第22話:最高で最後の戦い

 その日はあくまで日常を過ごす事に努めた。

 今日はクロウとソウ。

 二人の決着が着く日。


 この決着が着けばこの戦いも終わる。

 もしかしたら今日は新しい神が誕生する日になるかもしれない。

 緊張しない、と言えば嘘になる。


(そう言えばクロウが神になる理由ってちゃんと聞いたこと無かったな。帰ったら聞いてみようか)


 そんな事を考える事ができるくらいには不思議と心は落ち着いている。

 

 昨日、初めて詩織の願いを聞いた。

 正直かなり驚いた。

普段の詩織からはあんな悩みを抱えていたなんて想像もできなかったからだ。


 海翔は昨日偉そうに「どっちも助けてもらったいいんじゃない」なんて言ったが、海翔があんなアドバイスをしてもよかったのかと未だに後悔と疑問が渦巻いている。


 緊張はない。

 しかし抱え続けて来た悩みは未だに海翔の中で大きく燻ぶっていた。


 何度考えても願いなんて思いつかなかった。

 決戦を前にした今でも、海翔は願いを見つける事を願いとしていたのだ。




 ホームルームが終わると、生徒はみんなぞろぞろと部活動に向かう。

 慎吾も「じゃなッ」と足早に部活動に向かった。



「帰ろうか」

「うん、海翔君」


 二人並んで廊下を歩く。

 当然ではあるがいつもの様に会話は弾まない。

 沈黙を保ったままあっという間に校門まで来る。



「それじゃ、また後でね」


 詩織は静かに微笑んで手を軽く振った。


「うん、また後で」


 海翔もそれに応じた。

 ここで別れたら次に会う時は敵同士だ。

 その緊張感を詩織は保ちたかったのだろう。


 詩織は願いを叶える為、この戦いに臨む。

 海翔は願いを見つけるため戦いに臨む。


 はたから見たらおかしな構図だ。

 だが海翔はこの構図に無理やり筋をとおさなければならない。

 そうでもしなければ彼女の前には立てなかったから。



「ただいま」


 靴を脱ぎ、リビングを覗く。

 そこにはいつも通り雑誌を片手にコーヒーを飲んでいるクロウが座っていた。

 折角なので少し話しておこうとクロウの前に座る。


「なにか用か」


 雑誌から目も離さずにクロウは言った。


「いや、最後かもしれないだろ。少し話しておこうと思ってさ」

「そうか。俺は無いけどな」


 全く、こいつは少しくらい人情というものはないのだろうか。

 海翔は少し苛立ちを覚える。


「ねぇ、クロウ。今更こんな事言ったら怒るかもしれないけどさ。聞いてくれる?」


 クロウは初めて雑誌から目を離し目線だけこっちに寄こしてくる。

 聞いてやるという事だろうか。


「僕はさ、ずっと人の為に生きろって教えられて育ってきたからさ、思いつかないんだ。人の為じゃなく、自分の為っていう叶えたい願いが……さ」


 クロウをちらっと見る。

 いつもの様に悪態を吐いてこない。

 という事はもう少し話せという事だろう。


「クロウと出会って、いろんな天使と戦ってきた。彼らはみんな願いがあって、みんな美しかった。願いがあるという事はとてもいい事なんだって思うようになった。

 だから僕は必死で考え続けた。僕の願いはなんだって。だけど思いつかないんだ、今でさえも。ねぇクロウ。僕はどうすればいいと思う?」


 クロウは本を閉じた。

 そして大きくため息を吐いて、そして言った。


「知るか、そんな事」


 珍しく話を聞いたと思ったらやっぱりか。

 海翔はなにクロウに期待していたのか。

 たまらず席を立ってしまう。


「だがな、海翔。俺はそれでもいいと思うぞ。願いが無い、別にどうでもいいじゃねえか、そんな事」

「でも僕は、立派な願いがないと彼らの前には立てないよ……」


 これまで倒してきた天使たちの顔が一気に思い浮かんでくる。

 そんな彼らの願いを踏みにじって海翔は今ここに立っている。


「分かった。そこまで言うなら教えてやるよ。お前の願いって奴をな」


(クロウが僕の願いを知っている?) 


