第23話:狂気との決別

 光は消え、今は砂埃に包まれている。

 激しい痛みを訴える全身に鞭を打ち、立ち上がる。

 ふと視線をやると、隣には同じくフラフラとクロウが立ち上がっていた。


「はっ、なんて様だ」


 クロウは自嘲気味に笑った。

 さっきの一撃を防ぎきるのにほとんどの魔力を使い切ってしまった上に鎧は半壊している。

 状況は最悪だ。


「だけど鬼門は通り抜けた。ここからは反撃、だろ?」


 海翔も必死で笑いを返した。

 だが海翔とクロウはまだとっておきを残している。


「ああ。こっからは俺たちのターンだ!」

「うん、行くよクロウ! カードインストール<バーサク>!」


 海翔がカードを発動した瞬間、クロウの魔力が跳ね上がる。


「これならいける。一気に決めるぞ、海翔!」


 クロウは海翔の返事も待たず飛び去った。

 だが海翔は立っているだけでもやっとという状態なので、どっちにしろ返事は出来なかったのだが。


(あとは頼んだよ……クロウ)


 これで最後。

 海翔はそう自分に言い聞かせ、痛みをごまかした。



 勢いよく飛び上がり砂埃から脱出すると、眼下にはやり切ったという顔のソウと、不安そうな顔の詩織が立っている。


 だがこちらには両方気づいていない。


(なら――今しかねぇだろ!)


 勢いよくソウに向かって突進する。

 体のあちこちが悲鳴を上げているはずだが<バーサク>を使ったクロウには関係の無い話だ。


「—―クロウ!? なぜ!?」


 ソウがクロウに気づいた。だがもう遅かった。


「おらぁぁ!」


 クロウの力任せの右ストレートがソウを襲う。

 発見に遅れたソウはそのまま吹き飛ばされてしまう。


「グッ、カハッ。クロウ、あなたまさか……!?」


 ソウはゆっくりと立ち上がった。

 鎧のあちこちは綻び、槍に貫かれた傷からは再び血が流れていた。


「ああ、お前の予想通りさ」


<バーサク>ズィルバーーカードでありながら、使用すれば一時的にゴルトを超える程の絶大な魔力を得ることができる。


「あなた、わかっているのですか。今の状況でそれを使う意味が」


 ソウは信じられないといった様子で言った。

 心配というよりは呆れの方が強かった。


「当たり前だ。だがな、俺はゴルトのリミッター解除ができないんだ。それなら別の裏の手を用意するしかないだろ? ガッ――!」


 激しい頭痛が走る。

 バーサクの効果で痛覚は遮断されている為、先ほどのダメージではない。

 という事はこの痛みはバーサクの効果であると言える。


「ア、ガッ――!」


 これまで経験した事のない頭痛がクロウを襲う。


(俺でこの頭痛なんだ。海翔は持つのか……?)


「クロウ! もうやめなさい! これ以上は海翔の身体ももちませんよ!」

「どういう事、ソウ!」


 海翔の身体が危険と聞いて、詩織が慌てた表情でソウに駆け寄り、問い詰める。


「どうもこうもありません。一瞬であの魔力を得ようっていうのです。その代償は計り知れません。恐らく今、彼らは激しい頭痛、そして強烈な破壊衝動に襲われているはずです」


(破壊衝動?)


 詩織はふとクロウの方を見てみる。

 よく見ると、クロウは頭痛に苦しんでいるというよりどちらかというと――。


「—―せぇ。—―るせぇ。—―うるせぇ! 黙れ!」


 クロウは自分を襲う破壊衝動を抑えるのに必死という感じだった。

 頭の中をずっと、「コワセ、コロセ、コワセ、コロセ」という言葉が巡り巡っている。


 もし海翔にもこんな症状が襲っているなら。人間の海翔にたえられるのか?

