第19話 滝落とし②

 入店したときは愛野さんと一緒だったからか、カフェ内イベント用の券を会計後にもらった。

 二人で参加するのもアリかなとか話してたけど、その機会はもう無くなった。

 憂さ晴らしに買い物でもしていこうと服屋に寄る。これまで行ったことのない店だ。

 着回しができるよう、もう一パターン揃えておきたいと思っていたけど中々タイミングが無かった。

 ショッピングは気分が晴れる。今日はこの店だけじゃなく他の店も回ってみようかな。

 もう店員さんに声をかけるのは怖くない。認めたくないけど愛野さんのおかげだ。

 近くにいた店員さんに早速話しかけにいく。


「すみません、おススメのコーデ教えてもらえませんか?」

「はい! ご案内しますね!」


 やたら元気な店員さんに連れられ、マネキンが着ている服をいくつか紹介される。

 紹介されている間、俺はほぼ無言だった。なぜなら店員さんのマシンガントークが止まらなかったから。


「これは今の流行りですね~。お客さんと同年齢帯の方がよく買われていきますよ~」

「いやでもこれ明らかに俺には似合わな」

「あとこれなんかも! ちょっとお高いですが奇をてらえて目立つこと間違いなし!」

「いやだから」

「とりあえず試着してみましょ!」

「はぁ」


 案の定、おススメされた服はどれもしっくりこなかった。

 結局何も買わず退店。

 強引な店員さんだったな。こういうこともあるのか。

 次行った店ではローテンションな店員さんから、あれとかいいんじゃないんすかね、と面倒くさそうに対応され、勧められたものもどうにもしっくりこなくてやはり何も買わず退店。

 ここからだとちょっと遠いけど、あの店に行くか。


「いらっしゃいませ~。あ、前来てくれたお客さんじゃないですか。久しぶりですね」


 入店してすぐにニコニコ笑顔のイケメン店員さんが話しかけにきた。

 愛野さんに紹介してもらった店だ。


「着回し用にもう一パターン欲しくて来ちゃいました」

「そうなんですね。自分で探されます?」

「できたらまた色々教えてもらえたらなと」

「かしこまりました。ならいくつか提案させていただきますね~」


 店員さんに話を聞きながらいくつか紹介してもらい、自分が納得したものを購入する。

 満足する買い物ができて少しだけ気分が晴れた。

 あのイケメン店員さんとは会話のテンポみたいのが合って話しやすかった。

 ここに来る前の二店を早々に切り上げて良かった。

 自分と合わない店員さんもいる。合わないなら合わないでしょうがないと離れて、自分に合う店員さんに会いに行けばいいだけのことだった。

 俺と愛野さんも、単に合わなかったんだ。元々交わるべきじゃなかったんだ。

 帰る途中に雨が降り始め、徐々に雨脚が強くなっていき、家に着く頃には土砂降りになっていた。

 ぐしょぐしょに濡れた靴下を履き替えていると、母親の呟きが耳に入った。

 滝落としだねぇ。

 

 ◇◇◇◇◇◇


 愛野さんと連絡を取り合わなくなってから一週間が経つ。

 表面上は何も変わらない。だって俺と愛野さんは教室では一切接触しないから。

 これで愛野さんと電話する時間と週末会う時間が浮いた。空いた時間に鳴神たちとの予定や一人でのんびりする時間を入れよう。愛野さんに会う前の日々に戻るだけだ。

 大丈夫。俺には鳴神たちがいる。それで十分だ。心細くなんてない。

 放課後が楽しみだな。吉良は部活あるけど鳴神と森は部活休みらしいから、また教室で最後まで残ってだらだら話すんだ。


 待ちに待った放課後。

 トイレから帰ると森が騒がしく出迎えてくれる。


「お! 勘違いブスのお出ましだぁ!」

「誰がブスだこんなにイケメンなのに!」


 最近すっかり定着した挨拶だ。

 続いて鳴神が話しかけてくる。


「期末テストもうすぐだけど大丈夫か浅野ぉ。イケメンは見た目だけじゃなく中身も重要なんだぞ! 学力とかな」

「全然勉強できてないわ~。つかなんで皆そんなに勉強できんだよ!」

「ま、地頭の違いかな。前回のテスト何位だったよ?」

「一二〇位」


 二〇〇人中だから半分以下。特段頑張ってもないしサボってもない俺の順位。


「いや浅野それはないわ~。なんで部活やってるオレたちよりお前のが低いんだよ。ちなみにオレは前回ちょっと頑張ったから二〇位くらいだったわ。吉良は万年一位だからいいとして森はどうだったっけ」

「おれは前回三〇位くらいだわ! くそ、負けたけど鳴神相手なら仕方ねぇ」

「お前は勉強しなさすぎ。やればオレより上にいけるっしょ。可能性の塊。それに比べて浅野なんてもう絶望的だぞ」

「それな! 浅野もうちょい頑張れよなぁ」

「あはは。いいんだよイケメンなんだからっ!」

「だからイケメンじゃねぇし!」


 よし、皆笑ってるな。これでいい。

 さらに話題を膨らませようと色々考えていたら、教室のドアが突然開いた。

 担任教師がひょっこり顔を出す。


「すまんが誰か明日使うプリントをホッチキスで止めるの手伝ってくれないかー? 教室に残ってるってことはヒマなんだろー」


 真っ先に反応するのは鳴神だ。


「ちょ、ヒマじゃないっすよセンセ。オレら青春の一ページを刻んでる最中なんでめっちゃ忙しいすよ。あ、でも一人青春って言葉からかけ離れた人間いるんで」


 鳴神と森がニヤニヤしながら俺の方を見る。

 ここは空気を読むんだ。もう空気が読めなかったキョロ充時代とは違う。


「先生! 俺ホッチキス止め大好きなんですよ! やりますやりますやらせて下さい!」


 元気よく食いつく。これで大丈夫なはず。


「さっすが浅野! お前ほどホッチキス止めとかの雑用が似合う男はいねえよ! ってかホッチキス止め大好きとか!」


 案の定、森は大喜び。鳴神も行って来いとばかりに敬礼ポーズをとっている。


「浅野、行ってまいります」


 助かるよー。じゃあ職員室横の印刷室でお願いなーそこに置いてあるから、と担任は言い残し、去っていく。

 教室を出たとき、なぜかホッとした自分に気付いた。なんでだ? もっと鳴神や森と話したかったはずだろ。もしかして俺は冗談じゃなく本当にホッチキス大好き人間だったのだろうか。 