 一体どういう事だろうか。

 だが海翔は今、藁にもすがりたい気分だった。

 ジッとクロウを見つめる。


「お前の願いは……俺を神にする事だ」


 クロウはニッと笑って言った。


「は……はい?」


(僕の願いはクロウを神にする事?)


 言ってる意味が分からない。

 だけど……。

「プ……あははは!」


 突然大爆笑した海翔をクロウは怪訝そうに見ている。


「はぁはぁ、苦しい」

「おい、何笑ってんだ! 折角俺が教えてやったのに」


 いつまでも笑っている海翔を見て、クロウは徐々にイライラを募らせている。


「いや、ごめん、クロウ。だけど、ありがとう」


 海翔が素直に礼を言うと、クロウは怒る気が失せたのか、海翔に背を向け、「ふんっ」とへそをまげ、雑誌を読み始めた。


 自分でも何であんなに面白かったのか分からないが、スゥッと心から悪い憑き物が取れた様なスッキリ感がある。


「ありがとう」


 そう呟いて、海翔は自室に戻った。




 待ち合わせの時刻は夜八時。

 あの丘は日が落ちると真っ暗になるため、人は全くいなくなる。

 まさに決戦の地に相応しい場所という訳だ。


 緩やかな山道を約十五分。

 軽く開けた場所があの丘だ。

 山道を抜け、丘に近づくと、既に詩織とソウが立っていた。


「ごめん、待たせたかな」

「ううん、今来たとこ。それより、海翔君。なんかスッキリした顔してるね」


 お互い少し声を張って話す。

 詩織が遠目からでも気づくほど海翔は酷い顔をしていたのだろうか。


「まぁね。暗い顔ではこの決戦に相応しくないと思ってね」

「そっか。ともかく悩みが解決したのならよかった」


 今日の詩織は自信に満ち溢れた表情をしている。

 恐らくベストコンディションだ。

 海翔がもし悩みを抱えたまま臨んでいたらきっと相手にならなかっただろう。


「おい、ソウ! 降参するなら今の内だぜ!」

「それはこちらのセリフですよ!」


 クロウが先制攻撃を仕掛けた。

 しかしあっさり返されてしまった。

 まぁクロウも流石にこれで降参するなんて考えていなかったのか、むしろ楽しそうに笑っていたが。


「それじゃあ、早速始めようか」


 海翔の音頭に詩織は無言で頷く。

 それに合わせクロウとソウ、どちらも戦闘態勢に入った。

 一触触発。ピリリとした鋭い空気が流れる。

 だが海翔は始まる前に一つだけ言っておきたい事があった。


「詩織! 全部終わったらさ、伝えたいことがあるんだ!」


 さっきから強くなってきた風に負けない様に声を張る。


「奇遇だね、私も!」


 驚いた。詩織も僕に伝えたい事があるらしい。

 伝えたい事……なんだろう。

 気になるが、今は戦いに集中すべきだ。


「ソウ、絶対勝ってね」

「ええ、勿論。必ずやあなたに勝利を」


 二人にしか聞こえないような音量で話す。


「クロウ、僕の願い。きっと叶えてね」

「はっ、当たり前だ。俺の願いでもあるからな」


 いつものクロウの悪人顔の笑顔。

 この笑顔を見ていると、とても安心する。


「ダブルインストール<ソード>」


 クロウの両手にそれぞれ剣が出現する。



「クロウ!」

