1-28 経過報告
「アーク。君には深く失望しました」
開口早々、ノックもせずに隊長室に入ったアレンが言い放った文句が、それだった。
その目は深い怒りに染まっており、下手したら軽い殺気が漏れ出ていたかもしれない。
「……お前の不評を買うような真似をした覚えがないんだが」
アークは書類の山に顔を埋めながらも、律儀に無礼な部下に対応する。
「いいえ、ありますとも。あの新入り君について、言ってやりたいことが山のようにあります」
「奇遇だな。俺もお前達がしでかしたことの始末書を山のように抱えているんだ。もし少しでも申し訳ないという気持ちがあるんだったら、さっさとこの部屋から出て行ってくれ」
「心外ですね。私は教師ですよ? 他の問題児と同じ扱いにしないで欲しいものです」
「そうだな。お前は確かに他の面子に比べたら、起こした問題の数は少ない。けど教育者なら一個でもあったらアウトだろ」
「世の中は綺麗事だけで万事解決出来るほど優しくないと、身を以て体現しているだけです」
「今すぐヨルムンやめろ」
アークの的を得たツッコミも、この男には届かない。
少し夢中になることがあれば途端に会話が通じなくなるのが、この男の欠点とも言える。
「私が言いたいのはですね! 何故彼のような貴重なサンプルを、アリサに戦わせたのかということです! 消し炭になってデータが取れなくなったらどうしてくれるのですか!」
ほら、通じない。
「あいつの前で実験動物なんて言葉使うなよ。最悪殺し合いにも発展しかねないからな」
「ええ。口走ってしまったときは思わず『ヤベッ』と思いましたからね。これからは自重します」
「多分、この隊の中で一番人付き合いが出来ないのはお前なんだろうな……」
アークは比較的深刻な溜息を吐くのだが、アレンはそんな上司の心配を知ったこっちゃないと切り捨て、
「いいですか? 新入り君の存在は、恐らくですが世界にたった一つしかない貴重な標本と言っても過言ではありません。それをわざわざ危険に晒すなんて言語道断! せめて私が彼の存在を解き明かしてからにして貰いたいですね!」
「あいつは一応俺達の一員で、立派な身内だ。そこを忘れてはいないだろうな?」
「どれだけ彼が異例な存在なのか、隊長でも分かるように説明してあげましょう!」
「話を聞け」
そう告げてアレンは、懐から先程のカルテを取り出した。
その用紙に表記されているのは、治療の際にこっそり検査した、ジンの身体について事細かに記されたデータ。
「まず、新入り君の肉体強度は破格の一言でした。一般的な法術士の数倍の強度。生半可な刃や法撃では傷を付けることも難しいでしょう。これは修行がどうので身につくものではありません。元からこうなるように設計されたとしか思えない。何より――」
そしてアレンは、自分自身も信じられないその欄の数値を指差し、
「魔導管融合率100%。つまり体内に張り巡らされた血管全てが魔導管に変質してしまっているのです」
「これは医学的、術学的には?」
「あり得ません。いいですか? どんな奇跡が起ころうとも、絶対に自然発生する筈のない存在なんです。あなたやアリサでさえ、人間の限界値の90%なんですよ」
「機械の故障の可能性は?」
「私もその線を疑いました。ですがウチの器材は軍が使用するものの中でも最新のもの。これらのデータはどれも真実です」
「生命への冒涜だ」と
「で、アレン教授。結論をもう一度噛み砕いて言うと?」
「……彼は――」
「(――人間じゃない)」
このとき、奇跡的な偶然によって、アレンの報告とエミリアの独白が一寸のズレもなく重なった。
「誤解のないように言うと、私達のように親の営みによって産まれ落ちた生粋の生命ではありません。何者かがこうなるように設計し、長い時間を掛けて生み出した人工存在」
(あり得ない魔導管融合率。燃費の悪さをカバーする何らかの動力源。意味不明な膂力。そしてワタシの“解析”でも把握し切れない圧倒的な情報量。明らかに既存の人類のソレじゃない)
「しかも面白いことに、彼の魔導管自体の強度も異常です。私達のものをゴム管だとしたら、彼のは水道管です。出力の規模は、融合率の数値以上に大きいでしょう」
(何より、外見に似合わない細胞の劣化。なるほど~。だからライトは、『隅々まで解析しろ』なんて言ってきたのか。じゃあライトはこのことを、いや、ライトだけじゃなくて、恐らくアークも――)
「隊長は、最初から新ジン君の身体について知っていたのですね?」
アレンが辿り着いた結論に対し、アークは「正解だ」とにこやかに賛辞と拍手を送る。
「ああ、知っていた。地方で収監されていたジンを見つける以前から、俺はアイツの存在を知っていた」
「何故か、訊いてもいいでしょうか」
「お前も知っている筈だぞ? 数年前に、ライトが何としてもぶっ潰したいって躍起になっていたあの組織だ」
その言葉を聞いて思い出したのか、アレンは形容しようのない苦々しい表情になった。
「まさか――」
「そう、そのまさかだ。ジンはアレの最大の被害者でありながら、最上の成功例でもあり、そして何より、最強の捨て駒でもある」
その組織は、歴史上最も最悪かつ非人道的と罵られた狂気の巣窟。
マッドサイエンティスト寄りの思考回路を持つアレンですら、「一緒にいると脳が腐る」と唾棄した、その組織の名は――
「『
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