第25話 陽だまり①


 教室でやらかしたあの日から一週間が経ち。

 日曜日。俺はとある場所に向かった。

 電車を乗り継ぎ、分かりにくい立地のそこに足を運ぶのはもう何度目だろう。

 折り畳み傘についた水滴を何度か開閉させて飛ばし、入口付近の傘置き場へ置く。

 扉を開くとカランコロンと軽妙に、入店の合図を奏でるベルが鳴る。 

 何となく予感があった。

 いつも俺たちが話し合いをするときに決まって座る席。

 仕切り板から僅かにのぞく茶髪が照明の光を反射して天使の輪を形成している。

 本人は天使というよりかは悪魔なんだけど。


「誰が悪魔だって? 思考ダダ漏れなのよ気持ち悪い。さっさと座ったら?」


 ほらね。これだよ。いつまでたっても俺と愛野さんの関係は変わりそうにない。

 二人席。愛野さんの対面に座る。いつものようにスマホをいじっていた。

 ただ、普段とは違う点がある。知り合ってからの愛野さんがスマホをいじっているとき、決まってつまらなさそうに目を細めていた。でも今は、ニヤニヤ笑いながら何事かメッセージのやりとりをしている。


「どうだった。この一週間」

「色々あったわよ。あんたもでしょ?」

「まあね」

「お先にどうぞ」

「先にって、どうせまともに聞かないでしょ」

「そんなことないわよ」


 愛野さんはスマホを置き、紅茶を口に含みつつ、真っ直ぐみつめてくる。

 てっきりスマホを操作しながら聞き流してくると思ったのに。

 だったら俺も真面目にいこう。

 この激動の一週間をじっくり丁寧に振り返る。一日一日思い出して話さないといけないほど、激動の一週間だった。


「結論から言うと、明日、ライブハウスで六道とベースお姉さんと片桐先生とライブすることになったからよかったら来てくれ」

「うん。意味分からないから最初から話して」 

 

 ◇◇◇◇◇◇


 寝不足のまま登校。足取りは重い。

 完全にやらかした。昨日のことを思い出すと羞恥で悶え転がりたくなる。

 よくあんなことができたな。しちゃったな俺。最高にイタいやつだった。

 きっとこのことは自分のクラスだけじゃなくて、他クラス、のみならず全校に伝わるだろう。全校生徒の笑いものだ。ははは。

 道行く生徒全員俺を見て笑っているような気がする。

 だからこそ、背筋を伸ばし、胸を張って。

 きっと周りからの目は厳しくなるだろうけど。

 あれで良かったと思ってる。間違ってなかったと思う。 

 教室に入ると、皆の視線が一斉に集まった。同時に話し声が止む。

 おお、教室の時間を止めてやったぞ。もしかして時間停止能力に目覚めちゃった? なんてね。


 真っ直ぐ自分の席につき、腰を下ろしたところで教室の時間が動き出す。 

 昨日の今日だ。漏れ聞こえてくる会話の半分は俺や愛野さん関連。分かってたけど居心地悪いな。

 五分後くらいに愛野さんが入室。再び教室の時間が止まる。愛野さんも能力者だったか。時間停止能力ってそんなにレアな能力じゃないのかもしれない。六道だってたまに使うし。

 ん? 俺のときよりも長く時間停止してるな。何でだ?

 見回すと、俺と愛野さんを交互に見ているクラスメートが何人かいた。

 昨日のやりとりを見て、俺と愛野さんに何かある、って予想したのかな。

 残念。もう俺と愛野さんをつなぐものは何もない。お互い思うところがあったとしても、教室内で絡むことはない。

 俺と愛野さんが目も合わさないことが功を奏したのか、すぐに往復視線が消える。それでいい。観察しても何も出てこないんだから。

 さて。まっさらだ。今の俺には何もない。自由だ。何をしよう。何がしたい。

 机の木目を眺めながら、ボーっと授業がはじまるまでの時間を過ごす。

 音楽が欲しい。

 イヤホンを耳に挿し、エルガーデンの曲を流す。

 こうやって時間を潰すのも悪くないな。



 昼休みの時間になった。

 教室の厄介者になった俺を受け入れてくれるグループなんてないだろう。つまり三年生になるまでずっとぼっち飯だ。

 教室にはいたくないから、今後、落ち着いて食べられる場所探さないとな。

 弁当が入った巾着袋を手にそそくさと教室を出る。

 出た瞬間、肩をつかまれた。

 鳴神? 森? それとも吉良?

「おい浅野。ちっと面貸せ。音楽室まで」

 咄嗟に頭に浮かんだ名前のどれでも無かった。

 黒髪ロン毛がさらりと舞う。

 六道だった。



 六道に連行されながら、逃げるかどうか脳内会議を行う。

 ついにシメられるのか。昨日調子乗ったから。しかもあのときは無我夢中であんまり気にして無かったけどギターとアンプ了承取る前に借りちゃった気がする。ヤバい。そのことまだ謝ってない。きっとその件についてだ。


「あの、六道、昨日、勝手にギターとアンプ使っちまって悪かった」

「ん? ああ、別にいい」


 素っ気なくそう返される。あれ、気にしてない? 


「音楽室で何するの?」

「行けば分かる」


 そういうのやめてくれないかなぁ! 不安になるだけじゃん!

