第5章:数千の過去を超えて

第32話:何千回目の目覚め

「クロウ! 僕が絶対見つけるから、だから!」


 クロウが天使の力を使うと、海翔の身体は赤く淡い粒子に包まれ、後方に出現したゲートに吸い込まれていく。

 海翔は少しでもこの場に留まろうと無様にもがく。


「ああ、任せたぜ、相棒!」


 クロウがフッと微笑んだ。

 自分では出来ないから仕方ないので海翔に任せるという理由ではなく心から海翔を信用しているという笑顔。


「クロウ!」


 ゲートに体が吸い込まれると同時に意識が途絶える。

 名前はクロウに届いただろうか。



 クロウ達七人の天使は次の神になるため、死闘を繰り広げて来た。

 しかしこの戦いは神であるアインが新しい体を手に入れるため始めから仕組まれていた計画だった。


 クロウ達は無様にも唯一神――アインの手のひらの上で転がされていたという事だ。

 ここまで順調に計画が進んだのだ。

 アインは下界を眺めながらほくそ笑んでいた事だろう。

 しかし完璧だったはずの計画にも徐々に綻びが見え始めていた。


 しかしその綻びにアインはまだ気づいていない。

 クロウが見出した不確定な勝機は唯一の相棒に託された。

 今は小さいその、綻びから。




「……ここは」


 意識を取り戻すと海翔は真っ暗な、しかし自分の輪郭だけははっきりとしている不思議な空間に立っていた。


「よぉ、また来たんだな」


 突然声が聞こえたので聞こえた方を見てみる。

 するとそこには見た事のない、しかしどこか親近感というか安心感を感じさせる男が立っていた。


 その男の顔は全く見えなかったが、この世の物とは思えないとても美しい服装にはどこか既視感を覚えた。

 そう、天使。天使なんて見た事も会った事もなかったがなぜかそう思った。


「君は?」


 海翔は気になった事を素直に聞いた。

 海翔はそもそもなぜ自分がここに立っているのか、前に立っている男は誰なのか、全く分からなかったからだ。


 この状況を解決する手掛かりは今この男しかいない。

 それを男も分かっているのか、フッと微笑んで言った。


「俺はお前で、お前は俺だ。だが俺はお前じゃないし、お前は俺じゃない。ってところかな」


 言っている意味が分からない。

 最も、いきなり現れた人にお前は俺だが、お前は俺じゃないなんて矛盾しかない事を言われて理解できる人なんてそういないはずだが。


「なに言ってるんだこいつは、って顔だな。まぁいいか、出口はあっちだぜ」


 男が海翔を指さすと、海翔の後ろから四、五歩離れた所に淡い光りを放つドアが出現した。


「あれを通るといつもの朝に戻ることが出来る。何千回目の、だけどな」


 何千回?

 さっきからこいつの言っている事は本当に意味が分からない。

 しかし、信じる他は無かったので海翔は短く礼を言ってドアへ歩き出す。

 その海翔に男が急に声を掛けた。


「おい海翔、こいつを忘れてるぜ!」

「え?」


 慌てて振り返ると何かが飛んできていたので何とかキャッチする。


「これは……カード?」


 海翔がキャッチしたのは見た事もないカードだった。

 銀色に輝くカードは、紙製でもなく金属製でもなく、布製でもない。

 不思議な材質。

 そして表面には盾の絵が描かれていた。


「ウッ、痛っ!」


 カードをまじまじと見ていると、突如激しい頭痛が海翔を襲った。

 頭痛が治まりまたカードを見てみると、さっきまで銀色だったはずのカードは金色に変化していた。


 その瞬間、海翔の脳に数多の記憶が流れ込んでくる。

 さっきとは比べ物にならない頭痛が海翔を襲う。


「なんなんだ、これは!?」


 激しい頭痛に思わずその場に倒れこんでしまう。


「これは何だ!? なんで僕はこの記憶を知らないはずなのに知っている!? これは……未来、いや過去の記憶?」


「これは紛れもなくお前の記憶だよ、海翔。お前の止まった時の流れ。そしてここが時の始発点だ」

「時の……始発点?」


 徐々に頭痛が治まってきて、何とか立ち上がれる程には回復した。

 海翔はフラフラと立ち上がり、男を睨む。


「そう、時の始発点。ここでお前はこれから歩む道を選択をしなければならない」


 男がそう言うと、海翔が立っているドアとは別にもう一つ同じようなドアが出現した。

 近くのドアは無機質に感じたが、新しく出現したドアは赤い光を淡く発しており、どこか暖かい感情を感じる。


「一つは全てを受け入れ辛く苦しい、そして最果てへとつながる道。

 一つは全てを諦めそこには虚無感が残るが、安息へとつながる道」


 男は「どちらの道を選んでも構わない」最後にそう付け加えて海翔を見た。

 その男の顔を把握する事はできないが楽になってくれ、そう言いたいようにも見えた。


「なら、決まってる」


 頭痛はいつの間にか消えていた。

 海翔は迷わず歩き出す。

 


