第11話:かけたかった言葉は

 簡単な朝礼を終え、自由時間になった。

 ここから夕方の集合時間まで自由時間となる。


 ふと出入口の方を見てみると詩織がそそくさと教室から出て行った。

 友達と約束でもしているのだろうか。 


 何となく気になってボーっと出入口のドアの方を見ていると、後ろから急に肩を叩かれた。

 振り向くと慎吾が立っている。


「何見てんだ、海翔。どっか行こうぜ」

「あ、うん」

「おーい、遠藤。ってあれもういねぇや」


 慎吾がキョロキョロと辺りを見渡している。


「遠藤さんならさっきどっか行っちゃったよ」

「マジか。ま、いいか。さ、どこ行くかねぇ」


 さっき配られたパンフレットを見てみると、定番所だったらたい焼きやたこ焼き、色物だったらタコスなど多種多様でとてもじゃないが一日で回りきるのは難しいだろう。


 自分の食欲と相談しながら廊下に出ると既に来場者でごった返している。

 毎年の事ではあるが相変わらず、すごい人混みだ。


「よ~しよし、よし。サッカーで鍛えたフットワークを見せる時が来たようだな」


 慎吾は手をパキパキ鳴らしながら気合を入れている。


「お手やわらかに」


 慎吾が本気を出したら海翔は到底追いつけず、下手をすれば次会う時は夕方の教室となってしまうだろう。


「おうともよ。ま、俺に任せとけ」

「え、僕はゆっく――」

「うし、行くぞ」


 舌なめずりをした慎吾が海翔の腕を引っ張り人混みに突っ込んでいく。

 流石サッカーで鍛えたフットワークだ。

 海翔を振り回しながらも一切人にぶつかることなく目的地に到着した。


「俺に付いてくるとは中々やるじゃないか。お前もサッカー部に入らないか?」

「そりゃどうも。悪いけど遠慮しておくよ」


 海翔はぜぇぜぇ息を切らしているのに対して、慎吾はケロッとしている。

 こんなのに付いていってサッカーをやるなんて絶対無理だろう。


「さ、行こうぜ。タ、コス、タコス、タッタタコス~」


 こいつはそんなにタコスに思い入れがあったのか。

 下手くそな鼻歌を口ずさみながら、慎吾はタコス屋と化している教室に入っていった。

 出し物だからと侮っていたが案外美味しかった。


 その後何件か回った後、

「じゃ、俺コンテストの準備があるから。それじゃ!」

 と準備に行ってしまった。


 「はぁ……疲れた。足がもうパンパンだよ」


 昼食を取ったばかりなのでまだ時間に余裕はあるが、今の海翔に人混みを突破できる体力はない。


 どこか休める所はないものだろうか。

 と思いながら歩いていると、ふと目の前に階段が目に留まった。


「屋上か。一休みするにはいいかも」


 階段を上り屋上へのドアを開ける。

 普段屋上は人でごった返しているのだが、今日は一人もいなかった。

 普段から設置されているベンチに腰掛けると背中にチクッと針が刺さったような痛みが走る。

 

 画鋲でも転がっていたかと飛び起きるが、そんな様子はない。

 気のせいか、そう思うとフッと眠気が押し寄せてくる。


(昨日の緊張がまだ残ってたのかな。まぁ少しくらいなら……)


 クロウなりの気遣いか、それとも無関心なのかは分からないがクロウは全くマカイズとの戦いの話題に触れようとしなかった。


 ベンチに背中を預けると意識がスゥっと、遠のいていく。

 意識が途切れる寸前に、子供くらいの影が海翔を覆った様な気がしたが、襲ってくる眠気に勝てずそのまま意識を失う。




 肌寒い。それが最初に感じた感覚だった。

 徐々に感覚が体に戻っていく。

 ゆっくりと目を開けるとさっきと変わらない屋上の景色だった。

 

(あぁ、寝ちゃってたのか。そんなに疲れてたのかな)


