第11話 わたしは背負う
わたしの誕生日プレゼントを買って押し付けられた日から数日して、我が家に再び母と母の彼氏がやってきた。
「風夏、お泊まりに来てくれないかな?」
なんとなく死んだ目をした母の一言に背筋が凍る。
え、結局わたしは呼ばれるの?
巻き込まれるの??
それは夏休み中の出来事でした。
わたしにやはり拒否権は無いようで軽い泊まり支度をしたら、そのまま車で母と母の彼氏が同棲してる家に数日間のお泊まりを強いられました。
それはまさに、地獄の時間の始まり。
二人の家に着くと予想通り、鍵だらけの牢獄と化したテラスハウスに連れてこられました。更には見たことない猫たちがお迎えされており、シーズーという犬種の犬までお迎えしてる始末。
なんでも彼氏が仕事で留守の間、寂しさからか母の虚無感が酷すぎて鬱が悪化。その対策にと母が選び望んだ猫と犬を迎えたところ、母の病状が回復傾向になったんだとか。
だとしても、家の中は酷い有様でした。
もともと母の彼氏が飼っていたプレイリードッグが何匹か居たため、まさに小さな動物園。獣臭がすごい。いくらペット飼育可のテラスハウスとはいえ、隣から文句を言われないか不思議なほどです。
そしてわたしは母と母の彼氏の寝室に案内され、彼氏からわたしは「みゆきの監視をしていてくれ」と頼まれます。
(・・・・・・は?)
わたしは母と二人きりで取り残され、彼氏といえば仕事へ行ってしまいました。
二人の部屋は六畳ほどの部屋で、パソコンとダブルサイズのベッドがあり、あとは母が選んだ家具なのかまあまあ普通の部屋。しかし、その部屋の扉を見てもまた唖然とするしかありませんでした。
玄関同様で、鍵だらけであることに。
その鍵の中には当然なのかあのアラーム鍵もドーンと設置。「玄関の鍵(アラーム鍵)は掛けられてるから、部屋の鍵は風夏がいるうちは掛けなくていい」と言われましたが、呆然としてしまいました。
またこの鍵を相手にしなきゃならないのか、と。
すると母はいそいそとCDラジカセのスイッチをオンにして音楽を流すと、パソコンの前に座ってパソコンをいじりだします。
「風夏も好きにしてて」
カタカタとキーボードを叩く母。
CDラジカセからは繰り返し流される、同じアーティストの音楽。
「ママ、猫たちの世話は?」
「ちゃんとご飯あげたよ」
「犬は?」
「ちゃんとしたよ」
「・・・・・・そう」
この家に迎えられた猫は計五匹、犬は一匹。
プレイリードッグに関しては彼氏の管轄らしく、母はノータッチ。
ちなみにこの二人の部屋には五匹中の二匹の猫が一緒にいました。
二人の部屋に一緒にいたのは、ラグドールの女の子(未避妊)と、スコティッシュフォールドの男の子(去勢済)。
隣の部屋にはラグドールの男の子(未去勢)に、ミックスの日本猫の男の子(去勢済)。
下の階にはエイズを患ってしまっているという、ノルウェージャンフォレストキャットの男の子(去勢済)。
リビングは広さが十畳位の広さがあり、プレイリードッグ達のケージと、そこに唯一の犬であるシーズーの男の子(去勢済)一匹がいました。
なので特に会話が弾むこともない母は部屋に置いといて、わたしは二人の家の中を探索してみる事に。
まずは隣の部屋。
見るんじゃなかったと思いましたね。
なぜか設置されてるひとつのベッドに、複数置かれた猫用のトイレ、何が入ってるか分からない古めの大きなタンスだけの殺風景な部屋。
そこに居る二匹の猫は、飼われてるとは思えないほどに人と距離をとる。まるで人間からの愛情を知らない野良猫のようでした。
それを証明するかのように、トイレのほとんどが汚染したまま。毛玉が吐かれた床もそのまま。部屋の全てが掃除をされてない。
次に階段を降りて、玄関からお風呂場に続く廊下には、ノルウェージャンフォレストキャットの男の子が自由にしており、とても整ったお顔の美人さんで人懐っこい。ただしお腹を壊しがちで(エイズのせい?)、不安症の気があったのかトイレは使わずあちこちにお粗相がありました。
廊下から敷戸で仕切られたリビングに入れば、雨戸とカーテンが閉められていて電気すらついてない。まだ小窓がある廊下のほうが明るいくらい。そんな空間にわたしが入った途端、シーズーの男の子が嬉しそうに駆け寄ってきました。
こんな環境下で生かされてる小さな命たち。
みんな愛されるために生まれてきたはずなのに、母の病気の癇癪を抑えるためという理由だけで迎えられて、当の母は望んだ玩具を与えられたけどもう飽きてしまった子供のように、なんだか既に無関心。
胸がキリキリと傷んだことは、言わなくても伝わってほしいです。
この子達の中でまだマシな扱いを受けてたのは、母と彼氏の部屋にいる二匹の猫たちだけ。
結果だけ言わせて頂くと、この猫たち五匹と犬一匹のうち、助けることができたのは猫の三匹だけです。
わたしはこの日を境に、頻繁に二人の家に連れてこられるようになりました。
夏休みを明けても迎えが来て、学校へ朝からちゃんと行っていれば連れてこられなかったと思います。ただ二人の家にいる動物たちが気がかりで、わたしはおとなしく二人に従いました。
そしたら、どういうことだろう。
わたしは母の監視兼動物たちのお世話役に。
お前らが迎えたんだろ!!