 僕は約束したんだ、あいつと。

 あいつは毎回僕を信じて送り出してくれた。

 任せたぜ、相棒って。

 僕はその期待に答えないといけない――いや、答えたい。

 そう心から思うんだ。



「だから、こっちだ」


 海翔は赤く淡い光を放つドアを選んだ。

 この先には必ずあいつが待ってる。

 だから海翔は行かなければならない。


「その道の先が終わらない地獄だったとしても?」

「うん。たとえそうでも僕たち二人なら乗り切れるさ」


 海翔の答えを聞いた男は少し悲しそうな顔をした。


「そうか。お前が決めたんだったら俺に邪魔は出来ないさ。行ってこい、後悔の無いようにな」


 うん、と海翔は小さくうなずきドアに触れる。

 ドアは軽く触っただけで勝手に開いた。

 ドアの隙間からは目を開けてられない程の光が差し込んでくる。


「ねぇ結局君は誰なの? これだけ繰り返しても君だけは本当に知らないんだけど?」


 海翔は何度も何度もこのドアをくぐった。

 この記憶は確かにある。

 しかしさっきから話しているこの男だけは全く記憶にないのだ。


 海翔がそう言うと、男は少し驚いた様な表情を浮かべそして笑った。


「初めに言っただろう? 俺はお前で、お前は俺だ。だが俺はお前じゃないしお前は俺じゃないってな。俺はそういう存在だ」


 光に包まれ、徐々に消えていく男。

 それと同時に海翔の意識も段々薄れていく。

 この場所の記憶も、もしかしたら目覚めた時には消えてしまっているのかもしれない。

 

 だけど僕はこの気持ちだけは忘れないだろう。


「クロウ、君は僕が必ず勝たせて見せる」


 海翔の決心。

 これが何回目かは分からないけれど、今度こそ。

 海翔はそう深く決意した。



 遠くから、小鳥の声がする。

 何度この声で目が覚めたのか。

 目を開くといつもの天井が視界に広がる。

 時計に表示されていたのは学祭の三日前の日。


「また戻ってきたのか、この日に」


 ゆっくりと体を起こしながらボソッと呟いた。

 いつも通り制服に着替えてリビングへ降りると、朝のニュース番組は連続猟奇殺人事件の話題でもちきりなのだろう。


 そして母親と怖いねなんて話すのだ。

 最も今の海翔なら今朝のワイドショーの文言を全て再現することも可能だろうが。


(そう言えばそもそも僕は普通に学校に行くべきなのか? 学校に行って無駄な時間を過ごすより、アインを打倒する方法を考えるべきなのではないか?)


