第12話:新しい戦いの始まり

 いつも通り夕食をすませ片づけをしていると、クロウは突然勢いよく立ち上がり海翔を見る。


「よし、海翔行くぞ」

「行くぞって何処に?」


 行くぞと言われても、クロウと約束している事はないしこんな時間からどこかへ出かけるのも面倒だ。


「決まってんだろ。ズィルバー狩りだ」

「ズィルバー狩り? マカイズのゴルトを手に入れたのに?」


「ああ、ゴルトといえど俺じゃ最大限の力を発揮できないからな。ズィルバーはいくらあって損はないのさ」


 クロウはそう言って部屋を出ていく。

 確かにマカイズ戦の時を思い出してみると、互いの得物がぶつかり合うたびにクロウの剣は折れてしまうので、湯水の様にズィルバーを使った気がする。


 またあの黒い化け物――クロウ曰く堕天使がいる所へ行くのは怖い。

 だがクロウと出会ってからあれと対面しても足がすくむ事はないし、手が震える事も無かった。

 我ながらこの順応力が恐ろしい。




 クロウに付いていき暗い路地を進む。

 今日は前回と違う場所に行くらしい。


「そう言えばクロウは昼間何しているの?」

「あ? 特に何もしてねぇよ」


 何もしていないらしい。

 しかし帰ってきたらマグカップがシンクに置かれている事も多いため勝手にコーヒーを淹れたりしているのかもしれない。

 結構世俗に染まった天使だ。


「あ? 何見てんだお前」


 少し微笑ましい気持ちでクロウを見ていると、それを察せられたのかクロウは不愉快そうな表情で海翔を睨む。


 このままでは殴られかねないので「なんにもないよ」と笑ってごまかす。

  

 そんな事をしながら歩いていると、曲がり角からとつぜん堕天使が出現しこっちへ向かって突撃してくる。


「海翔!」

「――ッ! 分かってる!」

 クロウは海翔をチラリとみると化け物に向かっていき、海翔は手馴れた様子でカードを使用する。


 クロウは化け物の攻撃を危なげなく避け、堕天使を切り裂いた。

 煙の様に消えた堕天使から出現したカードをいつも通り海翔に投げてきたので、それを危なげなくキャッチする。


「よし、次だな」


 路地を歩いていると次々と堕天使が出現してくる。

 出現した堕天使は現れた側からクロウに殴られ、蹴られ、引き裂かれていた。

 その一方的な展開は、まさに狩りと呼ぶに相応しい光景だった。

 

 クロウが逃げる堕天使を追いかけて路地を曲がっていったので、海翔もそれを追いかけようとした瞬間だった。


「そこの君、ちょっといいかな」


 急に後ろから低い声で話しかけられたので、海翔は驚いて飛びのいてしまう。


「な、なんでしょうか」


 そこには百九十センチメートルくらいの身長で、歳はだいたい三十歳手前ぐらい。

 威圧感のある鋭い目つきと、短く刈り上げられた黒髪、ダメージジーンズとタンクトップに半袖のシャツとこの季節では寒くないのだろうかと思う格好の男だった。


 しかし、シャツの上からでもわかるほどに鍛え上げられた筋肉は、ボディビル等とは違い実用的な筋肉である事は素人目でも分かった。

 当然だが海翔にこのようないかつい男性の知り合いはいない。


「ごめんね、驚かせてしまったかな。まぁまぁそう構えないでくれよ。私は観光でこの町に来ていてね。少し道を教えてくれないだろうか」


 男はそう言ってポケットから地図を取り出す。

 なんだそういう事か。ならば全然問題ないだろう。


 さっきは目を逸らしたその瞬間狩られるのではないかというプレッシャーを感じたが今はそんな感じはしない。


「いいですよ。どこに行きたいんですか?」

「ありがとう。ええとね、ここなんだが......」


 男が取り出した地図を横に並んでのぞき込む。


「ああ、ここならこの道を真っすぐ……


 男の顔を見ると、やけに笑顔が不自然に見える。

 なんだろうかこの違和感は。

 とりあえずこの男からは早く離れた方がいいと勘が訴えている。


「ここを真っすぐ言って突き当りを右に曲がれば着くので。それじゃ僕はこれで……


 海翔が手早く道案内をし、立ち去ろうとすると、グッと男に腕を掴まれた。

 かなりの力で掴まれており、振りほどこうとするができない。


「痛ッ! 申し訳ないんですが、友人を待たせてますので」


 ブンブン腕を振ろうとしたが、押さえつけられ腕を振る事もできなくなった。


「まぁまぁ、そう言わず」


 そのまま強引に男の隣に引き寄せられる。

 腕を振って振りほどこうとすればするほど男の力は強くなっていく。

 一瞬パンッと甲高い音が聞こえた。


 反射的に目をつむってしまう。

 そして次に目を開けると目の前には、体ほどの大剣を構えた青い騎士が立っていた。


「やれやれ、少々不用心すぎではありませんか? 中川海翔」


 とつぜん目の前に現れた青い騎士、それはソウだった。


「ソウ!? 一体なんで?」

「それは後、ですよっ!」


 ソウが海翔の腕をつかんでいる男に大剣で切りかかる。


「おっと、あんた急に切りかかってくるなんて非常識なんじゃないのか?」


 男はソウの斬撃をすれすれで避けながら言った。

 すれすれだがどちらかというより、必要最低限の動きで避けている感じだ。

 海翔も男の回避に合わせ左右へ大きく揺さぶられる。


「おやおや、何も知らない一般人を騙して狙撃させようとする人の方が非常識なのでは?」


 男は限界と判断したのか、海翔の腕を放し大きく後方に飛んでソウと距離を取る。


「おい、なんで付いてこねぇ、って誰だてめえ」


 クロウが全く付いてこない海翔に違和感を感じたのか路地から出てくる。


「クロウ! その男を捕まえて!」


 クロウは状況を飲み込めていないだろうがベストタイミングだ。

 このままソウと挟み撃ちに出来たらあの男を捕まえられるだろう。

 挟み撃ちにされると気づいたのか、男は突然クロウの方へ走り出した。


「あ? 何だてめえ。待ちやがれ!」


 クロウが追いかけていく。

 だが突然の事でクロウもとっさに反応できなかったのか逃げられてしまった。


「おい、海翔誰だあいつ。って何でてめぇもいやがんだ」

「何だとは、何ですか。まずは感謝して欲しいですね」

「あ? 何をお前に感謝する事があんだよ」


 クロウはサポート役の海翔はどっか行くわ、訳も分からず命令されるわ、命令された男を取り逃がすわで明らかに不機嫌そうだ。


「ま、いいでしょう。とりあえず場所を変えましょうか」


 ソウは相変わらず爽やかな笑顔を浮かべると、歩き出す。

 クロウも路地の真ん中で話しをするのは都合が悪いと判断したのか、素直にソウの背中を追いかける。


「おい海翔、何であいつがいんだよ」


 ソウに付いていきながらクロウが聞いてきた。


「なんか狙撃されてたみたいなんだよね、僕。そこをソウに助けてもらったんだ」

「狙撃? まさかあいつか?」

「あいつって?」

「何でもない。……ったく、面倒な事になった」


 はぁ、と大きくクロウはため息を吐く。

 たぶんソウに借りを作ってしまったのが気に食わないのだろう。

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