フライ・ミー・トゥ・ザ・ムーン

@megamouth

全一話

日本支社のカフェテリアは賑わっていた。高級食材が惜しげもなく使われた豪華な料理が入り口からテーブルまでの広い通路の両側にところ狭しと並べられている。そこにTシャツとジーンズの白人のエンジニア風の男がやってきて、本日の目玉であるフォアグラのソテーには目もくれずにピザの数切れとマッシュポテトを自分の皿に載せた。男は一瞬、無表情でビュッフェを見回したが、腹を満たすにはそれで十分だと考えたのか、足早に空いたテーブルに歩いていった。


田澤はその光景を見届けると、高級エスプレッソマシンからアメリカンコーヒーを抽出して席に戻った。

「ゲストも好きなものを食べていいんですよ」

田澤がコーヒーカップをテーブルに置くと、正面に座っていた千葉みなみが悪戯っぽく笑った。

「昨晩は飲み過ぎてね。まだ牡蠣が胃に残っている」

田澤はそう返して、それが昨日飲んだ白ワインに浸かったまま浮かんでいるかのように、高級スーツに覆われた腹のあたりをさすってみせた。

「君のほうこそ何も食べないのかい?」

千葉みなみの前にも料理はなく、グランデサイズのカフェラテが置いてあるだけだ。

「ダイエット中、と言いたいところだけど、まだ仕事中だから」

言って目線で背後を示した。カフェテリアの入り口付近で、四、五名のテレビクルーが、視聴者が涎を垂らしそうな豪華料理と、それを無造作に取り分けていくエンジニアたちの姿を熱心に撮影していた。

レポーターが繰り返し練習をしている。

「なんとこれだけのお料理、社員なら全て無料、食べ放題なんです!しかも24時間、夜食でも朝食でも、いつでも利用できるようになっているんだとか。本当に羨ましいですねぇ」


視線を戻して田澤はコーヒーカップを手にとった。

「あいかわらず自慢たらしいPRをしているな。どうせこの後、これだけの投資をする意義とやらを、もっともらしく説明するつもりなんだろう」

「それは必要ないわ。テレビを見ているような人に外資系ITの日本支社が本当のところ何をやってるのかなんて、わかりっこないんだから。ここの社員は他と違って、手厚い待遇を受けてる。それが伝われば十分でしょ」

「うちの社食もそれなりだが、ここまでじゃない。普通の日系企業で働くサラリーマンやその家族はさぞかし羨ましがるだろうな」

「そう?案外、おたくの「元」社長のほうが羨ましがられているんじゃない?」

田澤の顔が一瞬曇った。田澤が長年仕えた「元」社長である前畑と、いまだ待ち合わせ場所に現れない新社長の差を改めて感じたからだった。

小さなガラケーサイトから始めて、日本有数のECサイトまで育て上げた創業者である前畑と比べて、上場後の買収劇でその座についた新社長は、あまりに本質を理解する資質が欠けていた。田澤に言わせれば銀行出身の新社長には貪欲さがなかった。それ故に時代を読む力、何が嘘で何が本当かを嗅ぎ分ける嗅覚に欠けている、そういう印象があった。並みいる企業の経営者が集まる今日の重要な会議に、ギリギリに着けばいいと判断しているのがその証拠だ。一部上場企業とはいえ、新参の、それも雇われ社長にすぎないというのに―――


「待たせたね」

恰幅のよい男がやってきて、田澤たちに声をかけた。新社長だった。後ろにゾロゾロと秘書を引き連れている。田澤はすぐに右腕のヴァシュロン・コンスタンタンの分針を確かめた。10分前。ギリギリだ。

「お待ちしておりました」

田澤は直立して、うやうやしく頭を下げた。

「みなみちゃん、また痩せたんじゃない?」

新社長は田澤には一瞥もくれず、千葉みなみの前で相好を崩している。

「本当ですかぁ!?絶賛ダイエット中なんでさっそく結果が出たのかも!」

田澤と話している時とはまったく違う甲高い声を出して千葉みなみは大げさに喜んでみせた。新社長は目を細めている。何もわかっていないな。と田澤は頭の中でため息をついた。



