第35話:カイト

 一瞬の浮遊感の後、静かに地面に着地する。

 目を開けると、何度となく訪れた因縁の場である、神の間に立っていた。


 直線にも見えるし曲線にも見える不思議な壁に、最奥にはアインの座る玉座。

 このどこまでも真っ白な空間はここが人間の存在する場ではないという事を否応にも実感させられる。


「クロウ……いやアインか」


 空間の中心部にはクロウが立っていた。

 しかしクロウの美しい赤髪は金髪に変化している。


「なるほど、魔力の変化ぐらいは認識できるようだな」

「そんだけ見た目が変わっていれば誰だって気づくさ」


 クロウとアインの声が重なった様な不思議な声。

 その不愉快な声はクロウが乗っ取られてしまったという事実をカイトに理解させるには十分だった。


「まずはその体、クロウに返してもらうぞ」

「返すも何も、元から全て私のものだ!」


 カイト、アイン共に剣を召喚し戦闘が開始された。

 カイトの横薙ぎを避け、アインがカウンターで剣を振り払う。

 そのカウンターを避け、カイトが隙を見て蹴りを叩きこむ。


「グッ!」


 真正面から蹴りをくらってしまったアインは着地はできたものの、後方へ大きく吹き飛ばされてしまう。


「アンタとは踏んできた場数が違うんだよ!」


 翼を大きく振るわせアインに急接近する。


「……ジャッジメント、ソード」

「!?」


 アインがそう呟いた瞬間、アインの後方に出現した光の剣がカイトの方へ飛んでくる。

 カイトは強引に体をひねり回避するが、すぐに光の剣は方向を変え逃げるカイトの背中に命中する。


「なんだ……これは!?」


 背中に刺さった剣は消滅し、その傷から血が噴出する。


「認めよう、確かに私の力は衰えた。しかし、人間風情に後れを取る程衰えてはおらぬわ!」


 アインが再び光の剣を召喚し、カイトに向けて発射する。

 その剣は回避の為飛び回るカイトの翼、左足を貫く。

 この剣は、どうやら命中するまでずっと追尾してくるらしく、撃ち落とすしかないらしい。


「ならこれでどうだ! カードインストール<マリ>!」


 次々と襲ってくる剣に、相殺させる様に光の剣をぶつける。


(よし、これならいける!)


