第3話 妖怪バー閻魔

7月25日20:00


妖怪バー〝閻魔(えんま)〟そこのあるじは美人ママとうたわれる飛縁魔(ひのえんま)。

目元涼やかにして、鼻筋の通った鼻、小さな口、雪のように真っ白な肌、それは錦絵から切り出したような江戸美人の風情であった。


それもそのはず、飛縁魔はその姿に魅入った男性の心を迷わせて身を滅ぼし、ついには命を奪うとされる妖怪である。


「お帰りよォ、ずいぶん早かったじゃない」

と艶のある声の先には、年の頃は15,6のあどけない少女の姿があった。


「はい、ママに書いてもらったお店の地図がわかりやすかったので、迷わずに帰ってこれました」

買い出しの荷物をカウンターに置くと、誰もいない店内を見渡した。


「今日は相談のお客さんは来てないんですか?」


「そうさねェ、じきにくるんじゃないのかィ。それにしても酒を出すのか、厄介ごとを解決するのか、どちらが本業かわかりゃあしないよォ」


「そうは言わないで下さいよ。海に千年、山に千年、人と妖の世の裏表も知り尽くし、手練手管でどんな男も転がす、天下の飛縁魔様じゃないですか。そのお知恵を拝借にくる妖怪をむげにしてはダメですよ」


非難めいた言葉とは裏腹に、眉下で切りそろえられた前髪から覗く利発そうな眼が笑っていた。その実、持ち込まれる相談事を聞くのが彼女の楽しみでもあった。


「ふぅん、それにしても亀姫、お前だってダテに殿様に憑いていた妖怪じゃないねェ。学もあるし、物の分別もつく。とくに妖怪法の知識に関してはこの界隈でも右に出るものはいないじゃないかィ」

買い出しの荷物を仕分けながら云った。


この亀姫は殿様に憑き、寿命を言い当てると言われている妖怪である。出身は会津、現在の福島県から東京に出てきて半年、迷子になっている所を飛縁魔に拾われて現在に至っている。


「へへっ、お褒めにあずかりまして」

はにかみながらうつむくと、丁寧におじきをした。


「でも女に年齢のこと云うのは野暮ってもんさァ、海に千年、山に千年、野に千年ってとんだ大年増じゃないかィ。しっかりと慰謝料は時給から引いとくよォ」

切れ長の目をなお細くして云った。


「え〜っ、それは例え話で。それに千年増えてるじゃないですか!」


「うふふ、口は災いの元ってのは、あたしら妖の世界でも一緒なのさァ」


その時カランカランと来客を知らせるドアベルが鳴った。


「噂をすればなんとやら、今夜も災いの渦中の妖怪が来たよォ」


その艶のある声の先にたたずむ妖怪の目は爛々と輝き、茶褐色の被毛は硬く、でっぷりと丸みをおびた体型は異様な存在感を放っていた。

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