 流石にこの季節にしかも外で眠るのはまずかっただろうか。

 若干、体が重い気がする。

 ふと横に目を向けると詩織が座っていた。


「ふふ、おはよう。中川君」

「あ、うん。おはよう」


 寝起きだからか頭が回らない。

 そもそもなぜ詩織が隣に微笑みながら座っている? まあいいか。


「いつからここに? 起こしてくれたらよかったのに」

「ついさっきだよ。よく眠ってたから起こすのは悪いと思って」


 短い時間とはいえ、寝顔を見られていたのだと思うとなんだか恥ずかしくなってきた。

 勢いよく体を起こし咳払いをする。


「ごめんね。なんだか急に眠たくなっちゃって。そんなに疲れてたとは思ってなかったんだけどなぁ」

「中川君、準備頑張ってたから」


 そう言って詩織は笑う。

 疲れが残っていたとしても、その理由は昨日天使と戦っていたからとは口が裂けてもいない。

 海翔は「あはは……そうかなぁ」と苦笑する。


「ごめんね、時間取らせて。用事とかあったでしょ」

「ううん、何で?」

「だって朝礼の後すぐ教室を出て行ってたから」


 詩織は「あ~」とそう言えばそんな事もあったかなという表情をしている。


「それならもう終わったよ。ばっちり」


 ブイッと詩織はピースサインした。

 なんだかこっ恥ずかしくて「そっか」と言って海翔は空を見上げる。


「ねぇ中川君。この後暇かな? よかったら一緒に学祭回らない?」

「え、僕と?」


 聞き間違いだろうか。

 詩織は今海翔と学祭を一緒に回りたいと言ったのだろうか。

 女子から学祭を回ろうと誘われるなんて経験は無かったので、海翔は思わず自分で良いのかと聞き返してしまう。


「い、いやあれだから! 中川君学祭の準備の時何かお礼させてって言ってたでしょ? だからそのお礼! ――って事でどうでしょうか……?」


 後半につれ風船がしぼんでいくように声音が小さくなっていく。

 俯き顔でもわかるくらいに真っ赤な顔。

 そして仕上げは上目遣い。

 

 思わず見入ってしまっていた事に気づき、激しく心臓が波打っているのを感じる。


 ハッと我に返り、

「う、うん、いいよ。勿論」と言った。


「ほんと!? 良かったぁ。じゃ、行こっか」


 一瞬で普段通りの詩織に戻った気がする。

 さっきのは一体なんだったのだろうか。

 まるで恋する乙女の表情のような……。


 それはともかく眠気も吹っ飛ぶような破壊力だった。

 階段を降り廊下に戻ると、変わらず人でごった返していた。

 これは朝、慎吾から学んだフットワーク術を生かす時が来たようだ。


「行こう遠藤さん。僕に任せて」

「う、うん」


 詩織の手を取り人混みに突っ込んでいく。

 思わず手を繋いでしまったがまぁ不可抗力だろう。


 見よう見まねで人混みをスラスラ抜けていく。

 流石朝から昼まで連れ回されただけある。

 付け焼刃の知識だが、あんがい出来るものだ。


 どうにか人混みを抜けたが二人ともぜぇぜぇ息を切らして壁にもたれかかっていた。


「流石だね。中川君」

「慎吾の見よう見まねだけどね。センスあるのかも」


 なんだかおかしくて二人の間に笑いが起こる。

 何がおかしいのか分からないがとにかく笑いがこみあげてくる。


「よし、そろそろ行こうか」

「うん」


 二人で学祭を回った時間はあっという間に過ぎて行った。

 クレープを食べたり、出し物を見て回ったり、サッカー部のコンテストを見たり。


 コンテストには慎吾も出ていた。

 海翔をやけに誘ってきたのはこれが理由だった。

 この傷を一人で背負うには重たすぎると思ったのだろう。

 

 楽しい時間はあっという間に片づけの時間になってしまった。

 海翔のクラスは早々に商品を売り切り早いうちから片づけを始めていたため予想より早く片付いた。


 クラスの目標がたくさん売るというより、早く売るという目標だったため当然だろう。

 自由解散なので各々帰ったり部活の片づけに向かったり自由だ。


「よし、僕も帰ろうかな」


 鞄を持ち席を立つと、詩織が歩み寄ってきた。


「中川君も帰り? 加藤君は?」

「慎吾はサッカー部の手伝い。あのセットだからね、時間がかかるのかも」

「そっか」


 二人教室を出て廊下を歩く。

 昼間は賑やかでカオスだった空間は、あちこちに人形や飾りつけが転がっており諸行無常を感じる。


 窓から差し込む夕焼けがさらに無常観をかきたてる。

 今日の事を振り返りながら歩いているとあっという間に校門の前までついていた。


「今日はありがとう、中川君」

「こちらこそ、遠藤さん。楽しかった」

「うん、私も。じゃあね」


 お互い別れの挨拶をし詩織は反対方向に歩き出す。

 普段は思わないのだが今日はこの分かれ道がとても憎ったらしく思えた。

 

「良かったら送っていこうか?」


 その言葉は喉の奥で詰まってしまって出なかった。

 詩織の肩を掴もうと伸ばした手をゆっくりと降ろし、海翔も帰路についた。

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