 次々と光の剣をぶつけ、アインの攻撃を防ぐ。


「ジャッジメント。アンインストール<マリ>」


 アインがそう言った瞬間カイトの手にしていた杖が消滅する。

 これは破壊されたというよりどちらかというと……。


「存在が消滅させられただと!?」


 ソードを召喚し、無理やり剣を弾く。

 無理な姿勢だったため着地に失敗し、肩から着地してしまう。


「天使はもとより私から生まれた存在だ。消滅させるなど造作もない」


 光の剣がカイトを取り囲むように展開される。


「神の裁きを受けよ、人間」


 アインがゆっくりと振り上げた手を下ろすと、同時に剣がカイトを襲う。


「クソッ、カードインストール<ライン>!」


 ラインの力を使い、二丁拳銃を召喚する。

 撃ち落としても撃ち落としても剣は次々出現して、切りがない。


「ジャッジメント。アンインストール<ライン>」


 突如カイトの手から拳銃が消滅する。

 カイトを取り囲んだ無数の剣は、次々とカイトを襲った。




「貴様……なんだそれは」


 無数の剣に突き刺されたと思われたカイトは、すんでの所で盾を展開していた。

 魔方陣が描かれた、半透明の盾がカイトを守るように展開している。


「<カイト>皆を守る最強の盾だ。これを解析するにはお前でも時間がかかるだろう?」


 アインは不愉快そうに舌打ちをして、再び剣をカイトに発射する。

 しかしその攻撃は簡単に盾に弾かれる。


「考えたけど、これしか方法はないみたいだ」


 <カイト>を解除し、アインへ突進する。

 突然防御を捨て、急接近してきたカイトにアインは対応に遅れてしまう。


「力を貸してくれ、クロウ! タイムリバース!」


 腰から下げているクロウの懐中時計に、ありったけの魔力を注ぎ込む。

 その瞬間、時計の針は高速で回転し、それを中心に強い光が発生する。


「貴様! この人間風情がぁぁ!」


 アインの顔は怒りに歪む。

 アインはこの意味を理解しているのだろう。

 いかにこの状況がまずいのかを。


「帰ってこい、クロウ!」


 とつぜん、アインから発せられた衝撃波で後方へ吹っ飛ばされる。

 神の間はそのまま目も開けられないほどの光に包まれた。



「き……さま。やってくれたな」


 目を開けると、アインが苦しそうな表情で立っている。

 クロウを乗っ取っていた時に与えた傷は消えているが、白いローブを身に着けており美しい金髪も存在感をアピールしている。

 つまりアイン自身の身体だ。


「クロウは!?」


 辺りを見渡すが、クロウの姿は見えない。


「当然だろう。融合する前まで時を戻したのだ、クロウがここに出現する事はない。そして奴が持っているカードは自身の物だけ。ここにくる事も不可能だ」


 アインはそう言った後、光の剣を後方に出現させた。


「感謝するがいい、神にその命を終わらされるのだからな。光栄に思うがいい」



 もう諦めるのかい?


 ああ、魔力はさっきのタイムリバースで使い切っちまった。

 悪かったな、お前の願い、叶えられなくて。


 謝るのは僕の方だ。僕は戦えないからね、感謝してるよ。

 海翔お前は本当に……。



 覚悟を決めて目を閉じる。

 ……。……。

 しかしいつまでたってもその時は訪れない。

 なぜだろうか、この感覚は以前も味わった気がする。


「貴様……なぜここにいる!?」


 困惑と焦りが伝わってくるようなアインの口ぶりに疑問を感じ、カイトはゆっくりと目を開ける。


「やれやれ、だらしねえぞ海翔。いや、カイトか? まぁどっちでもいいか。よくやったな、褒めてやるよ」

「なん……で」


 目の前には剣を片手に、不敵な笑顔を浮かべているクロウが立っていた。


「お前がやかましいからな、駆けつけてやったんだ」

「クロウ! 貴様なぜここにこれた!」


 アインが怒りを込め叫ぶ。

 確かにカイトもそこは疑問だ。

 確かにクロウはカードを自分の分しか持っていなかった筈だ。


「気づかないか? 海翔との契約はまだ続いている。つまり俺のカードは俺の物。海翔のカードも俺の物ってな!」


 クロウがしてやったりとでも言いたげな笑顔で言い放った。

 なんて自分勝手な理論だ。


(だけど……今はそれが頼もしい!)