「つまり懇親会みたいなものだろう?」

暗い廊下をいくつも抜けた先にあるVIP専用の巨大なエレベーターの中で、新社長は言った。

「持続的発展だとか、来るべきカタストロフだとか・・・・・・どうにも壮大にすぎる話だね」苦い顔をしている田澤の前で新社長はのんびりとした口調で言った。


案内役として同じエレベーターに乗り込んでいる千葉みなみが目配せを送った。

田澤は内心の焦りを表情に出さないように努めながら言った。

「社長、添付のファイルには目を通されましたか?」

「ああ、指紋認証はできたんだが、どうもパスワードが違っていたらしくてね。何度か繰り返したがファイルが開かないんだよ。秘書たちもよくわからないと言ってね」

開かないんじゃない。一度の失敗で完全に消去される仕組みになっているのだ。田澤は今もVIP専用エレベーターの前で待たされているであろう平凡な社長秘書たちの姿を思い浮かべて歯を食いしばった。

「ファイルの内容は田澤君に説明して貰えるんだろう?」

田澤は反射的にエレベーターの階数表示があるあたりに目を走らせた。しかしそこには何もなかった。一切の表示がこのエレベーターには存在しなかった。

「時間がないので、手短に説明します。」

田澤は背筋に冷たい汗を感じながら、この会議の趣旨を一息に話し始めた。


発端はヨーロッパの地中深く氷河期の地層で発見された大量の石版だった。そこには文字と思われる幾何学模様がびっしりと彫り込まれていた。エジプト文明が最初の文字を発明する1万年以上前のものだ。

当時の考古学者が調査をしたが、現代の言語との著しい乖離から解読は出来ず、最終的にそれは古代の祭祀文様の一種だと結論づけられた。

20世紀前半、突如としてその半ば忘れられた石版の全文が解読される。バチカンが秘密裏に保護している「預言者」によるものだった。

その結果、石版は、現在の文明の延長上に存在しない、失われた先文明の産物であることが明らかになった。放射年代測定やその他の科学的手法でもそれは裏付けられた。また、先文明は『月の巨人』と呼ばれる未知の種族と交流している形跡があった。事の重大性からこのことはバチカンと世界のごく一部でだけ共有された―――


「そして、これが最も重要なことですが、先文明が、『月の巨人』と、を行っていたことが判明したのです」

突然エレベーターの扉が音も無く開いて、田澤は次の言葉を継げなくなった。

扉からは、モダンなオフィスとは全く異なる、ビクトリア調の壮麗な廊下が一直線に続いている。その先に巨大な両開きのドアがあった。

「もういいかね?」

新社長はうんざりした様子で、田澤を一瞥すると、赤い絨毯が続く廊下に足を踏み出した。

「何度も言うが、ある種のエスタブリッシュメントがオカルトじみた趣味で繋がるというのは実になんだよ。ただ、繋がりは繋がりだ。利用できるものはどんどん使っていこうじゃないか」

何を聞いていたんだ。と田澤は内心で腹が立った。新社長が廊下を行く。仕方なく田澤も後を追った。振り返ると、エレベータの中で千葉みなみが凍り付くような視線で新社長を捉えていて、田澤に気づくと声を出さずに素早く口を動かした。

「がんばって」

そう読み取れたが、開いた時と同様、エレベータの扉は音もなく閉じてしまった。



「では極東委員会。報告を」

スクリーンに映し出された少女が冷然と言った。年は13歳ほどだろうか、彼女は以前、国連総会で環境問題を題材に先進国首脳相手に猛烈な非難を行ったことがあったが、その時と同じく幼い顔の眉間に皺をよせ、大人たちの欺瞞は一つも許さない、といった顔つきで厳しく回答を求めている。

対するこちら側には、経団連会長も務める老舗重電メーカーの社長が座っている。その隣は日本最大のメガバンクの頭取だ。これだけの面々を前にして最後に着席するのはさぞ肝が冷えただろう、と田澤は新社長の横顔を伺ったが、予想に反してそれは玩具売り場を前にした子供のように明らかにはしゃいでいた。会議の重要性に思いをはせるでもなく、会議終了後に名刺交換できることを期待して、ただ興奮している様子だった。田澤はもはや感心するよりなかった。