 なんてツッコミを入れられるはずもなく、身震いしながら六道の半歩後ろを着いていく。

 ほどなくして音楽室に着いた。審判の刻。

 中からは騒がしい声が聞こえる。両方とも聞き覚えのある声だ。

 なんであの人がここに?

 六道に先んじて扉を開く。


「おっ! 来たなぁ少年! 待ってたぜーい! 久しぶりぃ。OGの六道陽菜でぇす」


 ベースお姉さんだ。ベースお姉さんがいる。学校に。一緒にライブしたときのV系メイクではなく、何か普通に美人なお姉さんになってるけど。声と話し方でかろうじて一致した。


「おい姉貴。そいつには浅野広隆って名前があるんだ。ちゃんと名前で呼んでやれ」

「line交換してるんだから名前ぐらい知ってるわボケ。あだ名じゃあだ名。お前とは違ってアタシゃ少年とライブしたんだよ親密度が違うわ」

「あっそ」


 衝撃の事実発覚。ベースお姉さんと六道、姉弟だった。お姉さんのlineアカウントの名前、キャベツ爆発太郎だったから名字とか分からなかった。

 片桐先生もいる。一体ここで何が起こるんだ。


「六道くん。よく浅野くんを連れてきてくれたね。はい、浅野くん。これ、書くよね」


 軽音楽部の入部届。


「俺、一度断ったはずなんですけど」

「今の心境は違うだろう? 教室で爆音鳴らした後の君なら別の答えを出すはずだ」


 確信めいた表情で先生が入部届を差し出す。


「ぶあーはっはっは! それ何度聞いても笑えるわ! いやぁまさにロック! いいねぇ! かーっ、あたしも見たかったなぁ。多々良(たたら)、お前何で動画撮らなかったんだよぉ」


 ベースお姉さんが六道の肩を小突く。六道の下の名前、多々良だったのか。


「うっとおしいな! 笑い方汚ぇし! あと笑うようなことでもないだろ。俺はカッケエと思ったけどな。中々できることじゃねぇ。こいつはミュージシャンだよ。感情を音に乗せられるやつだ。こいつが作った曲、聴いてみてぇと思った」


 あさっての方向を眺めながら淡々と俺を褒めはじめた六道。嬉しさよりも困惑が先に来る。


「六道って俺のこと嫌いじゃなかったっけ?」


 普段はこんなこと直接本人に言うことなんてないのに、その場の雰囲気か言ってしまった。


「確かに苦手だった。お前痛々しかったんだよ。無理してんの丸分かりでよぉ。見ててイラついてたんだ。昨日までは、な」


 六道はあっけらかんとそう答えた。あれ、こういうことって本人と面と向かって話していい 内容だったっけ?


「少年、学校だとそんな感じだったのか! まあ楽屋来たときはおどおどしてたけどよぉ。ライブでは気合こもったプレイングだったぜ? 飯行ったときもアタシらのノリに着いてこれてたし」

「知ってる。俺もライブ見てた。あのライブ見たからここに連れて来たんだ」


 六道が見てた? 全然気づかなかった。


「俺を軽音楽部に勧誘するために連れてきたの?」

「それは手段であって目的じゃない。俺の目的は最高のエルガーデンコピーバンドを作ること。それにお前が必要なんだ、俺のバンドに入って欲しい」


 うっとおしい前髪をかき上げ、熱のこもった瞳で突き刺してくる。


「なんで俺なんだ」

「エルガーデン愛が伝わってきたから。ここにはエルガーデンバカしかいないぜ。俺、姉貴、桐生センセ、そしてお前。コピーバンドでも出られるコンクールが今年の夏あってな。オリジナル曲で出てもいいんだが、あえてエルガーデンのコピーで出る。ぶちかましてやりたくないか? 最っ高の超新星を」


 想像する。楽器店でのライブとは比べ物にならないくらいの規模の会場で、エルガーデンの代表曲、超新星をかき鳴らすシーンを。

 震えてきた。焦がれた。興奮の余り叫びそうになった。

 片桐先生から入部届を受け取り、すぐさま記入。


「ぶちかましたい。本家を超えるような超新星を」

「ああん!? 本家超えられるわけないだろアホか! 神様みたいなもんだぞ!?」

「そ、そのくらいの覚悟じゃないとぶちかませないだろうが!」

「そういう想いを抱くことさえおこがましいわ! もういい実力でお前を屈服させてやる」

「ギターテクなら俺のが上だわ。教室で弾いてたとき、何度ツッコミたくなったか」

「おうおうおう威勢がいいなぁおい! その俺より上らしいテクを一〇〇%ライブで発揮できるなら認めてやらんこともないけどなぁ! んだあのライブ! ツッコミどころ満載だったわ!」

「仕方ないだろはじめてだったんだから!」

「言い訳は聞きたくありませ~ん」


 なんだこいつ! ムカつく! 

 言い合ってる俺と六道をベースお姉さんと桐生先生が生温かい目で見てくる。恥ずかしくなってきた。


「広隆! 白黒つけるために今日の放課後早速スタジオ行くぞ! お前が本当に俺のバンドのリードギターにふさわしいか判断してやる!」

「上等だ多々良! お前が逃げ出すくらいのプレイ見せてやる!」           


 ムカつくけど。湧き上がる高揚感はどうやったって無視できなかった。


 ◇◇◇◇◇◇

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