第16話 卯の花腐し⑨
週が明け、新しい一週間がはじまる。
「はよーっす」
昨日のダーツ会が大成功だったこともあり、何の憂いもなくスルッと鳴神グループ入りこむ。
「おお浅野。見ろよ。吉良、あの後一人で自分のダーツ買ったらしいぞ。ほれ」
俺のためにスペースを空けてくれる。その行動だけで嬉しくて泣きそうになる。
何気に最初の挨拶でテンション高くならないように調節したのに三人からツッコミが入らなかった。俺のイメージが変わってきた証拠だ。
「へえ。すげえ。いかつくてカッコいい」
「違うよ浅野。着目すべきは見た目じゃない。ウェイトだ」
「は、はあ」
それから吉良によるカスタマイズ講座がはじまった。俺の知らない単語も沢山出てきて話に着いていけない。
吉良は研究熱心だから興味を持つとすぐに調べる。調べ尽くす。既に俺の知識量を凌駕していた。
鳴神たちが、自分が広めたものに夢中になっている。なんだか良い気分だ。
心に余裕が出来たところで、愛野さんの様子を盗み見る。
何と、深海さんと会話していた。聞こえてくる単語、断片から察するに今日の部活について。彫刻をやるから準備と掃除をお願いしたい、みたいな。
続いて藤堂さんの元へ。間さんと話していた藤堂さんは煩わしそうに顔をしかめたが、愛野さんの言葉で表情をガラッと変えた。
「やべ、一限目の宿題の準備忘れてた」
鳴神たちに一言入れて自分の席へ。会話内容が気になる。
「それ、本当?」
藤堂さんが愛野さんに向けていた嫌悪の表情はナリを潜め、今は至って真剣な瞳で愛野さんに向かい合っている。
「ええ。間違いないわ。藤堂のこと、実はずっと見てたんだって。見込みある子だなぁって。だから気付いたんだって。藤堂の調子が悪くなる前と今じゃ足の向きが若干違うことに。昔の動画とかあったら確認してみるのがいいかも」
「由美先輩、何で直接言ってくれなかったんだろう」
「すごい思い詰めてて話しかけづらかったし、勘違いかもしれないし、混乱させちゃよくないし、って」
「先輩なりに気を遣ってくれてたんだ」
「あたしが準備手伝ってるとき、結構藤堂の話題出てくるよ。み~んな藤堂のこと心配してた。その先輩だけじゃなく」
「そ、か。皆のためにも早くスランプから抜け出さなきゃ。……あんさ、ちょっと愛野に頼みたいこと、あるんだけど」
言ったところで、藤堂さんは不意に後ろを振り返る。視線の先には、ものすごい目力をたたえた間さんが。
藤堂さんが何事か愛野さんに囁き、愛野さんは僅かに顎を引く。
藤堂さんは小走りで間さんの元へ向かっていった。愛野さんはそれを見届けた後、自分の席に戻る。
俺は見逃さなかった。席につく直前、愛野さんの唇の端がによっと曲がったのを。
今夜間違いなく電話かかってくるな。かかってこなかったからこっちからかけてやろう。久しぶりに不遜で不敵な愛野さんが見られるかもしれないんだから。
『ねえ聞きたい? あんたも見てたでしょ? あたしと藤堂のやりとり。あたしが何て言われたか気になるっしょ? んねんねんね』
予想を超えるウザ絡みに辟易しつつ、調子を合わせる。
『気になる気になる。聞かせて』
『そんなに気になる? どうしよっかな~。かなーり重要な情報だからな~。情報料もらわないとな~』
聞いて欲しさ全開でアポなし電話かましてきたのそっちじゃねぇか! つか鼻息の音思いっきり入ってるぞ! と言いたくなるのを仏になった気分で抑え込む。
『お、俺、そんなにお金ないからなぁ。一部無料公開してくれると、ありがたいんだけどなぁ』
『もうしょうがないわねぇ。あんたとあたしの仲。期間限定、全編無料公開したげる。感謝してひれ伏しなさい?』
前言撤回もう限界。さっき抑え込んだ言葉を今、解き放、とうとして踏ん張る。今までの我慢が水の泡だぞ。
