歩きにくいが、剥き出しのボルトが並んでないのでうつ伏せにできないことはない。

 二人でうつ伏せになってるとまるで狙撃手スナイパー観測手スポッターみたいだった。

 すると昼休みに現れた先輩とその仲間二人が出てきた。うち一人は女子生徒でスカートは短く長い髪は金髪に染め、派手なメイクにアクセサリー等と服装違反のオンパレードで、極めつけはルーズソックスと一九九〇年代かよ! と言いたい。

 まあほんの四年前だから生き残りがいても不思議ではないが。

 もう一人の男子生徒も派手な赤髪に染め、制服をラフに着ていて、正直関わりたくないタイプだった。

 不良三人組の先輩は周囲を威圧するかのように見回すが、それ以上は見向きもせず見物人を黙認してるかのようだ。

 まあ実力を見せるにはいい機会だと思ったのかもしれない。すると少し遅れて高畑たちがやってきて高畑の眼差しは見ている翔もビビるくらいだった。

「先輩方、遅くなりました……うちの担任がうるさくてですね」

「ああ、担任高森でしょ? 運がないわねあんたたち……あの人しつこいし足速いし」

 金髪ギャルの先輩は余裕の表情で腕を組んで神経を逆撫でするような口調だが、玲子はそれに物怖じすることなく微笑みながら言い返す。

「先輩方は体験済みなんですね。まあその格好なら嫌でも目立ちますからね」

「生意気言うわね、泣いても許さないわよ」

 金髪ギャルの先輩は微かに口調が尖る、リーダー格の先輩が高畑を睨みながら拳を鳴らし、歩み寄る。

「おい一年のお前、高畑だったな……中学で派手に暴れてたって聞いてるぜ」

「いえいえ、向かってくる奴がいただけで……正当防衛にしたいんでいいっすか?」

「そんなら、指導ってことにしてやるよ!」

 リーダー格の先輩が向かってくる、始まった。

 リーダー格の先輩は走りながらパンチを繰り出してくるが高畑はそれを最小限の動きでかわすと腹部に拳を叩き込んで一撃でダウンさせ、回し蹴りで尻を蹴飛ばして体育館の壁に叩き付けた。

 一方西本はというと、向かってくる先輩に足を払って転倒させる。そのままリンチの要領で首筋、腰、背中で何回も踏みつける、よく見ると脊髄を狙っていた。高畑が少ない攻撃で一気に戦意を削るのに対して、西本はえげつない攻撃でジワジワダメージを与えるタイプだろう。

 そして玲子はというと金髪ギャルの先輩の掴みかかりをかわして回し蹴りで叩き込む、一撃でダウンさせるからまるでヒクイドリだと思っていた瞬間だった。


「こらぁああお前ら、何の騒ぎだ!!」


 生徒指導で厳ついスキンヘッドの幸長ゆきなが先生が怒鳴り散らしながらやってきた。

「ヤバイ! 逃げるぞ翔!」

「ああっ!」

 太一が翔の肩を叩くと翔も一瞬遅れて立ち上がり、物置を降りる。

「それじゃあまた!」

 翔は予定通り鞄を抱えて太一とは別方向、校舎内に逃げるとほとぼりが冷めるまでどこかに隠れていようと考える。

 だがどこに隠れる? トイレあんまり長時間隠れてたら怪しまれるし、腹を下したという言い訳も通じるとは言えない。

 翔はあてもなく校舎内を彷徨うと、図書室が目に入った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る