「ソウ!」


「我が騎士道に賭けて!」

「俺たちの願いを賭けて!」


「「勝負だ!!」」


 両者ほぼ同時に動き出した。

 激しい剣同士のぶつかり合い。

 ソウの剣は一撃一撃が重たいのか、一撃事にクロウの剣は折れてしまう。


 こうなってしまったら海翔も忙しい。

 剣同士の近距離戦は分が悪いと悟ったのか、クロウは一定距離を保つ中距離戦に切り替えた。


 銃撃で距離を寄せない様に戦うクロウと、銃撃を避けつつ懐に飛び込もうとするソウ。

 この激しい駆け引きが地上、空中問わず行われている。


「ちっ! 寄ってくんじゃねぇ!」

「そういう訳には行きませんよ!」


 ソウが一段とスピードを上げる。

 避けきれなくなったクロウは剣でソウの攻撃を受け止めたが衝撃は殺せず、地面に激突してしまう。


「いってえなぁ、ったく……」


 悪態はついているが、心底楽しそうな表情でクロウは血をペッと吐く。


「手加減は出来ませんからね。それにしたら怒るでしょ、あなた」


 ソウは優雅に降りて来た。


「おい、海翔! 手加減なしだ、ゴルトも使うぞ」


 クロウの息は若干息が上がっている。

 それでも手加減してたと言い張るのだ。

 だが、今はその意地っ張りさが頼もしい。


「分かった。僕の事は気にしないで、思う存分戦ってきてよ」


 海翔自身気にしたことはないのだが、契約者がカードを使う時、その分魔力を消費するらしい。

 当然ズィルバーより、ゴルトの方が消費量は多い。

 ちなみに魔力が切れたら人間は死ぬらしい。


「はっ! そんなの気にしたことねえよ」


(全く、相変わらず強がりさんだな)


 強がりな相棒の優しさに頼もしさを覚えながら、海翔は金色のカードを取り出す。


「行くよ、クロウ! カードインストール<マカイズ>!」

「ああ!」


 鎌の出現と同時にクロウが動き出す。

 さすが、ゴルトだ。

 何度ぶつかり合っても壊れる気配がない。

 それでも、本人が扱うよりは二割ほど出力が下がっているそうだが。


 しかし武器の格差が小さくなったとたん、クロウが押している様にも見える。


「おいおい、同じ舞台に立った瞬間これかぁ!?」


 クロウは横からの斬撃を避けつつ、その慣性を生かして自分の攻撃に利用する。


「おっと、まだ手加減しているだけですよ!」


 ソウは正面からの鎌を避け、鎌に自分の大剣を力一杯鎌にぶつける。

 その余りにも強い力でクロウは鎌を放してしまい、鎌は空中に飛んでいき紫の粒子となり消えた。


「—―ッ!」


 このまま地上にいては不利と思ったのか、クロウは空へ逃げる。

 ソウはすかさず追撃した。

 しかし、避ける事に集中したクロウを捉える事は出来ない。


「カードインストール<フィン>!」


 クロウの手にはブーメランが出現した。

 黄の天使――フィンの得物だ。


「はあっ!」


 力を込めて真っすぐ向かって来たソウにブーメランを投げる。

 しかし少し横に体を逸らしただけで、避けられてしまう。


「そんなの、当たりませんよ!」


 そのまま速度を上げながら真っすぐ突っ込んで来て、クロウに切りかかった。


(マズい、この体勢じゃ避けれない!)