特に母!! お前が望んだからこの子達はいるんでしょ!!
なんでご飯以外の世話はしないの!?
自分は病気で今体調悪いからで許されるの!?
てめえの彼氏はプレイリードッグ以外は世話してねえぞ!!
それならば始めから迎えるな!!!
毎回そんなイライラに苛まれながら、言ってやりたい気持ちは抑えて、わたしは自分の家と二人の家を往復する日々。
なるべく二人の家に訪れた時は部屋を順々に回って、トイレの掃除はもちろん、さびしそうな動物たちみんなを構うようにしてました。
といっても、今考えたら僅かな時間です。
母から目を離すもの怖いから、いくら牢獄のような家だとしても何するか分からないし、と。
ある日、これが日常になりつつあった二人の家に連れてこられると、まだ目が開いたばかりらしい赤ちゃん猫が大きなダンボールの中にいました。
なんでも二人で出かけた先で拾ってきてしまったんだとか(それ以外有り得ませんが)。
その子は保護した後、病院に連れてくと病気は幸い無さそうだという診断が降り、それならと二人の部屋で育てることにしたということでした。
わたしはその日「二人で出かけてくるから、定期的に子猫用のミルクをあげて」と言われ、その通りに留守番しつつ、子猫のお世話をしました。
ミーミーミー
子猫ってこんなに鳴くんだと思いながら、お腹すいたのかなとミルクをあげたり抱っこしたり撫でたり、始めて小さな子猫に夢中。
けど、微かな違和感を感じていました。
それがこの時は分からなくて、わたしは後にすごく後悔することになります。
後日。
「子猫、うんちがお腹に溜まってて、腸が破裂して死んじゃった」
嗚呼、違和感ってこれだったんだ。
泣いて言う母を目の前に、わたしは僅かな殺意と、自分の情けなさがごちゃまぜになって、なんて言っていいか分からない感情に襲われました。
わたしが気付いてたら、濡れた布等でお尻を刺激して排泄を促せてあげられたのに。
ミーミーたくさん鳴いてたのは、あの時点でもしかしたらお腹が苦しかったから、あの子なりに必死に訴えてたのかもしれない。
さすがに手のひらに簡単に乗る子猫相手に、母が他の子達と変わらず食事以外の世話をしないとは思わなかった。
母を無意識に信じてたわたしが馬鹿だった。
わたしが無力だったばかりに助けられなかった。いや、助けなかったの間違いかもしれない。
あの時、わたしにできたことは表面上の世話以外、できた事があったのかもしれない。
今でもそう考えてしまう出来事です。
ミッスクの日本猫で、柄はキジトラだったブルー。
ノルウェージャンフォレストキャットで、名付けられた名前通りに透き通った青い瞳が綺麗だったソラ。
唯一のワンコで、くせっ毛な白と灰色の毛をしていたユヅ。
恐らくミックスの日本猫で、橙色のまだら模様があった女の子のユラ。
ユラを除いて、三匹がどうなったのか分かりません。どうしてなのか。
それは次のお話で。
ただこれだけ今記しておきたいので書いておきます。
どうなったか分からない三匹と、わたしの不注意で亡くしまったも同然なユラを含めて、わたしはこの子達のことを絶対に忘れないと決めてます。
最悪、わたしの知らぬ間に殺処分されてしまっていたとしたら、いくら謝っても謝りきれない。
母の彼氏のお金を盗んだことに罪悪感や後悔なんて微塵も感じませんでしたが、ブルー、ソラ、ユヅの行方、ユラの命に関しては、自分を責め続けています。
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