 最悪……。


「海翔君! もうやめて! それ以上はあなたの身体がもたないわ!」


 徐々に晴れて来た砂埃に向かって詩織は叫んだ。


「おい、海翔! 何やってる、しっかりしやがれ!」

「うるさい! もうやってる!」


 砂埃から声が返ってくる。

 砂埃は薄れていき、朧げな人影は徐々に海翔に変化していく。


「……海翔君!」


 砂埃から現れた海翔は、所々服は破れいたる所から血が流れ出ている。

 立っているのが不思議という状態だった。

 海翔もまた頭を押さえて襲ってくる頭痛と言葉に悶えている。


「おい、海翔! 狂気に呑まれるな!」

「海翔君! もう止めて!」

「海翔! 本当に死にますよ!」



 うるさい。

 みんなして僕の名前を呼んで、みんなして僕を利用しようとする。

 子供の頃からそうだった。





 幼い頃に父親を事故で亡くした。

 生命保険や、~年金、その他支援金など詳しい事は分からないが、様々なお金が一気に入ってきた。

 父親が残した新築の一軒家もあったため、衣食住に苦労する事はなかった。


 今まで見たことのない金額が一度に銀行口座に振り込まれた。

 表現は悪いが、宝くじに当たったとでも言う様な感じ。


 大金は人を狂わせるというのは本当で。

 父親を亡くして数日後、母親は僕を置いて外に出かける事が多くなった。



 手作りの夕食は作り置きに変わり、冷凍食品に変わり、最後には小銭に変わった。

 僕の食費に反比例するように母親の格好は派手になっていった。


 毎晩目が眩しいドレスを着て迎えに来た男の車に乗って、帰ってくるのは朝早く。

 昼間は死んだように眠って、夜になるとまたドレスを来て何処かへ行く。


 その繰り返しだった。

 明らかに増えていく化粧品、服飾品。

 それに対して減っていく僕の生活必需品。


 だが今思えばそれも悪くなかったと思う。

 家事や料理などは一通り覚えたし、そこから料理は趣味の一つとなった。


 だが、そんな生活は長くは続かなかった。

 当然だ。

 僕たちは宝くじに当たった金を遊びにつぎ込んでいたのだからいずれ金は無くなる。


 金が無くなると、母親は分かりやすく荒れた。

 どうやら迎えに来ていた男は母親が貢いでいた男だったらしく、金の切れ目が縁の切れ目。


 母親は家にいることが多くなった。

 しばらくして母親は昼夜問わずパートに出かけ始めた。

 母親は夜勤明けの朝、僕が学校に行く前に帰ってきて、少し仮眠して昼間のパートに出かけた。

 そんな生活がずっとできるわけがなく、母親は見るからにやつれていった。

 そして母は学校に行く前の僕を捕まえ言うのだ。


「あなたは人の為に生きなさい。人に迷惑をかけちゃだめよ。自分の力で生きていくの」


 今思えばあれは僕に言っていたのではなく、壊れそうな自分に必死で言い聞かせていたのではないかと思う。


 だが、当時の僕は嬉しかった。

 久しぶりに僕の事を見てくれた。

 そんな気がしたからだ。

 そこから僕は人の頼みは断れなくなった。


 頼まれればどんな事もするし、絶対に断らない。

 だってそれが母親の教えなのだから。

 そうすれば母さんは喜んでくれるのだから――。


 そうして僕は知らない内に壊れていった。

 第一おかしいのだ。

 自分の願望より他人を優先させるなど。


 僕は正気に戻る。

 僕は自分に戻る。

 僕は自分の為に生きる。

 クロウが来たのはきっと、僕が人間に戻るためだったのだから……!



「ああああ、あぁ!」

 思いっきり頬を叩く。

 気づけば痛みはなくなっていた。

 むしろ悩みが消えた清々しさすらあった。


 突然叫び出した海翔を三人は怪訝そうに見ている。

 当然だろう、海翔は普段叫ぶなんて事したことがなかったのだから。

 

(今日から僕は生まれ変わるんだ。新しい自分に!)


