10 せつ、再び

「…ふぁぁ」

「眠いね」

「そうですね」


謎の果物パーティーで、ローレンティアがとびきり酸っぱい「込静」を食べて「甘いよ~」と嘘をつき、ブローディアに食べさせて反応を面白がったり、ゼジュービがローレンティアの部屋を片付けてあげたり、にぎやかな時が終わってセシル寮を出ると、そこにはもうあの熱気と楽しさはなくて物悲しくなる。


「暗くなってきてますね」


もうあたりは闇に近い。もってきた提灯の明かりしか頼れる光がなかった。


「闇の中だとときどきこうもりが出るから、気を付けてね」

「はい」


こうもりは魔界のシンボルとしてお金の柄になっていたり界旗に描かれていたりするが、実際出会ってみると、良いこうもりは何もしないがときどき群がってきたり荷物を奪いに来る。

用心しながら夜道をソニア寮へと歩いていく。

(なんか行きより長く感じられるな)


「そういえば」


果物かごを持ったブローディアが口を開く。


「ローレンティア、なんでゼジュービのこと知ってたんでしょうね」

「見かけるからじゃないの?」

「見かけても名前なんてわからないじゃないですか」

「確かに」

「不思議ですね」

「そうだね」


ゼジュービはローレンティアの顔や声を思い出した。

ブローディアより少しつり目で気の強そうな目、小麦色のまぶしい肌。雰囲気がブローディアと似ていた。

(おっちょこちょいだったけどなかなか可愛かったな)

ゼジュービは自分の長い黒髪を見てため息をつく。

(デアナもブローディアもローレンティアも明るい髪色だもんな…羨ましい。しかも服のセンスもいいもんな、みんな女子っぽくて。でも私は違う。正直言って勇気出して買ってみた杏色のワンピースも、女子っぽい色だけどそこまで私には似合ってない)


「ねぇブローディア」

「はい?」

「私ってどんな服が似合うと思う?」

「んー、えんじ色の服とか似合いそうです、あとは赤紫もいいと思いますね。大人な感じのやつが似合うと思います」

「…ありがと」


(また今度えんじとか赤紫の大人っぽい服探してみて買ってみよう)

提灯にはちらちらと蛍のような細い灯が揺れている。

足元に気を付けながら時計を見ると10時を過ぎていた。

(やばいやばい)

速足で歩いていくと、後ろで何かの鳴き声がした。

(なんだ?)

鳴き声はだんだん近づいてくる。

(もしかして)

後ろを振り向いた。

既に遅かった。


「キャァァァァァァァァァァァァァァ!」

「ブローディア、伏せろ!」


こうもりの群れだ。

こうもりは黒い翼をはためかせて群がってくる。


「あっ!ちょっと!返せって!」


群れは提灯をかっさらっていく。

(火が怖いんじゃないのか?)

どうやら果物かごは、何とか無事なようだ。


「どうしよう…明かりがない」


どこかにこうもりが奪っていった提灯が落ちていないかと目を凝らす。

(また?)

また何かの視線を感じた。

流石に気持ち悪くなって振り向く。


「えっ、ささま せつ?!」


そこにはまぎれもなく、『ささま せつ』が立っていた。

おどおどと視線をあちらこちらにそらしながら慌てているようだ。


「あなただったんだね、よく私のこと見てたのは」

「んん…んんん!」


せつは何か言いたげに唸る。


「いい加減『ん』しか言わないのやめてくれない?」


ずっと見られてたかと思うとゼジュービも腹が立ってきた。

せつは赤紫のスカートから革表紙のメモとペンを取り出すと何やら書き始めた。


「ゼジュービ?どうしたのですか?」

「何もない、先行ってていいよ」

「怖いので待っときます」

「じゃあ待ってて」


せつはメモも一ページをゼジュービに見せた。


「明かりがないから見づらいな…」


メモには妙にきれいな字でこう書かれていた。

〈笹間 雪です。付け回してごめんなさい。今声が使えなくて『ん』しか言えません。〉


「へぇ。雪ちゃんか」


雪はメモにまた何か書き始めた。


〈明かりがないようなので今私が持っている明かりをさしあげます〉


「ほんとに?ありがとう」


雪は布のカバンをまさぐると、筒のようなものを取り出した。


「…これが明かり?」


〈そうです。このボタンを押すと明かりが出ます〉


ゼジュービは恐る恐る筒のボタンを押した。


「…わぁ、すごい!こんな明かり初めて見たよ。ろうそくの火よりも明るいし!」


〈ええ。懐中電灯というのです〉


「かいちゅう…でんとう」


〈そうです〉


「ありがとう、じゃあまたね!」


ブローディアに追いつかなければ。

ゼジュービは夢中で駆け出した。

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君とアングレカム 優羽 もち @chihineko

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