迷えるあなたにアニソンを! 番外編 アニソン部が選ぶ珠玉のアニソン集

相応恣意

序章 些細な疑問〜全てのきっかけ〜

「ねえ、信濃しなの。全部のアニソンの中でナンバーワンアニソンを決めろって言われたら、信濃なら何を選ぶ?」


 何気なく発せられたその疑問――そう、倉知高校2年生・アニソン部所属の不知火しらぬい玲佳れいかにとってそれは、本当に何気ない疑問にすぎなかった。

 しかしその何気なさとは裏腹に、その疑問はアニソン部に小さな波紋を広げることとなる。


「ナンバーワン……ですか……」


 真夏だというのに、きっちりと着込んだ神父服のまま、明らかに言葉を濁す信濃しなの好大こうた。別に彼は神父でもなんでもなく、いわばこれはアニソン部部長としてのコスプレにすぎないのだが、それはそれとして、そこには常のような自信に満ちた表情は見られない。心なしか、眼鏡も曇って見える。


「ん……あれ? 私、そんな変なことを聞いたかしら?」


 アニソン部に入って日が浅い不知火も、その表情から、自分が何かマズイことを言ってしまったようだと自覚する。


「そうデスねー。それはなんというか……荒れそうな話題デース」


 紅茶をいれる手を止めず苦笑気味に、金髪碧眼のメイドという学校には不似合いな格好をした、アニソン部唯一の1年生、日下部くさかべララが率直な感想を述べる。


「荒れる……? え、どうして?」


 いまだに状況がつかめずにいるに不知火に……


「ま、信濃の口からは言いにくかろうさ。そうだな……」


 パリッとせんべいを齧り、一息つくのは、アニソン部の顧問、三芳みよし敬吾けいごだ。数学教師なのに白衣を着ているのは、「その方が不良教師っぽいから」という本人以外には理解の難しい理由からだ。


「不知火、たとえばナンバーワンは何をもって決める? 売上か? 知名度か? それとも曲としての完成度か?」


「え? ええと……」


 とっさに返答できずにいる不知火に――


「まあそれらの基準もひとつの指標には違いないだろうさ。けれどCDが売れて売れて仕方なかった90年代とほかの年代を、売り上げで比較するのは本当に正しいのか? たまたまタイアップ作品の知名度に恵まれなかった名曲は、本当に評価に値しないのか?」


 畳みかけるように告げる三芳の言葉に、不知火は言葉を失ってしまう。


「……あとはそうですね、付け加えるなら……」


 矢継ぎ早な三芳とは対照的に、ゆったりとした語り口で信濃が口をはさむ。


「やっぱりアニソンって、どうしても自分が見ていたアニメと結びつくじゃないですか。そうなると、個々人の思い出補正が大きくなりますから……決して悪いことではないんですけれど、やっぱり、ナンバーワンを決めようとしたら、どうしても折り合いがつけにくいんですよね」


「ひとりひとり、それぞれのお気に入りを持つのが、一番平和だと思いマース」


「ま、そういうこった」


 部屋の中にいる3人それぞれから論破される形になってしまった不知火は


「ご、ごめんなさい、なんだか不用意なことを言ってしまったみたいで……」


 そこまでの反応が返ってくるとは思わず、しょげ返ってしまった不知火の姿に何か思うところがあったのだろうか――


「ただ――そうですね」


 言葉を選びながら……あるいは言葉にしつつ、考えを整理しながら、信濃は言葉を紡ぐ。


「ナンバーワンを決めるのは難しくても、オンリーワンなら……たとえば、その時代を象徴するアニソン……ということであれば、選ぶことはできるかもしれません」


「時代を象徴する……?」


 不知火のオウム返しの問いに、信濃が笑顔とともに答える。


「ええ。そうです。その時代にアニソンに触れた人の多くの心に残るような……少し前ならたとえば『残酷な天使のテーゼ』、最近ならそう、『紅蓮華』のような……そういった、その時代を象徴するアニソン……ということであれば、選択の余地はありそうです」


「へ、へえ……そうなんだ……」


 不知火としては、その言葉が自分の言葉をフォローするためのものだということは理解できるが、提案そのものはピンとくるものでは無かった。だが、残りの2人にとってはそうではなかったらしい。


「いいデース! それって、なんだかすごく、アニソン部っぽいデース!」


 ララが興奮気味に反応し、


「ほほう……それは面白そうな提案じゃないか。そうだな、どうせ今はこれと言った活動はないんだろ。じゃあアニソン部としての活動ってことで、あとでまとめて文化祭の展示にでもすればいい」


 三芳も乗り気な反応を見せる。


「え? あれ、そういうものなの?」


 不知火だけが置いてけぼりのまま、話は進む。


「とは言え、時代って言い方だと曖昧だな……よし、キリ良く2000年から2019年までの20年間、1年ごとにその年を象徴するアニソンを1曲ずつ選んでいくのはどうだ?」


 三芳の提案に


「1年ごとに……! それは楽しそうですね」


「やりがいがありマース!」


「え? ……え?」


 三者三様の反応を見せる中……


「流石にきょう1日では終わらないでしょうが……時間はあります、じっくり取組んでいきましょう。まずは2000年からですね」


 ウキウキと……という言葉がピッタリくるような、信濃の明るい声が響く。


 *


 ――これはアニソン部が、特に誰の悩みを解決もしないし、誰の背中を押したりもしない――


 けれどかけがえのない、確かな日常の一幕――



<序章 終> 2000年考察編に続く。

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