「―――消費税の増税効果は持続しており、日本全体の国内総幸福GDHは0.5%の減少でした。これは年率に改めると」

「0.5%?ミスタートヨダ。5%ではなくて?」

声変わり前に出せる最も低いドスのきいた声で、少女は自動車メーカーの4代目社長に詰め寄った。

「しかし、デフレ下にある我が国としましては、これ以上の増税は経済に対する打撃が大きすぎるのです。この上さらに、国民から所得、ひいては幸福を奪うことは、我が国にとって致命的な事態を招きかねません」


「よくもそんなことを!」


少女の一喝が響き渡って、気まずい沈黙が訪れた。よく事態を飲み込めていない新社長はどうしていいかわからず、口の端で笑みを作ったまま凍りついている。

「・・・・・・いいでしょう。ここで一度私たちの目的をはっきりさせておく必要があるようですね」

少女が、モニターを操作した。画面いっぱいに巨大な月が映し出される。米国が打ち上げた月面監視衛星の映像だった。

衛星のカメラは巨大なクレーターの一つにズームアップしていく、真空の絶対的な殺風景にピントが合うと月面の砂とほぼ同じ色の何かが、無数にうごめいているのが見えた。

おお・・・・・・会議室内にどよめきが走った。田澤がこの手の映像を最後に見たのは半年前のことだが、その時よりはるかに事態が進行していることが見てとれた。

「すでに幾つかの繭が孵化を始めています。言うまでもないことですが、彼らはを遂行するつもりでしょう」

誰かの深いため息が聞こえた。新社長以外の全ての人間がうなだれていた。


「かつて人類は過ちを犯しました。先文明が核戦争で滅んだことではありません。その後に、永遠を願ったことが過ちだったのです。全人類が幸福になったその瞬間を永遠に留めようとしたのです。それは神の怒りを買いました」

少女は表情を緩めて胸の前で両手を堅く握っていた。その姿はかつてローマで見たピエタ像を思わせた。

「今はまだ、その時を先延ばしにするより手立てがありません。人類が未だ幸福でないことを月にいる巨人たちに示し続けなければならないのです。あなたがたの国、あなたがたの友人、あなたがたの家族、その全てが救われる日まで、私たちはこの試練に耐えなければなりません」

何人かのメンバーが静かに十字を切った。

「巨人への攻撃計画の進展は?」

日本最大の重工メーカーの社長が発言した。

「決定的なものは何も。現在の人類の力では、月の巨人にかすり傷一つ作れないでしょう」少女は悲しげに首を振った。



「で、あれは結局、何だね?」

喫煙所で新社長が煙草を美味そうにふかして言った。

「環境保護少女といい、凝ったCGといい、経済界の重鎮といい、これは何の遊びなんだ?」

「まだ信じてらっしゃらないんですね」

田澤は淡々と言った。会議が終わっても、誰一人新社長に話しかける者はおらず、新社長が名刺を手にもったまま無様に立ちすくんでいたので、田澤が半ば強引にエレベーターに連れ込んだのだった。

「人類が幸福になると、あの月の巨人が攻めてくるということか?」

「厳密には、私たちを幸福なまま精神体に昇華するのだそうです。が、本当のところは誰にもわかりません」

「私も色々経験はあるけどね、よもや日本の中心がこぞって、ごっこ遊びをしてるとはね。まったく想像を絶するよ」

と吐き捨てた。田澤は何も言い返さなかった。いずれにせよこの男はもう終わりだ。

「社長、帰社する前にさっきのカフェテリアに寄ってみませんか?」

「お、いいね。ちょうど小腹も空いたところだ」

社長は煙草を灰皿に捨てると、喫煙室を出て、外で待っていた秘書を連れて歩き出した。フォアグラがあったな、合うワインがあるといいが、と呟いている。



カフェテリアは消滅していた。正確には解体工事の真っ最中だった。豪華な料理は姿形もなく、無数のテーブルと椅子はすでに撤去されていて、今はキッチンが作業員の電動工具でバラバラにされようとしていた。

