第6話 わたしの看病生活スタート
グロテスクな表現が、ここからは増えていきます。
今ふと思いました。グロテスクなものを閲覧して良しと定められた年齢は、十八歳からという認識で間違いないのでしょうか。
だとしたら、満九歳で見たくて見たわけじゃないのに見てしまったわたしには、いったいどんな影響が及ぶんでしょう?
影響があるから、グロテスクとアダルトな表現に、年齢制限が設けられているのでしょうから。
本格的な悪夢が始動したのは小学校四年生から。
母の腕に無数の切り傷と、そこから止めどなく溢れかえる血。
そんな惨状と出くわす回数は日に日に増すばかりで、わたしはどんどん怖くなっていきました。
当然そこまであからさまにされれば、祖母と叔母も気付かざるおえず、刃物という刃物は徹底的に隠しました。
それなのに母の傷は増えて、更には深くなるばかり。見ただけで脳貧血を起こしそうなほどの血を、部屋着にぽたぽた垂らしている母。
なのにケタケタと笑い声を上げて、ずっと傷を眺めています。血が固まってきて流れが悪くなれば、隠し持っていたカミソリ等を出してまた上から傷付ける。
わたしはそれを見かけたら急いで刃物を奪っては、タオルを用意して腕の下にひき、大口開けた傷の上から消毒液を満遍なく垂らして、傷口を洗い流すことしかできません。
歩かせて水で洗わせたくても、こういう時の母は動こうとはしてくれません。なので代わりに消毒液の出番なのです。
本来ならカパッと開いた傷に消毒液なんて、ひどい激痛だと思います。正直、これが正しい手当の仕方なのかは分かりませんでした。とにかくばい菌が入らないようにしなきゃ。これしか頭にありませんでした。
だからいつも、消毒液をかける時は確認します。
「ママ、ごめんね、痛いよね」
「あはは、いたくないよ? ふふふ、あはは」
と、毎回こんな返事でも確認しました。
血を消毒液で洗い流し、清潔なタオルを濡らして傷口に押さえつけて止血しよつうとしながら、子供に言い聞かせるように「触っちゃダメだよ」と母に伝えて急いで安定剤を用意します。
ソラナックスという名称の精神安定剤。
これを急いで母に飲まして少し様子を見てると、正気に戻るか、気絶するか、他人格が現れるかのこの三択でした。
私的には気絶してくれるのが一番楽。
その間に母が隠し持ってた刃物を隠したり、血で汚れた母の手を綺麗にしたり、服を着替えさせたりなど後始末が色々やり易かったので。
気絶してれば、おとなしくしていてくれますから。
とりあえず気絶した場合は母が目を覚ますまで、わたしは母の傍から離れはしませんでした。
稀に途中で目を覚まし、過呼吸を起こしてしまうこともありました。その時は、予め用意しておいた紙袋を使い、落ち着かせなければなりません。
いくら過呼吸が死なないパニック発作だとしても、まだ子供のわたしには怖い発作でしかなく、止めることに注視していました。
そんな母を見兼ねたわたしは再び不登校に。
母の自傷癖が酷くなるにつれ、我が家に訪れては適当な時間に自分の家へ帰宅していた母の彼氏──塚田(つかだ)がよく我が家に泊まるようになりました。
本音を言えば、泊まられるのはすごく嫌でした。その反面、夜中まで母の心配をしなくて済むと思うと有り難いとも思ってました。
なので昼間はわたしが母の監視をし、夜は塚田が母を監視する。
このルーティンが気が付けばできあがっていたのです。
けれど、母の彼氏である塚田だって仕事をしている身。しかも自営業でした。
母は神奈川に戻ってきてからすぐに精神の均衡を崩したので、仕事復帰は叶わずに常に家にいるように。
こうなれば、最低限の体力が余ってるのは母です。
この頃はまだ精神疾患についてわたし達家族は理解が足りず、心療内科に通いだした母への薬は自己管理はまずいとだけ教わり、祖母と叔母が預かるように。定時になったら薬を渡して、はい、終わり。という感じでした。
それがとてつもなくまずかった。
本来なら、重い精神疾患症状のある患者に薬を渡したら、飲み込むまでちゃんと見ていなければなりません。
理由(1)
薬を飲まずに捨ててしまい、気が付いた時には離脱症状に襲われてしまうから。
精神薬は脳に直接作用します。なのである程度決まった時間に処方薬を飲み、薬の血中濃度を安定させることによってその効果を強く発揮します。なので突然薬を飲まなくなると血中濃度が薄まりバランスが崩れ、離脱症状と呼ばれる酷い体調不良に見舞われるだけでなく、結果的に病状が悪化してしまいます。
理由(2)
薬を飲まずに隠してしまい、不安定な時に隠したり薬を全部飲んでオーバードーズ(薬を一度に大量に飲んでしまうこと)をし、精神薬の中には致死量が定められた薬があるため、最悪は生死に関わるから。
母は主にこの(2)をしてしまう人で、夜中に塚田が居たとしてもオーバードーズし、それに塚田が気付き急いで救急車。という日も少なくありませんでした。
月に何度かそれを繰り返してしまった時があり、救急隊員の人と顔見知りになるレベルの頻度。
母がいったいどこに薬を隠したのか見つけだすまでに時間が掛かり、救急隊員の方には当時本当にご迷惑をかけてしまいました。
この頃の母への処方されてた薬の量は凄まじく、一日三回の薬を隠されてしまえば、二日分をいっぺんに飲まれただけでも救急車沙汰です。
だいたい母が救急搬送されるのは、皆が寝静まった真夜中です。
救急車を呼ぶレベルになれば母の異常で眠っていた塚田は飛び起き、二人と別室で休んでいた祖母も叔母を起こしにやってくれば(間取り的に、母と塚田の部屋、わたしの部屋、祖母と叔母の部屋という順に、引き戸はあれど繋がっていました。)自動的にわたしも必ず目を覚まします。
一時は救急車の音を聞き過ぎて、その時の救急隊員さんの必死な呼び掛けや、同行するために急いで支度をして「ふうちゃん、ごめんね、お留守番お願いね」と言って出ていってしまう祖母と叔母を見て、寂しさと恐怖とで救急車の音に恐怖を感じるようにもなりました。
なので救急車の音が近づいてくると体が震え始めて、わたしは急いでMDプレイヤーで音楽を爆音で聴いて、耳栓をすることが常となりました。
夜はそうして耐え忍び、朝方になると母は家に帰ってきて、塚田と祖母と叔母は仕事へ向かい、わたしは母の看病がスタートする──そんな日々が日常と化しました。
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