 海翔は少し考えた。


「いや、今はむしろ普通の学校生活を送るべきか……」


 今、海翔はまだクロウに出会っていない。

 ここでこれまでとは違う行動をとってしまったら未来が変わってしまうかもしれない。

 それだけは避ける必要がある。


「海翔、何してるの早く起きなさい!」


 母親の怒声が聞こえてくる。

 これはまずい。少し考えこみすぎたようだ。

 母親に聞こえるように、大きく返事をしてベッドを降りる。


「ガッ!」


 ベッドを降りた瞬間激しい頭痛が海翔を襲った。

 脳の内側から金づちでガンガン叩かれている様な痛み。


 そのあまりにも激しい頭痛に耐え切れず、海翔はそのまま倒れこむ。

 しばらく続いたその頭痛は永遠にも感じられたが落ち着いた後、時計を見ると約三分間しかたっていなかった。


 体感時間よりもはるかに短かったという事実に絶望しつつ海翔はリビングへ向かった。




 予定調和に染まり切った生活とはこれほどまでに退屈なものだったのか。

 この後に起こることが全て分かっているという状況。

 戦闘時は役にもたつだろうが、普通の日常生活を送るにはいささか不便な事の方が多いように思える。


 まず授業がつらい。

 どれほど面白い授業であっても何回も同じものを見ていたらつまらなくなる。

 今の海翔なら、しばらくは全科目の授業で教壇に立つことができるだろう。


 しかし退屈だからといって居眠りをする事はできなかった。

 なぜなら、朝からずっと頭痛が治まらないからだ。

 立ってられないような激しい頭痛ではないのだが、常にズキズキとした鈍痛が頭を襲っている。


 そんな頭痛に耐えながら海翔は午前中の授業を乗り切った。


 昼食を終え、海翔は校内を散歩していた。

 といっても散歩をしたいからしている訳では無く、一回目の自分がしていたので仕方なく散歩をしているというのが現状である。


 流れというのが出来てしまっているのか、食事を終えると体が無意識に動いていたのには驚いた。


「全く何で僕はこんな事をしようと思ったんだろう……。おとなしく教室にいてればあんな事は起きなかったのに」


 いまさら後悔しても仕方ない事だが過去の自分を殴ってやりたい。

 第一この散歩を行わなかったらあんな事は起きなかったのだ。

 海翔は大きなため息を吐いた。


「よぉ、中川。大きなため息なんて吐いちゃってどうしたんだ? 女にでもふられたか?」


 後ろから聞き覚えのある声が聞こえてくる。

 今思えばこいつのせいで僕はあの戦いに巻き込まれる事になったのだ。

 まぁ今となっては感謝の気持ちしかないが。


「別になんでもないよ。何か用かい? 斎藤君」

「な、なんだよその反抗的な目は。折角忙しい時間の合間を縫って俺が話しかけてやっているのに」


 出来るだけいつもの通りの顔で振り返ったつもりだったがどうやら彼――斎藤剛には反抗的な目に映ったらしい。


「そんな事ないさ。それだけ忙しい君がわざわざ話しかけにきたんだ。ただ雑談をしにきた訳ではないんだろう?」


 斎藤は海翔の言葉にムッとした表情を浮かべたが、すぐにニッと口角を上げ言った。

 彼が意地悪をするときに浮かべる汚い笑顔だ。


「ああ、勿論だ。俺は忙しいからな。そこで暇そうなお前にお話があるんだが。当然聞いてくれるよなぁ?」

「うん、大歓迎だよ。お話だけならね」


 斎藤がこんな笑顔を浮かべてきている時にただお話だけで終わる訳が無い。

 しかし一々断るのも面倒だからここで引き下がってくれると助かるのだが。


「チッ、まぁいい。学祭の準備ってあるよな。あれ、忙しいから俺出れねえんだよ。だからお前代わりにやっといてくれよ、準備」


 斎藤はゆっくりと海翔に近づき、肩を叩いた。


「やっといてくれ? あの量を一人で? 冗談が過ぎるんじゃないのかい」

「冗談? 俺はお前を信頼しているから言ってるんだぜ」


 斎藤はより一段と肩に力を込める。

 少し痛い。

 苦情を込めて斎藤を睨むと、更に斎藤は口角を上げニヤつく。


「なぁ中川、お前にしか頼めないんだ。頼むよ」


 全くこいつは海翔の扱い方を心得ている。

 こんな言い方をされたらは海翔は当然断れない。

 実際この術中にはまり何回もあの準備をやり遂げてきたのだから、間違いない。


「ごめんね、僕も予定があるんだ。それじゃ」


 海翔は出来る限りの笑顔で断り、優しく斎藤の手を肩から外した。


「おい、待てよ」


 斎藤はすれ違おうとした海翔の肩をより強い力で掴み足を止めさせる。


「なんだ、お前は俺のお願いが聞けねえってのか? あんまりなめた態度取ってんじゃねえぞ」


 後ろにいるので斎藤の表情は全く見えないが、恐らくこれまでにないくらい怒りに満ちた表情をしている事だろう。


 だが、海翔だって暇じゃない。

 そしてこの理不尽に怒りを覚えない訳もない。

 もう一度断るべくゆっくりと振り返り言った。


「……うるさいな。忙しいって聞こえなかったのか?」

「な……」


 これまで見せた事のない冷たい目で斎藤を睨む。

 そのあまりにも鋭い目つきに斎藤は怯んでしまった。


「それじゃあ」


 今度こそ呆気に取られている斎藤の手を外し教室の方へ向かう。

 斎藤の目の届かない所まで来たのを確認してから壁にもたれかかる。


「案外きついんだな、流れに逆らうってのは」


 必死に隠していた額を覆う脂汗をぬぐう。

 どうやらこれまでの流れとは違う行動をとったら頭痛が激しくなるらしい。

 その頭痛のせいでさっきは想像以上の迫力が出てしまったがむしろ斎藤には効果的だっただろう。

 なんせ彼は海翔の事を便利な何でも屋くらいにしか思っていなかったのだから。


「にしても何なんだこの頭痛は……」


 海翔はフラフラとした足取りで教室へ向かった。

 さっきのやり取りに腹を立てたのか、斎藤は午後の授業には出ていなかった。

 帰ってしまったのかは知らないが、絡まれるのも面倒なのでいない方が都合がよかったのだが。

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