第1章・超魔王ランチュウと魔王パルミナ

第32話・ランチュウと魅惑のトライアングル

「おっふぁ~~~~っ……」

 まぶたを開けると、目の前でムクムクの真っ白な毛玉がコロコロしていた。

「わっふぅ♡」

「おはよココちゃん」

 超魔王邸の巨大な魔王専用ベッドで目覚めたランチュウは、寝ぼけまなこでココナナを眺めながらウットリ。

「わっふ……?」

 コロリと起き上がり、おむつ一丁でペッタリと座ったココナナは、ボンヤリと何かを眺めつつ、口の端からチロリを舌を出していた。

「可愛すぎる……♡」

 こんな天使がこの世に存在していいものか、そして独り占めしちゃっていいものなのか。

「……らんちゅ!」

 ランチュウの目覚めにようやく気づいたココナナが朝の挨拶。

「わっふ」

 そしてまたコロリと転がった。

「うん、おはよーココちゃん」

 横になったままココナナを抱き寄せ、思う存分モフモフするのは朝の日課と化している。

 ただし、いつまでも抱いていると、子供は飽きてグズるか逃げ出すものだ。

 適当なところでココナナを開放し、いつものコスチュームをストレージから出して着替えるランチュウ。

 子供の前で着替えてみせて教育の助けにするのは、居候の重要なお仕事だと思っている。

「ほらほらパンツ穿くよ~♡」

 なまめかしくヌルヌルした動きで、ゆっくりとかぼちゃパンツを装着。

「……なんか逆ストリップ味あるねえ」

 脱いだパジャマはストレージに入れず、たたんでナーナの洗濯に回す。

 半分は異世界魔王であるランチュウは、ゲーム中でもリアルに洗濯しないと服が綺麗にならないのだ。

 ただし超魔王邸には使用人と管理人、さらには魔法の全自動洗濯乾燥機という強い味方がついているのだが。

「朝シャンしたいとこだけど、まあいっか」

 次はココナナの番である。

 幼児用のロンパースは構造が単純で、着せるのは簡単なのだ。

 ……ココナナがおとなしくしていればの話だが。

「のわっ⁉ ちょっとココちゃん逃げんな~‼」

 手を離した瞬間、パッと走り出した。

「これだから子供はおっかねえ」

 更紗が住んでいた六畳間の倍もあるベッドの上で追いかけっこをするハメになった。

 ベビーベッドではないので柵はなく、しかも高いので落ちたら大惨事である。

 まだ2歳児はいえ幼児の挙動は予想がつかず、その捕獲は容易ではない。

 いやランチュウの機動力なら追いつくのは簡単なのだが、先日、戦闘時の要領でココナナの死角から襲いかかったら、ビックリして泣き出してしまったのだ。

 いまここで戦闘じみた変態機動を使ったら、また驚かせてしまう。

 だがランチュウには、とっておきの秘策があった。

「中型ペット魔獣用ネコジャラシ~♡」

 アイテムストレージからハンディーモップのようなネコジャラシを取り出し、クネクネパタパタ動かしてココナナの興味を誘う。

 こんな事もあろうかとナパースカの街で買っておいたものだ。

「ふぁ? あっふ、あっふ」

 狙い通りネコジャラシにじゃれついて放さないココナナ。

「フィ~ッシュ!」

 抱き上げてオモチャを渡し、好きに遊ばせながら枕元(巨人用)へと連れて行く。

 この勢いで服を被せてしまおうと考えたのだが――

「しまったネコジャラシ取り上げねーと着せられねーじゃん!」

 奪ったら確実に泣かれてしまう。

「……そうだココちゃん、それをこの穴に通せるかな~?」

 ネコジャラシをココナナの方から袖に通させる作戦でクエストコンプリート。

「よっしゃ成功! じゃあご飯食べに行こっか」

 また抱き上げて食堂に向かうランチュウ。

「うっわ~おにぎりじゃん! 久しぶりだねえ!」

 テーブルの大皿には色とりどりの握り飯が並んでいた。

「ランちゃんがお米を持って来てくれたからねえ。指示通り具も入れといたよ」

 ナーナが魔法の炊飯ジャーから飯をよそって、手に水と塩をつけている。

「ノリも巻いてある。買い出しに行った甲斐があるってもんよ」

 ナパースカの商店街でネコジャラシと一緒に買った新巻鮭の切り身とノリを使って、昨日のうちにランチュウがいくつか保存食を作っておいたので具材も豊富。

 オルテナスの畑では取れない肉や卵も調達してある。

 超魔王邸には魔法の冷蔵庫があるので、これだけあれば当分の間はおかずに困る事はないだろう。

 醤油やソースなどの調味料も仕入れているが、プレイヤーの作ったモノではなくNPCの店で購入した既製品なので、おかしな味にはなっていないし、念のために味見も済ませてある。

