1-27 観察結果

 避ける。

 躱し、逃れ、回避し、いなし、空を駆ける複数の大剣を我が身に寄せ付けない。

 その動きにはぎこちなさや焦りはない。あくまで冷静に、高速で飛翔する凶器の乱舞をそれ以上の速度で避け続ける。


「っぶない」


 背後から強襲してきた大剣を、ジンが上体を捻って軽々と躱す。

 しかし、ジンの腰の横を素通りする筈だったそれは一気に軌道を直角に曲げ、ジンの肉体を両断せんと――


「とっ」


 ――するが、軌道を変更した直後に真下から左膝に蹴り上げられ、回転しながら上空へと飛ばされていった。

 だがそれで終わりではなく、一本目を蹴り上げたジンの右方及び後方から、第二第三の大剣が刃を煌めかせて飛翔し、


「それっ」


 だがこれもジンは予測していたと言わんばかりに易々と対処。

 右脚を刈らんとしていた大剣は、それ以上の速度で踏み付けて地面に拘束し、背後からの一撃は闇渡りで明後日の方向に強制的に跳ばす。


「やばっ、コイツ意外と力強――」


 余裕であしらっていたように見えていたが、突然ジンの体勢が崩れ――否、数m真上に飛ばされる。

 ジンを飛ばしたのは、踏み付けられていた筈の二本目の大剣。

 出力をフル稼働させ、ジンの身体ごとジェット噴射の要領で空高く舞い上がったのだ。


 そして、そのタイミングを見計らったように、先程ジンに弾かれ、受け流されていた二本の大剣と、これまで機を伺っていた四本目が、全方向からジンへと襲い掛かった。

 足の踏み場もない空間へと突然放り出されるジンに、回避の術はない。“闇渡り”を使おうにも、転移し終えるよりも大剣が到達する方が遥かに早い。

 しかしその絶体絶命の状況を、


「…………来た」


 待ってましたとでも言わんばかりに、ジンの口端が弧を刻んだ。

 迫る四本の武器。直撃すれば即死に繋がるであろうその攻撃を前に、彼はあろうことか、自ら手を伸ばしたのだ。


「ほいっと」


 信じられるだろうか。

 迫る巨大で鋭利な物体に伸ばした腕は一切の傷を負わず、それどころか、その手は大剣の柄を軽々と掴み取っていたのだ。

 暴れ馬の如き大剣の抵抗を片手の膂力だけで抑え込み、ジンは身体ごと新たに得た得物を空中で横に回転させ、


「ふっ!」


 一息の元に、襲来した三本の大剣を叩き斬ってみせた。

 当然、同強度の物体を破壊して得物が無事な筈がない。ジンが握っていたじゃじゃ馬大剣も、刀身の真ん中から亀裂が入り、そして粉々に砕け散った。


「ふぅうううう……」


 額に浮かんだ大粒の汗を拭いながら、ジンは深い溜息を吐く。

 そして少し離れた場所でこちらを見ているエミリアに振り向いて、


「三十分、終わりましたよ」


 達成感に満ち満ちた声を上げ、気持ちのいい笑顔を作った。




(……すごいな~)


 その一部始終を、エミリアはずっと瞬きすることなく見続けていた。

 一度も目を離すことなく、ずっと。


(ここまで早く四本目に対応出来るなんてね~。これ最速記録大幅更新ですわ~)


 七本の群体から成るエミリア特製の大剣型法術兵器は、それら一本一本が第一級の帝国軍人数人分の戦闘力を秘めている。


 並の法術士は察知することすら出来ない飛翔速度、それと大質量が組み合わさることで生み出される破壊力、そして予測不能な旋回軌道。

 大剣が七本揃ったときの戦闘力は、同じ竜撃隊員をして「手が付けられない」と言わしめるほどで、四本でさえも、これまで完璧に対応出来た者は両手の指の数に満たない。


(アレンで五日。ライトでも二日。アークは――まあ避ける必要ないだろうから除外~)


 バケモノ揃いの竜撃隊でさえも、完璧に大剣と対峙出来るまでに、長い時間を掛けて慣れておく必要がある。

 逆を言えば、己が最高傑作を僅か数日で克服してくれるのだからたまったものではないのだが。

 それをあの白髪男は、たった一時間足らずで完璧に適応し、挙句の果てに大剣を四本とも叩き折ってくれやがった。直すのに結構時間掛かるんだぞチクショ~。


(……ライトが『闘いだけは出来る無能』と言うだけはあるね~。凄まじいよ~、その適応能力も、そしてその身体の構造も)


 エミリアの“解析”は、対象の戦闘能力を測るものではない。

 その物体の内部構造を解析し、あり余すことなくその情報を読み取るというもの。戦闘能力の測定など、その情報から計算した副産物に過ぎない。

 更にその対象は生物だけに留まらず、無機物や法術の解析も可能だ。


 その高性能な観察眼による、長時間の観察活動データ採取。お陰でエミリアは、ジンのその異常とさえ言える肉体構造を理解することが出来た。

 それでも、あくまで表面的なものだけだが。


(しっかし、謎だ~)


 どんなものであるか漠然と分かったのはいいものの、その細部や、それがどういう原理なのかは全く見えはしなかった。


 そして何より気がかりなのは、闇渡りを行う際の動力源。

 あの固有系統は、あまりにもマナの燃費が悪過ぎる。

 それこそ、連発すればアリサレベルのマナ貯蔵量が無ければ即マナ切れに陥ってしまうほどに。


 そしてジンのマナ貯蔵量は――平々凡々だった。正直言って並以下。

 幾ら確かめても、その数値は変わることはなかった。


 しかし、それでは現実との辻褄が合わない。

 その莫大なマナ消費を可能とするエネルギー源が何処かにある筈なのだが、ジンの体内を探ってもそんな巨大なものは何処にも見当たらなかった。


(でも、実際にジン君はあの空間転移を乱発していた。隠されてる・・・・・? 誰かが見られまいと、“解析”ですら覗けない奥底に意図的に隠した? いやいやそんな馬鹿な~)


 本当、何なのだろうかこの新人は。

 元々謎だったというのに、調べたらもっと謎が増した。

 だが、それでも得た情報という収穫はあった。

 ジンの肉体の根本的な部分。恐らく自分で見なければ、あり得ないと切って捨てたであろう、衝撃的事実。


(……ジン君、君は――)

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