第38話 ペットの子犬、夜はコヨーテに?

 それから何度かの冬を越え、桜が咲き出した日曜日、とある高級ホテルの宴会場に浩輔と茜、郁雄と奈緒、そして信弘と真由美は居た。


「新郎新婦の入場です」


 司会者の声と共に扉が開くと純白のウェディングドレスを身に着けた真白が優しそうな新郎と幸せそうな顔で並んでいた。そう、今から真白の結婚披露宴が始まるのだ。

拍手が巻き起こり、ウェディングマーチが流れると新郎新婦は一礼して歩き出し、高砂席に着くともう一度頭を下げた。

 一際大きな拍手が起こり、二人が着席し、真白の結婚披露宴が始まった。従姉妹の茜は本来なら親戚のテーブルに座るのだが、真白の強い希望により新婦の友人のテーブルに浩輔と並んで座っていた。


 稲葉グループのトップのご令嬢と某企業の社長のご子息の結婚披露宴だけあって式は厳かに、かつ華やかに進行していたが、料理が運ばれる段になって事件は起こった。

 結婚披露宴の食事と言えばフランス料理のフルコースだ。郁雄は奈緒が粗相をしないかとドキドキしながら自分の前に置かれたスープに手を付けようとした時、浩輔と茜の前にだけ妙な物が置かれたのに気付いた。皿の上に銀色のディッシュカバーが被せてあり、中身が見えないのだ。


「あれっ、ボク達のだけ変なカバーが被せてあるね。何だろう?」


 浩輔が不思議そうな顔でディッシュカバーを外した瞬間、周囲に良い匂いが立ち込め、浩輔の口元に笑みが溢れた。


「何だ、ソレはカレーじゃないか。何故浩輔だけ?」


 信じられないといった顔で言う茜に浩輔は笑顔で言った。


「茜のはきっとスパゲティだよ」


「何でそんな事が……あっ本当だ! これは私達に対する嫌がらせか? 実は真白は私を恨んでいると言うのか?」


 自分の前に置かれた皿のディッシュカバーを外した茜が驚きと落胆の声を上げた。自分達だけフランス料理では無くカレーとスパゲティ。しかも高級ホテルには似つかわしくないレトルトとしか思えない安っぽい品だ。そう思うのは無理も無いだろう。しかし浩輔は茜の質問に答えず目を細めた。


「きっともうすぐアイスコーヒーが来ると思うよ」


 浩輔の予言通り二人の前にアイスコーヒーが置かれた。浩輔が高砂席に目をやると真白がしてやったりという笑顔で二人を見ている。


「おい浩輔、ソレって……」


 郁雄が笑いを堪えながら言うと奈緒も思い出した様だ。


「あの時のメニューよね!」


 そう、浩輔・郁雄・信弘が真白・奈緒・真由美と初めてモールに出かけた日、真白と浩輔が初めて一緒に居るのを茜に見つかった日、コーヒーショップで浩輔はカレーを、真白はスパゲティを食べたのだった。


「やってくれたな、真白ちゃん。でも、結局ボクと真白ちゃんは結ばれなかったんだから、コレってどうなんだろうな?」


「おめでたい席でそんな事を言うもんじゃありませんよ。私達は上手く行ってるんですからね」


 笑みを零しながら言う浩輔に真由美が完全に笑いながら言うと、信弘が浩輔の胸に刺さる言葉を口にした。


「そうだぞ。全ては子犬のままで肉食の狼になりきれなかったお前の招いた結果なんだ」


 そうだ、全ては浩輔が子犬から狼に変わろうとした事から始まったのだ。結局子犬は子犬のままで『白い子兎』の真白に逃げられ、『赤い大兎』の茜に捕まえられた。最初のうちは浩輔も頑張って茜と対等に渡り合おうとしていたが、残念ながら子犬は子犬、結局は茜に翻弄される日々を送っていた。懐かしむ様な目の浩輔だったが、茜の一言が場の空気を変えた。


「今では浩輔も立派な狼とまではいかんが、コヨーテぐらいにはなったぞ。特に夜はな」


「うわっ、茜! 何て事を!!」


 浩輔がアイスコーヒーを吹き出しそうになったが、茜はお腹をさすりながらしれっと言った。


「何を言う、私をこんな身体にしておいて」


 お腹をさすりながら『こんな身体』……つまり、茜のお腹には赤ちゃんが居るという事だ。しかし奈緒も郁雄も真由美も信弘も驚いた素振りは見せない。その理由は浩輔が茜に返した言葉にあった。


「ボク達は夫婦なんだから子供が出来てもおかしくないでしょ!」


「なら恥ずかしがる事はあるまい。堂々とすれば良いじゃないか」 


 茜は浩輔と結婚し、婿として迎えていたのだ。もちろん結婚式には四人、いや真白と真白の旦那も加えて六人共出席している。


「そう言う問題じゃ無いでしょ! 何でそう言う事を言っちゃうかなぁ……」


 確かに茜の言う事は間違ってはいないが、あえて夜の生活について話す事は無いだろう。ブツブツ言う浩輔に茜が不思議そうな顔をした。


「何故って……そんな事も解らないのか?」


「いや、解るわけ無いでしょ! しかもコヨーテだなんて……」


 ちなみにコヨーテとは北米に分布する狼より小型のイヌ科の動物で、主にネズミやウサギを狩るらしい。信弘の事だ、夜にコヨーテ(浩輔)がウサギ(茜)を襲っているシーンを想像しているに違い無い。

 溜息しか出ない浩輔に、茜が満面の笑みを浮かべてきっぱりと言った。


「とても幸せだからだ」


 そう言って笑う茜は本当に幸せそうだった。

 もちろん幸せなのは茜だけでは無い。奈緒も真由美も郁雄も信弘も、そして真白も浩輔も幸せだ。


「そりゃそうだけど、だからって……」


 幸せだからと言って夜の秘密を暴露されては堪った物ではない。浩輔はぶつくさ文句を言うが、茜にからかわれて恥ずかしい思いをするのは出会って以来、学生時代からのお決まりのパターンだ。夜の浩輔はコヨーテでも、昼の浩輔は未だ子犬から脱却出来ず、茜に弄ばれ続けているのだった。


 顔を赤くしながらも浩輔は思った。

 

『こんな幸せな日々がいつまでも続けば良いのにな』と。




           了

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こじらせ男子も彼女が欲しい! ~肉食になりたい子犬は赤い兎と白い兎の間で揺れる~ すて @steppenwolf

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