第5話

 わたしは、彼女の決意を翻させようとことあるごとに説得を試みたが、まったく上手くいかなかった。彼女には、本当は推しと接触したい気持ちがあることは確信できたが、彼女の理性は強固だった。いっそ、誰か現実に好きな人でもできて、ファンを卒業すれば万事解決なのではないかと、無理に街コンに誘って行ってみたりもしたが、彼女とわたしが得たのは、自分たちのコミュニケーション能力と魅力のなさの再認識だけだった。まあ、わたしははなから彼氏をつくることは諦めているからいいのだけれど。

 それでも僥倖は訪れた。例のアイドルグループが、再び新譜お渡し会と握手会を開催することになったのだ。しかし、会場は、新幹線で三時間以上かかる別の地域だった。

 迷わなかったと言えば嘘になる。しかし、わたしは友人のために、思い切ってみることにした。

 イベントに応募し、密かに結果を待った。そして再びの僥倖にわたしは天に感謝した。イベント参加権利を手にしたのだ。

 わたしは彼女を呼び出し、目の前にいる彼女のスマートフォンに、購入した新幹線のチケットとイベントの電子チケットを送信した。

 どうしてこんなことをするのかと問い詰める彼女と、推しと会うことを強く勧めるわたし。

「だって、いつなにが起こるかわからないじゃないですか。会える時に会っておかないと、会いたくなった時にはもう会えないかもしれないんですよ?」

彼女はまったく喜ぶ様子がなく、もともと目つきの悪い目を恐ろしげにしながら言った。

「なにか隠してるな。正直に言いたまえ」

「なにも隠してなんか」

「嘘だ。なにがあったんだ? 思えば、イベントに行ってから、ずっと様子がおかしかったな。もしかして、やっぱりうちの推しの未来が見えたのか?」

 わたしは泣き出してしまった。涙をぬぐってうなずく。

「そうです。見えたんです。嘘をついてすみません」

「どんな未来が見えたんだ?」

「言えません。でもとにかく、会いに行ってほしいんです」

 彼女は沈黙した。無表情のまま、顔色が白くなっていく。

「だ、大丈夫ですか?」

 彼女は我に返ったように瞬きをした。

「わかった。行くよ」

 そのきっぱりとした返事に、わたしは心からほっとした。わたしは正しいことをしたのだ。

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