1-17 うちの迷子を引き取りに来た。

「やっぱこの高さじゃ見えねえか。不味いな……」


 一方、アリサを探していたライトは、いくら見渡してもアリサの影すらも掴めない現状に、焦燥から舌打ちをして毒づいていた。

 今ライトが立っているのは、三階建ての廃屋の屋上。


 足場が高くなったおかげで多少見渡しがよくなったが、スラムの無秩序に建てられた建造物のおかげで死角があまりにも多過ぎる。

 そのせいで魔法師の中でも図抜けて良い視力を持つライトの目でも、未だアリサの姿を捉えられないでいた。


「おい、何が不味いんだ。お前、そんな過保護だったか?」


 ライトの背後の空間に出現した黒穴から出てきたジンが、怪訝そうに尋ねる。

 ジンの知るライトという男は、どこまで行っても自分ファースト。他人の痛みなんざどうでもいい、人でなしを絵に描いたようなエゴイスト。


 だったのだが、今の必死になって仲間を探しているライトの姿は――正直に言って違和感しかない。誰だコイツは。

 しかしそれを聞いたライトは、実に呆れたと言わんばかりにジンを凝視して、


「あんなことがあって何も思わねえ奴がいるか。あれから多少は他人を気遣うようにはなったつーの!」

「お、お前、オレの知らない間にそこまでの社会性を身に付けていたなんて……!」


 ジンがまるで子供の成長を実感した親のように咽び泣くが、ライトは無視。


「で? お前がそんなに焦ってまでアリサを探す理由って? まさかアリサに惚れ――」

「残念ながら違ぇよ。てか俺よりお前の方がお似合いだ」

《二日で破局しそうですね》

「一日も保たないな。オレの体が」


 初対面の日のことを思い出したのか、ジンがブルッと体を震わせる。

 どうやらあのアリサの容赦のない暴力は、ジンの心にトラウマとして深く刻まれたようだ。


「糞が! だからあいつを同行させるのは嫌だったんだ! それをあんの糞隊長が……!」

「何か事情があるのか。オレでよければ手伝うぞ」

「ありがてえが、テメエ人探しに役立ちそうな法術とか使えねえだろ」

「いや、あるぞ」

「あんの!?」


 ライトが死ぬほど喫驚しながらジンを二度見する。

 何せ今まで盾と移動手段としてでしか役に立たなかった肉壁が、新たなる技能を身に付けてきたというのだから。驚くなと言う方が無理な話だ。


「けどコレは目が良い奴が居ないと不可能な方法だ。お前にも手伝って貰うぞ」

「元からそのつもりだ。任せてお――」


 け。

 そこまで言い掛けたところで、ライトは口の動きを停止させた。

 ジンの腕が、自分の背中に手を回し、胴体を掴んでいることに気付いたからだ。


「――ジン、これは何だ」

「これがその、手っ取り早くアリサを見つけ出す方法だ。お前確か高所恐怖症だったな。先に謝っておく。ごめん」

「え」

《急激な気圧の変化にご注意下さい》

「え」


 何だか、とても嫌な予感がした。


  ◆  ◆  ◆


 斬り裂かれた傷口から血潮が勢いよく噴き出し、空へと舞い、地に落ちた。

 その血の量は沢山と言うにはあまりに多量で、どう見ても人体から抜き取る許容量を上回っていた。


 この瞬間を第三者が見れば、斬られた少女は一瞬で絶命したと、そう判断したことだろう。

 だが、


「あ……ぐぅ……!」


 裂かれた首の傷を手で押さえ、苦しそうに呻きながらも、少女は確かに足を前に踏み出し、その敵から距離を取ったのだ。


「……仕留めたと思ったんだが、しぶとい」


 よほど先程の一撃で終わらせる自信があったのか、狙いが外れたことに猫仮面は意外そうに呟く。


 だがそう思うのも無理はない。彼が掻っ切ったのは首筋の大動脈。

 確かに即死というわけではないが、常人ならあっという間に脳への血流が激減し、たった十数秒で意識が途切れ、死に至る重傷だ。

 法術士であれば多少は長生き出来るであろうが、それでもここまで機敏に動くというのはそう見ない。


「ハァ…………ハァ…………!」


 ましてやこの少女のように、敵意を剥き出しにして抗戦の意を示すなど、常軌を逸しているとしか言いようがなかった。


「無理をするな。聞いてた『加護』とやらでは、失った血液の回復には時間が掛かる筈だ。立っているのも苦しいだろう?」

「舐め……るな……!」


 アリサは闘志を燃え上がらせ、必死に気強く振る舞おうとしているが、既に限界なのは明らかだった。


「一人で居たのが運の尽きだ。せめてお仲間の一人でも連れていたのなら、逃げることは出来たろうに」

「ッ…………!」


 首を切っても死なない少女に、猫仮面は恐れることなく悠々と近づいていく。

 アリサは弓を構えようとするが、重い腕はピクリとも動かない。

 そして構えたところで、その焦点の合っていない目では、猫仮面に狙いを定めるなど不可能だった。


「悪足掻きはよせ。抗ったところで助けは来ない。お前を助けてくれる者なんて、世界の何処にも存在しない」


 その面をアリサの顔の傍まで寄せ、猫仮面は刷り込むように耳元で囁く。


「そんな……こと……」


 アリサ自身が、誰よりもよく解っている。

 誰も自分を助けてくれない。手を差し伸ばしてくれる人なんて何処にも居ない。


「せめて痛みのないよう、一瞬で殺してやろう」


 猫仮面は剣を掲げ、そして死に体の少女に、一気に刃を振り下ろした。


 刃が迫る。殺意が迫る。

 抗う術も、避ける術も既に残されてはいない。


(これは、ダメかな……)


 この時点でアリサは、半分以上生きるという意志を手放していた。


 どう足掻いても、あの刃は確実に自分の命を刈り取る。これはもう決定事項だ。

 猫仮面の言う通り、もしこの場に仲間と呼べる者が居たのなら、助かる見込みはあったかもしれない。


 だがそれも無理な話だ。

 だって、この世界に、自分を助けてくれる者など、自分を守ってくれる者など、

 存在しな――


『見つけたぞ』


「ッ――!?」


 突如飛来した雷が、猫仮面の身体を貫く。

 予想だにしなかった攻撃と、その凄まじい威力に不意を打たれ、猫仮面の剣先が停止する。

 そしてそれに合わせるように二人の間の空間に黒い穴が開き、中から現れたのは白髪の男。


「お前は――」

「くたばれッ!」


 猫仮面は何かを口にしようとして、しかしその前に男にその顔面をお面越しに蹴り抜かれ、その勢いのまま身体ごと大きく蹴り飛ばされた。

 飛ばされた猫仮面は廃材の山を貫き、更に向かいの廃屋の壁に叩き付けられる。


「『お前は何者だ』だと? 決まっている。この子の保護者だ」


 男は黒穴から薙刀を抜き取ると、アリサを守るように前に立ち、そして言い放った。


「うちの迷子を引き取りに来た」

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