『電話じゃ分からないだろうけどひれ伏してるから。だから早く』
『ひれ伏してる写真送ってもらわないと』
『がああああふっざけんなよぉさっきから! 聞いて欲しいなら聞くから! もったいぶるぬぁ! つかさっきから鼻息うるさいんだよ!』
『は、はぁ!? 鼻息ぃ! うわマジか気をつけよ。じゃなくて何いきなりキレてんの!? こわっ。唐突の情緒不安定やめてよね』
『情緒がイカれてんのはそっちだろ! はあ。この調子じゃ永遠に話進まないから一旦落ち着こう。どうぞ話してください。藤堂さんが最後何て愛野さんに伝えたか』
『え、ええ。あたしもちょっと深呼吸するわ。すぅ、はぁ。すぅ~、はぁ~。よし。でね、多分ハザマっちが見てたから小声で言ってきたんだろうけど……藤堂の部活動中の様子を撮影する係になった! じっくり自分の姿勢を確認したいんだって。んで撮影中に気になったこと何でもいいから教えてくれって。もうこれ実質専属コーチだよね。勝ったわ』
ぐふぐふぐふふと、およそ愛野さんから漏れ出ているとは思えない気持ちの悪い笑い声が俺の鼓膜を揺らしてくる。
こっそりスマホを耳から離す。浮かれ具合はともかくとして、藤堂さんとの仲はこれでかなり戻ったんじゃないか。深海さんとも問題なく話せていたし、後は最難関、間さんだ。
『まだ勝ってない。一番解決しなきゃいけない間さんが残ってる』
『分かってるわよ。今のところ一、三年生からは受け入れられてるから、残るは二年生。今週ようやくタイム測定係やらしてくれるらしいから、そこでどれだけ頑張れるかどうかにかかってるわね』
『それは重要な役割だな。ミスらないよう気をつけろよ』
『何言ってんの? あたしこう見えて動体視力良いんだから。めっちゃ集中してボタン押すから』
『見た目だけじゃなく能力も高スペックだったっけか。なら心配はいらなそう。全体を見ると順調そのものか。良かったね』
『あんたの方が順調じゃない。ダーツ作戦大成功だったでしょ。思いのほか鳴神たちもハマってあたしもびっくりだわ。でもあんた鳴神に勝てて良かったわね。あそこで勝ったからこそ存在感を示せた。負けてたらひと押し足りなかったところだわ』
『そうなんだよ! 鳴神のやつ、はじめてやるくせにブル多くて。才能なんだなぁ、上手くやるやつは何でも上手くやっちゃうんだなぁって。って俺、愛野さんに鳴神たちとの勝負について話したっけ?』
『え、あ、ああ。話してたじゃない覚えてないの!? はぁこれだから全くあんたって!』
『そんなに怒ることか?』
『ゔ、も、もういいじゃないこの話は。ともかくお互い順調そうで何よりってこと! じゃあね!』
強引に電話を切られた。どうしたっていうんだ一体。
まあいっか。愛野さんが気まぐれなのはいつものことだし。
何となくまだベッドでだらだらしていたくて、音楽アプリを起動して曲を流す。
大好きなロックナンバー。Jロックはいい。優しさと激しさが同居している。どんな気分にも対応してくれる。
同じバンドを聴き続けていると、自分がステージに立っている姿を夢想してしまう。
でも夢想するだけ。俺には向いてない。
流しっぱなしにしたままベッドから立ち上がり、部屋の隅へ。
大っぴらに自分の趣味を話せる人間を羨ましく思う。世間体の悪いものはもちろん、自身とその趣味のイメージが合わず笑われるのが怖くて他人に話せない人間もいる。
だから俺はいつも部屋の隅でこっそり弾く。誰とも共有することなく。
スマホのスピーカーモードをイヤホンに切り替えてより直接的に音楽を取り込む。
心の中の蝋燭、そこに灯っているひ弱な炎が、吹き込まれた風によって僅かに勢いづいた。
◇◇◇◇◇◇
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