「田澤君、これはどういうことだ?」

呆然とする新社長の疑問に、田澤は頭をかきながら答えた。

「テレビが来ていたでしょう。今日見たのは、撮影用のセットですよ」

「いや、そんな・・・・・・なんでそんなことを!?」

「いいですか。私たちは人類を幸福にしてはならないのです。幸福とは相対的なものです。自分の手が届かない、絶対手に入らないものがあるとわかった時、人間は現状を肯定できなくなり、幸福を失います」

「そのためだけに外資系ITの恵まれたカフェテリアを演出したというのかね?まさかそんな!」

「信じないのも一つの選択ですよ」

田澤は新社長と秘書たちを残して、歩き出した。


廊下で千葉みなみとすれ違った。スーツから、ふわふわした印象のカーディガンに着替えていた。おそらくどこかの勉強会に行くのだろうと思われた。

「彼氏、来てるわよ」

すれ違いざま、ささやかれた。

彼氏?訝しみながら社屋を出ると、ビル前の路上に濃紺のブガッティ・ヴェイロンが停車していた。

運転席から手が生えていて、田澤が近づくと勢いよく振られた。

「前畑さん」

田澤が小走りに近寄ると、運転席に引退した創業社長の前畑が座っていた。田澤は遠慮なく助手席のドアを開けてヴェイロンに乗り込んだ。

「田澤、会社まで送ってやるよ」

前畑はハンドルを握りながら一緒に働いていた頃と同じように、気さくな口調で言った。


車内は思ったより静かだったが、ヴェイロンの16気筒エンジンがたてる音は道行く人を次々と振り向かせていた。

「うるさいわ、乗りにくいわ。ロクなことがねえよ」

前畑は諦めるような口ぶりで言った。「少なくとも俺は不幸になってる」

「誰も買えない車を見せつけるのも大事ですよ」

そうやって少しでも当たり障りのない不幸を作る。それが引退後の前畑のポリシーだった。信じられないほど体にフィットするシートに体を埋めていると、上場前、ほうぼうの会社を二人でオンボロの車でまわっていたのが懐かしく思えた。楽しかったのはせいぜいあの頃までだな。田澤は改めて思った。


「相変わらずやってるんですか?金配り」

「やってるよ」

前畑は社長辞任後、SNSで対象者を募って10~100万円を配る、ということをやり続けていた。今では専属のスタッフも雇っている。少数の幸福で、貰えなかった大多数の不幸を買う。シンプルな手立てだと前畑は田澤に説明していた。それに―――

「貰えた奴もさ、幸福にはならねえよ。100万ぽっちで幸福になれるんならそんな簡単な話はねえしな」

と前畑は言った。田澤と前畑になら分かる。それは実感だった。


「そういや、月の巨人がどうやって人類の幸福を測っていると思う?」

信号待ちをしていた時、前畑が不意に言った。

「定説はなかったと思いますが。地球全体の脳波を感知しているとか」

田澤は戸惑いながら答えた。

「この前、こういう話を聞いたたんだよ。先文明が核戦争で滅びた後、残った人類が月の巨人と契約した。ただ、その頃には人類はほとんど残っちゃいなかった」

前畑は遠くに視線を飛ばしながら言った。信号が青になって、ややぎこちないシフトチェンジをする。

「月の巨人は、残った人類に何かを埋め込んだんじゃないかってね。月に自分たちがいかに幸せかを送るアンテナみたいな何かをさ。それは遺伝子レベルで組み込まれていて、今の人類である俺たちにも一万人に一人の割合で残ってるって話さ」