「クロウ、これで最後なんだろう! 一気に決着をつけるよ! 勝って僕の願いを叶えてくれ!」


「願いを叶えてくれ」なんて冗談でなければ、海翔が絶対に口に出さなそうな言葉。

 それを聞いてクロウは狂気に堕ちたのではないそう確信した。


「当たり前だ! 神になるのはこの俺だ!」


 威勢の良い言葉とともにクロウがソウに突っ込んでいく。


「全く、もう知りませんよ!」


 ソウもまた突っ込んでいく。


「カードインストール<ライン>」


 唯一使っていなかったゴルトを使う。

 ゴルトは壊れる代わりに一度使うと、再使用まで時間がかかるという欠点がある。

 だからこれが最後のゴルトだ。


 これを逃すときっと海翔たちに勝機はない。

 だが不安はなかった。


 両者疲弊しきっているとは思えない素早い動き。

 ソウが剣を振り下ろすとクロウは少しの動きで避け、銃で反撃する。

 クロウが反撃すると、ソウは身をひねって銃弾を避ける。


「クロックアップ!」


 クロウの動きがまるで早送りした様に不自然に加速する。


「グウッ!」


 ソウは魔力が切れかけなのか反応しきれていない。


「ソウ!」

「クロウ!」


 剣に持ち替えたクロウ、そこらが刃こぼれしているソウ。

 両者減速せず向かい合う。

 居合は一瞬で決着がついた。


 一瞬周囲は静寂に包まれる。

 ドサッ。

 倒れたのはソウだった。

 ソウを青色の淡く光った粒子で包まれる。


「ソウ!」


 詩織はソウに駆け寄り、優しく頭を抱き上げる。


「すみません、詩織。どうやら私はここまでみたいです。私の力不足……どうぞお許し下さい」


 ソウは優しく微笑んで言った。


「うん。いいよ、ソウ」


 詩織は涙ながらに答える。


「詩織、耳を貸してください」


 詩織は耳を近づける


「—―、—―」

「なっ! 何言ってるのよ、こんな時に!」


 詩織は顔を真っ赤にして怒る。


「ふっ。詩織、あなたは強いお人だ。あなたと支えあっていける人がきっといるはずだ。そう、すぐ近くにね」


 ソウはウインクをして、そのまま目を瞑る。


「ありがとう、ソウ。元気でね」


 ソウは驚いたのか、カッと目を見開いたがすぐに優しい笑顔で微笑んだ。

 そのまま光に包まれ、消えた。


「やったね、クロウ」


 クロウに歩み寄る。

 バーサクの効果が切れたのか、海翔の体は鋭い痛みから鈍い痛みまで勢ぞろいで限界を訴えていた。


「ふん、当たり前だ」


 いつも通り強がっているが。たぶんクロウの全身も限界を超えているのだろう。

 あちらこちらから、ポタポタと血が滴っている。


 詩織がソウのカードを拾ってこちらに歩いてくる。

 そしてクロウに手渡した。


「おめでとう、海翔君、クロウ」


 詩織は笑っているが、今にも泣き出しそうな表情をしていた。

 半月程ではあったが連れ添ったパートナーを失ったのだ。

 当然ショックは小さくないだろう。


「おう」


 クロウはカードを受け取って、そのまま海翔に渡した。

 七枚のカードがホルダーに収まった。


 一体何が起こるのだろう。

 ……。……。……。

 しばらく待ったが周囲は何も変化はない。


「クロウ、どういう事?」

「当たり前だ。奴の所に行くにはゲートを開かないといけないんだ。その鍵がゴルトカードって訳だ」

 ゲートや奴など聞きなれない言葉が次々と飛び出してくる。

 海翔が不思議に思っていたのを察したのか、クロウが説明を始める。


「奴――名前はアイン。世界の管理者。平たく言うなら神だ。それで、ゲートは奴のいる場所、俺たちは神の間と呼んでいる場所につながる道の事だ」


 クロウが空を見上げながら言った。


「じゃ、もう行くの?」

「ああ。厄介事はたったと片づけたいからな」


 クロウはそう言うと、天に向かって手を伸ばす。

 すると魔方陣が出現し発光を始め円形のゲートに変化した。

 行く先は光に包まれており、どこに繋がっているのかは全く想像はできない。


「行くぞ」クロウはそう言ってゲートに入っていった。


「海翔君」


 海翔も続こうとした時、詩織が海翔の袖を掴む。


「なに?」


 海翔は笑顔で聞いた。


「帰ってくる……よね?」


 詩織は心配でたまらない、といった表情を浮かべている。


「うん、帰ってくるよ。必ずね」


 詩織を安心させるため、軽く詩織の肩を叩き言った。

 だが、詩織はまだ不安そうだ。


「詩織、帰ってきたら君に伝えたい事があるんだ」


 ソウとの決着の前に行った言葉をもう一度言った。

 詩織は思い出したのか、ハッと驚いたような表情をした。


「だから笑顔で見送ってくれないか? そしたら必ず帰ってくるから」


 詩織はあふれ出てくる涙をどうにか止めて、満面の笑顔で言った


「うん、待ってる。君が帰ってくるまでずっと。だから……いってらっしゃい!」

「うん、行ってきます」


 海翔は詩織を優しく抱きしめた。

 必ず帰ってくる。

 そう固く決意して、海翔はゲートに飛び込んだ。

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