「行こうクロウ! この戦いを終わらせるんだ、二人で!」

「ああ、相棒!」


 お互いの拳を突き合わせる。


「クロウそこまで堕ちたか……。いいだろう、まとめて天罰を下してやる!」


 アインが後方に、大量の光の剣を出現させる。


「カードインストール<マカイズ> <リラ>!」


 カイトの手には槍が、クロウの手には鎌が出現する。


「「行くぞ!」」


 カイトとクロウ。同時に左右へ飛ぶ。

 空中を飛びながら無数に向かってくる光の剣を片っ端から撃ち落とす。


 カイトとクロウのどちらかが、常にプレッシャーを与え続ける。

 アンインストールをしてこない、という事はアンインストールをするためには、少し溜めが必要なようだ。

 次第にアインの表情は苦しそうに変化していく。


「カードインストール<フィン>!」

「ジャッジメント。アンインストール<フィン>」


 クロウは隙をつき、ブーメランを投げるがすんでの所で防がれる。


 カウンターに放たれた光の剣をクロウは器用に体をひねらせ避ける。


「はあぁ!」

「クッ!」


 ソードを手にしたクロウが隙を見てアインへ突進する。

 しかしその攻撃はすんでの所で盾によりガードされる。


「終わりだ、クロウ」


 空中から出現させた鎖で、クロウを拘束し光の剣で取り囲む。

 しかしクロウは焦るどころか、作戦通りとでも言いたげな表情で笑った。


「終わりはてめえだ、クソ爺。そうだろ、カイト!」


 クロウはそう言って頭上を見上げる。


「なん……だと!?」

「カードインストール<ソウ>!」


 クロウ、アインの頭上から、大剣を構えたカイトが決死の突進をする。


「チィ! ジャッジメント。アンインストール<ソウ>!」

 カイトの手から大剣が消滅する。

 しかし、一度乗った勢いをもう止める事は出来ない。


「まだだ! カードインストール<ソード>!」


 ゴルトはもう無い。

 いつものズィルバーの剣を召喚し、翼を羽ばたかせ更にスピードを上げる。


「はぁぁぁぁ!」


 アインは慌てて頭上に盾を展開しようとしたが、一瞬間に合わずカイトの渾身の一撃を受けてしまう。


「グ……ハッ!」


 アインは苦しそうに血を吐いた。

 真っ白のローブと美しい金髪は血で真っ赤に染まっている。

 これまでの天使がそうだったように、アインの身体も淡い光に包まれる。


「まさか、この私が人間風情に敗れるとはな……」


 アインは自嘲気味に笑った。

 憑き物が取れたとでも言うのだろうか。

 さっきまでの威圧的な態度がまるで嘘の様な笑顔だ。


「クロウが……俺には相棒がいたから」

「相棒……か。久しく聞いてない言葉だ」


 アインはハッと驚いた表情を見せたのち、懐かしそうに呟いた。


「クロウ、おめでとう。次の神はお前だ。神の証を継承しよう」


 アインは震える手で、ネックレスをクロウに手渡す。七色の宝石が散りばめられた小さな王冠が特徴的なネックレスだ。


「ああ。あんたの後釜は任せろ」


 クロウは受け取ったネックレスを身に着けて、アインの手をとった。


「任せたぞ、この世界を……」


 アインはクロウに倒れこむようにして、消えた。

 最後に見せた笑顔は父親が見せる様な優しい笑顔だった。


「終わったね、クロウ」


 クロウの背中に話しかける。

 神の証を継承したらしいが見た目の変化はない。


「いいや、まだ終わってないぜ」


 ゆっくりと振り返ったクロウは、カイトに手を差し出し笑った。

 その笑顔は少し寂しそうにも見えた。


「カイト」


 寂し気に笑いながらクロウは、カイトの名を呼ぶ。

 カイトは「うん」と小さく呟いてクロウの手を取った。

 これから何が起こるかは、おおよそ想像がついていた。

 海翔の願いは叶ったのだ。ならカイトの仕事はもう終わりだ。


「カイト、ありがとう。お前がいなかったら俺は負けていた」

「その言葉だけで十分さ」



 じゃあな、海翔。短い間だったけど楽しかったぜ。

 お前の悪い所は全て俺が引き受ける。

 一生分の苦労をしたんだ、これくらいしたって神様も許してくれるさ。

 眠りにつくように意識が遠のいていく。




「な、なんだここ。というか何で泣いて……」


 さっきまで自室で寝ていたはずだ。

 なんでこんな訳の分からない所に?


「よぉ海翔。元気か」

「だ、誰ですか!?」


 気付くと、目の前には赤い髪が特徴の美青年が立っていた。

 その青年は誰と聞かれると、少し悲しそうな顔で笑った。


「まぁ仕方ないか。安心しろ、すぐに元の世界に帰してやるさ」


 青年が横に手を差し出すと、そこから光り輝く穴が出現した。

 どこか別の世界にでも繋がっている様な不思議な空間だ。


「さぁ部外者はたったと帰りな」


 青年は興味が無さげに腕を振ると、海翔に背中を向けた。


「う、うん」


 見るからに怪しそうなこの穴を通るのは、少しためらいがあったが、今はこの青年を信じるしか家に帰る方法はない。

 なので意を決して飛び込むことにした。


「よし、行くぞ」


 覚悟を決めて一歩を踏み出そうとしたとき青年が突然振り返り、言った。


「海翔、迷惑かけたな。これまでありがとうな。ってお前にこんな事言っても仕方ねえか」


 青年は恥ずかしそうに頭を掻きながら言った。


「こちらこそ、ありがとうクロウ。ってあれ僕は今なんて?」


 クロウ。

 海翔がそう言うと青年はとても驚いた表情を浮かべ、そしてとても素敵な満面の笑顔を浮かべた。


「ああ、じゃあな。相棒!」


 青年がそう言うと、海翔の意識は途絶えた。

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