田澤の顔は強ばった。明らかにそれは盟約の外にいる「異端」の考え方だった。

「その生き残りだけを不幸にすればいいってことですか?その考えは楽天的にすぎますよ」

つい、前畑の顔を見た。それはいつもと変わりなく飄々としたいた。

「ま、いろんなアイデアがあるって話だよ。いざという時は、出来ることは全てやらないとな」

前畑はそう言って強引に話を打ち切った。少しの沈黙があった。ヴェイロンは六本木通りになめらかに入っていく。


「そういえば結婚はしないんですか?」

「いやー相手を探してるんだけどね。ってなんでそんな事を聞くんだよ?」

「結婚は不幸の始まりですから」

「既婚者がそれ言う?」

前畑は歯を見せて笑った。それで田澤は少し救われた気分になることができた。



懐かしい夢を見ていた。発送前の段ボールでいっぱいのオフィスの床で眠っている夢だ。どこからか警報音がしている。

田澤は人気の無い広大なオフィスで一人目覚めた。まだ出勤時間にはなっていない。田澤のスマホが聞いたことのないアラームを鳴らしている。

画面を見て青ざめた。レベルAアラート。月の巨人が地球に向かっているという警報だった。

来るべき時が来たのだ。いにしえの契約が執行され、全人類の肉体が消滅し、精神体として固定されるその日が。

盟約の緊急通信が鳴った。全会員向けだ。喧噪の中から、千葉みなみの透き通った声がした。

「全ての巨人が羽化を完了。米軍による緊急阻止行動は全て無効化されました。巨人は成層圏にて集合して現在降下中。全量が太平洋上に落下する見込みです」

「時間はどれぐらい残っている?」

息が苦しい、窒息しそうになりながら田澤は声を上げた。

「落下までおおよそ1時間です。全ての人々に慈悲が与えられんことを」

田澤はオフィスを飛び出した。エレベータを使って屋上のヘリポートに向かう。階段を駆け上がると、真っ青な夏の空が広がっていた。風が強い。東の空に太陽に紛れるように白い人型が雲のようにたゆたっているのが見えた。


出来る事は全てやらないとな。


前畑の声が聞こえたような気がした。

田澤はスマホを取りだした。今からでも遅くない。不幸に、少しでも不幸に。

右手を高速に動かしてフリック入力する。SNSに書き込む。


ただで商品が届くと思ってる奴、お前の家まで物流会社がどれだけ苦労して運んでくれてると思ってるんだ。お前らみたいな感謝のない奴は二度と注文しなくていいわ


書きこんだ。すぐに、けたたましい勢いでRTが加算していく。これは御社の公式見解ですか?いい調子だ。


おーい、ブスども見てるか?

これが美人だぞ!


千葉みなみのツイートを引用RTする。こちらも順調だ。御社は容姿差別をするんですか。


ブスは自己責任でしょうが。


秒で返す。ネットを通じて憎悪と嫉妬と怒りと不愉快が渦巻いていく。心なしか空の人型の動きが鈍ったように思えたのは錯覚だろうか。


スマホの通知音が鳴った。前畑の最新ツイートが表示される。


とうとう見つけました!一万人に一人の女性です!彼女と結婚します!では新婚旅行に出発~


宇宙服を来た前畑と見知らぬ女性が映っている。女性の顔はヘルメットで見えない。背景にはインターサイエンス社の巨大なロケットが映っている。

RTとFAVとリプライの数字が狂気じみたスピードで上がっていく。誰?


北の空が光った。白煙を噴き上げながら飛ぶロケットが見えた。それは空に向かって一直線に上っていく。幾つもの薄い雲を突き破って天頂に向かっていく。

呆然とする田澤の手に握られたままのスマホが通知音をたてた。


月で幸せになるよ。彼女もそれを希望しています


前畑からのメールだった。その瞬間、空が破裂したように光った。巨大な静寂を残して全てが消え失せた。それから空には何も残さなかった。



その夜も、田澤は夜空を見上げていた。美しい満月があった。


こんな夜、田澤はどうしても、探してしまう。公式には無謀なロケット発射の末、事故死した前畑と、会うことのなかった妻の姿を。

千葉みなみによると、二人の精神体は今も幸福なまま月と地球の中間を漂っているそうだ。当然それを見ることはできない。


風が夏草の匂いを運んでくる。田澤は生きている。それでもどこか羨ましくなってしまうのだった。





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