 自分の心から目を逸らして印刷室へ。

 印刷室に入ると、音楽の片桐先生がプリントを刷っていた。壮年の男性で立ち姿がカチッとしていて好感の持てる先生だ。


「もしかして二年五組の子?」

「あ、はい」

「広瀬先生に頼まれたんでしょ。さっき少し時間あったからやっといたよ」


 さっき鳴神がイケメンは中身もイケメンだと言っていたがこのことか。ものぐさなうちの担任とは大違いだ。


「ありがとうございます。助かります」

「ん。そうだ、ちょっと君に聞きたいことがあったんだけど。なんでギターの授業のとき、いつも手を抜いているんだい? ネックの持ち方からしてはじめて触るわけじゃなさそうなのに」

「っ。別に手なんて抜いてません。先生の勘違いですよ。プリントありがとうございました。失礼します」


 やっぱり音楽の先生だけあって察しが良い。否定しておかないと授業中に指名されて面倒なことになる。

 プリントを提出しにすぐ隣の職員室へ。

 あまりに早すぎる提出に広瀬先生は驚いていたが、片桐先生がやっておいてくれたと言うと、流石片桐くん、彼は仕事が早くていつも助かっててなぁと称賛し出した。話が長くなりそうだったので一言入れて離脱。

 教室に戻ろう。まだこの時間なら鳴神も森もいるはずだ。

 なぜだか重くなっている足を必死に動かし、教室の前へ。

 窓を叩く水滴の音がいやに頭に響いた。今日も今日とて、雨。

 放課後。鳴神たちと話していたところを途中で抜ける。抜けた用事が案外早く終わって教室に戻る。叩きつけるような雨。


 この状況。

 久方ぶりにフラッシュバックする。あの悪夢の光景を。

 あの時、鳴神たちの表情を見ていなくて良かったと心から思う。

 もう大丈夫だ。俺は鳴神グループの正式な一員。陰口なんて言われてない。むしろ俺にとって好意的なこと、陽口を言ってくれているかもしれない。

 だから何も恐れることはないんだ。ほら、早くドアを引いていつものように元気に入るんだ。


 なんで俺、またしゃがんで聞き耳を立てるようなことしてるんだよ。

 鳴神や森が信じられないのか? そんなことない!

 自問自答の波にさらわれながらも、俺は今の体勢を崩せない。

 ドアの隙間から、鳴神と森の大きな声が聞こえてくる。


「っぱ最近の浅野おもれーわ」

「それな!」


 ほら。俺の杞憂だったんだ。鳴神たちは俺を褒めてくれている。俺は良い方向に変われたんだ。


「あいつ何言っても笑ってっからなぁ」

「あの笑い方きしょいよな。あそこまで言われて喜んでるとかエムなんじゃね?」

「その説あるなー。今度どこまで言えば怒るかチキチキレースしようぜ」

「それいいな~。どこまで言っても怒らないに一票!」

「ずるいぞ森ぃ。オレもそこに一票入れたかったのに」

「そいやーさー、浅野ずーっとイケメンネタ使ってっけど、もしかして本当に自分はイケメンだって思い込んでんじゃね?」

「だったらやべぇやつだよなー。浅野の目には鏡に映った自分の姿がイケメンに見えてるのかもしれん」

「ぶっは! もうそれビョーキじゃん!」

「浅野ならその可能性あり得るなぁ」

「外見がともなってないナルシストとかイタすぎ!」

「文化祭の美男美女コンテストに浅野そそのかして出場させようぜ! 絶対面白い!」

「鳴神お前天才かよ! んで鳴神ももちろん参加するんだよな?」

「当たり前だろ。二連覇狙うわ」

「はーこれだから真のイケメンはよぉ」


 鳴神と森は終始楽しそうに、語尾に(笑)でも付いてそうな声のトーンで話していた。

 愛野さんの言葉が思い出される。

 サンドバッグ。ピエロ。

 スマホで鳴神たちに、『先生から押し付けられた雑用多すぎて全然終わりそうにないから先に帰っててくれー』と送り、その場から逃げる。


 真っ白になった頭のままで、ただその場から離れたい一心で足を動かす。

 自然と音楽室に来ていた。

 ドアを開くと、前と同じように六道のエレキギター、ナイトホークが目に入る。今日はほとんどの部活が休みだ。軽音楽部もそうなんだろう。

 六道が戻ってくるまで音楽室を使わせてもらう。ひどく息苦しい。呼吸をしたい。

 音楽室の奥。壁面にかけられたアコースティックギター。

 手が伸びる。チューニングもそこそこに、ピックで弦を弾く。弾く。

 なぜこうもままならない。神様は俺にだけ意地悪してるんだそうに違いない。

 無心でかき鳴らし続けた。額に浮かんだ汗が目に入ったところで我に返る。

 迂闊だった。学校でこんなこと。家でやれば良かった。

 急いで片付けて音楽室を後にする。どうか誰にも聴かれてませんように。

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