 血だらけのクロウを想像してしまった海翔は思わず目を瞑った。


「捕まえた!」


 最悪の状況を想像していたが、威勢の良い声を受け目を開ける。

 すると目の前に飛び込んできた光景は、クロウが正面から向かって来たソウの大剣をタイミングよく抑えた様子だった。


「あれは、白刃取り!?」


 クロウのニヤリと笑った頬にタラリと汗が垂れる。


「曲芸ですか? クロウ」

「戦略さ、立派な、なぁ!」


 クロウをそのまま切り裂こうとソウは力を込める。

 クロウは流石に抑えきれないのか苦しそうだ。


「いつまで、そうしているつもりで……グハッ!」


 突然苦しそうにうめき声をあげるソウ。

 その背中にはさっきクロウが投げたブーメランが深く刺さっていた。

 うまくいった。クロウのそんな表情は遠くからでも十分伝わった。


「知らなかったか? ブーメランってのは投げたら返ってくるんだぜ!」


 力の緩んだ隙にクロウはソウを蹴飛ばす。


「海翔! 一気に片付けるぞ!」

「カードインストール<マリ>!」


 返事代わりに行動で示す。

 緑の天使――マリが使っていた魔法の杖だ。

『よく分かってんじゃねえか』とクロウの言葉が聞こえてくるようだ。


「おら!」


 クロウが杖を向けると、いくつもの光の剣がソウへ向かっていく。

 しかしソウはいくつかは防ぎきれなかったが、致命傷になる所だけは剣でガードする。


「杖じゃパワーが足りないのなら!」


「カードインストール<リラ>!」


 杖が消えて代わりに、槍が出現した。

 白の天使――リラが使っていた得物だ。


「食らいやがれ!」


 クロウが渾身の力を込めて槍を投げる。

 槍は真っすぐ向かっていき、ソウの脇腹を貫いた。


「ガッ!」


 ソウは貫かれた衝撃のまま地面に激突した。凄い轟音と砂埃。

 ゆっくりとクロウは降りて来た。


「やったの?」

「いいや、まだだ」


 それに呼応する様にソウは立ち上がった。


「ええ、勝負はまだまだこれからですよ」


 槍が突き刺さったまま、ソウは立ち上がる。


「ソウ! 大丈夫なの!?」


 詩織はソウに駆け寄る。


「ええ、問題ありません」


 ソウは左手で乱暴に槍を抜き去り、放り投げる。


「ハッ、相変わらず堅さだけが取り柄のようだな」

「そういうあなたも平静を装ってますけど、もう魔力は空っぽでしょう?」


 ソウは普段紳士的なのだが、勝負事となると途端意地っ張りな所がある。

 まさに売り言葉に買い言葉である。

 だが、実際クロウもかなり消耗しているのは確かだった。


「詩織、あれをやりましょう。一気に片を付ける」

「体は大丈夫なの?」


 詩織は心配そうにソウを見つめる。

 ソウは大丈夫。と言わんばかりに力強く頷いた。


「分かった、やろう」


 そう言うと、詩織はポケットからカードを取り出し静かにとなえた。


「ソウ。私に勝利をもたらして」

「御意。必ずやあなたに勝利を」


 ソウが応えると、カードは眩しいほど光り輝きソウに吸収されていった。


「クロウ! 残念ですがこれで終わりです!」


 構えなおした大剣に光が集まっていく。


「海翔、分かってるな。あれを防いだ時が一番のチャンスだ」


 緊張感の漂ってくる低い声。

 クロウの言う通りまさにここが大一番であるのは間違いないだろう。


「ああ、分かってるよ。全身全霊をかけて君を守る」

「はっ! 言ってくれるじゃえか」


 ソウの剣はより輝きを増し、直視するのが難しくなる程の輝きを放っていた。


「精霊たちよ、妖精たちよ。我が聖剣に加護をもたらせ。我が力の全てをこの斬撃に込めよう。さすれば聖なる力は必ずや勝利をもたらすであろう!」


 ソウの前に巨大な魔方陣が三枚現れる。

 ゆっくり回っていた魔方陣は次第に速度を増していく。


「クロウ! これで終わりだ!」

「こっちのセリフだ、ソウ!」


「オールカードインストール、シールド!」


 海翔とクロウの周りに数百枚の様々な盾が現れ、そしてそれらは五枚の盾に圧縮されクロウの前に位置する。


「吹き飛ばせ! ホーリーソード・オーバーレイ!」


 ソウが振り放った光の斬撃は魔方陣を通過する。

 すると、魔方陣を通過した斬撃は魔法陣を通過するたびにその何倍にも膨れ上がり、見た目はビームの様になった。

 斬撃はそのまま盾に衝突する。とてつもない衝撃と光。


「海翔見てな、これが俺の武器だ。クロックダウン!」


 クロウがそう言うと、盾にヒビが入る速度が明らかに遅くなったように見える。

 だが焼け石に水なのか、見る見る盾は破壊されていく。

 一枚、二枚、三枚。


「「はああああああああ!」」


 気づくと海翔はクロウの背中を支えていた。


「ずっと二人で乗り越えて来たんだ。だから今回も……!」 

 

 四枚。

 そのまま海翔たちは光に飲み込まれた。

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