「おにぎりはこれくらいでいいんじゃない?」

「ええっ? でもご飯が残っちゃうよ?」

「その炊飯器は保温機能があるから数日はもつよ。まあ夕食で使い切るたあ思うけど……」

 ナーナはまだ魔法の全自動炊飯器に慣れず、量の加減がわからないようだ。

 いままでパン食だったので仕方ないとはいえるが。

「うん、昨日教えた通り、ちゃんと形になってんねえ」

 キッチリ三角形に成型されている。

「ランちゃんが端末に動画を入れといてくれたからだよ。味までは保障できないけど」

 買い出しのついでにランチュウは魔海樹へと寄り道し、ネットのレシピ動画を保存して超魔王邸の端末に送っていたのであった。

 端末は魔王用寝室のドレッサーだけでなく、管理人用寝室や使用人室の鏡にも備えられている。

 動画はヘスペリデスの腕利きプレイヤーシェフによる実況配信で、味の保証はないに等しいのだが、おにぎり程度なら問題ないだろう。

「塩を入れすぎなきゃ大丈夫だってば……味見してないの?」

「そりゃ最初はランちゃんに食べて欲しいからねえ」

「人体実験だー⁉」

「そこに試食用のおにぎりがあるからさ」

 見れば握り飯の間に小さいのが1個だけ混ざっている。

 ココナナを幼児用の椅子に座らせ、抓んで食べると普通のおにぎりであった。

 具は鮭のフレークである。

「何だおいしいじゃん」

 毛皮でモフモフの魔獣人たちは、人間と違ってあまり汗をかかないため、塩分こそ控えめにしてあるが、米がいいのか十分うまい。

「そりゃ中身はランちゃんの手作りフレークだからねえ」

「余ったらお弁当に入れよう」

 あとは畑に出ているオルテナスが戻るのを待つだけ。

 街で買ったアラーム機能つき腕時計(見せかけではなく本当に機能する高級アイテム)を渡しておいたので、わざわざ呼びに行く必要はない。

「はてさてメールチェックを……ありゃりゃん?」

 昨日の夜に届いたショウタ君からの連絡事項である。

 内容はヘスペリデスの臨時メンテナンスとアップデート。

「こりゃ休日……いやいやアタシにゃ関係ねーか。いまのうちに魔海樹の制圧エリアを広げとこう」

 超魔王は忙しいのだ。

「いやメンテ中の街がどーなってんのか知りたいな。午前中はナパースカに行ってみるか」

「じゃあついでに絵本を買ってきておくれよ。ココにもそろそろ必要な頃合いだと思うんだけど……」

「そりゃ大変だ。でも2歳児用の絵本なんてあるかなあ?」

 大人用の絵本なら売っているかもしれないが、R12指定のヘスペリデスで、情操教育用の絵本に需要があるとは思えない。

「まあイザとなったら適当にデータ集めてデッチ上げりゃいっか。とりあえず街で探してから考えよう」

 ネット画像を拾い集めてナパースカの書店で製本するか、あるいは端末で表示させるなど、解決策はいくらでも考えられる。

「そういやゲームの外側は調べた事なかったねえ」

 いまのランチュウはヘスペリデスの住人であり、その固定観念でネットを検索するのをすっかり忘れていた。

 いまはメンテナンス中で接続できないかもしれないが、サービスが再開したら、ゲームの内側からネットを覗けるか調査する必要がありそうだ。

「…………課金したい」

 ふと前世の執着がよみがえった。

 リアルサイドで、たぶんおそらくまだ生きてはいるだろう更科更紗の銀行口座が、いま現在どうなっているのか不明である。

 凍結されていると考えた方が自然だろう。

 ゲームの課金については、正社員だった更紗が夏のボーナスのうち半分をポイントチャージにつぎ込んでいるが、ランチュウはゲーム内に限り金遣いが荒く、課金を再開すればギリギリ冬までもつかといったところである。

 そして基本無料のゲームには、楽しんだ分だけ課金をブッ込むのが義務だと思っていた。

「節約かぁ……アタシが一番嫌いな言葉だねえ」

 ただしゲーム内に限る。

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