第20話 滝落とし③
また上手く笑えなくなった。ネタも言えなくなった。
鳴神たちに怪しまれたが、体調不良で通している。これじゃあ以前の俺に逆戻りだ。
今度こそ本当に鳴神たちに一員になってみせる。今度こそ間違わない。
幸いにも現状を変えるイベントが来週にある。
鳴神&藤堂さん合同誕生日会。数日前に二人の誕生日が同じ日だと発覚。そこから話が盛り上がり、クラスメート全員参加の誕生日会が開催されることが決まったのだ。
愛野さんの一言によりギクシャクして接触をしてこなかった鳴神グループと藤堂さんグループだったが、いつの間にか森と間さんが普通に話すようになっており、また交流がはじまっていた。つい最近のことだ。
愛野さんが何かしたのか、間さんと森に何かあったのか。聞きたいけど今となっては聞けない。
この誕生日会で鳴神が喜ぶセンスあるものを贈る。それによって俺の印象を変える。起死回生の一撃を放つ。
そのために色々と調べた。食べ物、アクセサリー、日用品。
ネット通販を使用したかったが親が通販が嫌いだというのと、開催一週間前に決まったことで在庫次第では届かない可能性も出てくるため、行きつけのショッピングモールに直接買いに行くことにした。
スマホに事前にまとめたメモとにらめっこしながら専門店街を周る。
鳴神はアクセサリーの中でも特にブレスレットを好む。鳴神が好きなブランドの新作が今日発売されるからまずそれを。金欠で買えないなーとぼやいていたのを俺は聞き逃さなかった。
続いて食べ物。鳴神はお菓子の中でもクッキーが好きだ。当然有名店のを押さえる。
両方とも手に入れられないなんてことはなく、朝一で来たからつつがなく入手できた。
後は飾り付け用の色紙諸々だな。
合同誕生日会の準備は俺に一任されている。担任に頼み込んで当日教室を使わせてもらえるようになってるから、そこにお菓子やジュースを用意する。フーズの準備は前日にするとして、飾り付けは今から作っておかないと。簡単なのでいいと言われてるため、あの鎖みたいなやつだけ用意するつもりだ。あと当日チョークを新しいのにしないと。黒板にクラスの皆でメッセージを書くから。
当日のシュミレートを何度も頭の中で行いつつ文具店内を練り歩く。
こんなもんだな。後は家に帰ってからの作業だ。
その前にウインドウショッピングでもしていくか。せっかく来たんだし。
お昼前ということでショッピングモール内は活気に満ちている。一人でいるのが少し恥ずかしい。
文具店を出ると吹き抜けエリアに直結している。一階では何かしらのイベントが毎週のように行われている。
手すりにつかまって一階を見下ろす。面白そうなのだったら俺も行こうかな。
オリジナルスマホケースを作ってみよう! と書いてある看板が目に入る。
手芸系だな。よくあるやつだ。先々週くらいは編み物だったような。
興味なくもないけど、今はお気に入りのスマホケース使ってるからなぁ。作っても使わないな。
視線をはずそうとしたとき、見覚えのある茶髪が目に入って思わず二度見してしまう。
愛野さんだ。愛野さんがいる。
隣に座っているゴスロリ少女と一緒に楽しくおしゃべりしながら作ってる。
遠目から見ても色鮮やかで派手なスマホケースを作っているのが分かる。愛野さんの周りには人だかりができていた。もしかしたらすごいものを作っているのかもしれない。
冷静に分析してる場合じゃない。愛野さんが手芸? イメージと結びつかなすぎて頭が理解を拒もうとしている。
急いで一階まで降りる。幻かもしれないからちゃんと確認しないと。
バレないように人だかりの後ろからこっそり覗いてみる。
うん。間違いなく愛野さんだ。しかもめっちゃイイ笑顔。太陽かよと言いたくなるくらい輝いている。
「ここでこのビーズを配置することで全体が引き締まるわけよ! これ自体はそこまで目立つようなビーズじゃないんだけど周りの色や形とは系統が全然違うからすっごく特別に見えるわけ。素材の良し悪しじゃなくて使いようなのよ」
「勉強になります!」
隣のゴスロリ少女が熱心にメモをとっている。他人行儀な感じがするからこの二人は初対面かな。
愛野さんのドヤ顔説明に周囲の人間は頷いてばかり。なんだこれ。
愛野さんは二個目のケース作成に入った。自前のピンセットを使って細かくビーズやら何やらを配置していく。随分手慣れていた。
そっと離れる。
活き活きしてた。心の底から楽しそうだった。
喧嘩別れしてしまったが、愛野さんが楽しくやっていることに嬉しくなってしまった。
愛野さんこそああいう趣味をオープンにして話のネタにしたらいいのに。
まあでもああやって『自分』を出せる場所があるのは羨ましいな。
手先がうずうずしてくる。
楽器店、寄るか。
ショッピングモール内にある楽器店は多種多様な楽器が揃っている。ピアノや金管、ギター等々。
真っ先に向かうのはエレキギターコーナー。俺には宝の山に見える。
六道が持っていたナイトホークはレア機種なので一つもおいていなかった。
そのままギブソンのギターが揃ったコーナーを周る。
大学生になったらバイトして買いたいなぁ。それで軽音楽部に、いや、無理だ俺には。部屋の隅で弾いてる方が気楽だ。それでいいんだ。
「あの~お客様、少々よろしいですか?」
「へ、あ、はい」
店員さんが申し訳なさそうに声をかけてくる。俺、何もしてないよな? ギター見てただけだよな?
「只今楽器教室の体験会に参加していただいたお客様同士で即席バンドを組んでステージ発表をしているのですが、ギター担当のお客様が唐突にお腹を壊して辞退してしまいまして。よろしければなんですか、ギターで参加してはいただけないでしょうか?」
俺がギターコーナーをねっとり眺めてたから、きっと経験者だと思われたんだろう。
この楽器店にはスタジオが併設されており、簡易ライブハウスも備わっている。そこで定期的にライブイベントが開催されていたのは知っていた。
「もちろんギターその他の機材はお貸しします! また、参加特典で二か月間楽器教室どのコースでも無料券&スタジオ合計一〇時間無料券も!」
店員さんは必死だ。見た目からして新人さんっぽいし、是が非でも成功させたいのだろう。
どうする。どうする。どうするどうする。
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