第49話 帰省からの……

 冬休みは賢人と同じ日に最終講義となり、一緒に帰省することになってしまった。

 通うには少し遠いけど、通えなくもない距離を、両親の好意から下宿させてもらっているから、帰省と言っても連休などの時はちょこちょこ帰っている為、別に特別な荷物もない。

 弥生はいつも通りリュック一つで、賢人にいたっては斜めがけの小さなバックをかけただけだ。


 ゆえに両手はがら空き。

 弥生の右手は賢人の左手にしっかりつかまれていた。


「ね、親には内緒なんですよね?」

「何で? 」

「だって、下宿も隣ですし、そういう関係って知ったら、心配されるんじゃないでしょうか? 」


 下手したら、家から通いなさいと連れ戻されるかもしれない。大学までのあの距離を失うのは辛い。それにいくら実家もお隣さんとはいえ、実家通いになれば今みたいには賢人と過ごせなくなるだろうし。


「問題ないな。もううちのもそっちの親も知ってるし」

「エエッ?! 」

「うっせーよ」


 イラッとした声で賢人は、あまりの驚きに大声を出してしまった弥生の腰を引き寄せ、頭にチュッと唇を寄せた。


 ヒィ~ッ!

 ここ、車内! 口調と行動がリンクしてませんけど!?

 しかも、電車の中の女性達にガン見されてます! 視線が怖いです!


「付き合ってすぐに親には話した。おまえの親にもな。喜ばれたぜ。親公認だし、婚約でもしとくか? 」

「真面目な顔で冗談言わないでください! えっ?だって、家には何回か帰ってるし、母親とは毎週電話で話してるけど、そんな話題一度も……」

「冗談は言ってねェけど、まァいいか。でだ、これ、ちょっと早いけどクリスマスプレゼントな。ぜーったい、外すなよ」


 賢人はつかんでいた弥生の右手を離し左手を握りなおすと、弥生の左手薬指に小さな石が並んでついた細めのリングをはめた。


「いや、これ、えっと……」

「親にも俺から貰ったってちゃんと言えよ。あと、風呂以外で外したらわかってるよな? 」


 え……笑顔が怖いです。

 そして、さりげなく私からも親に賢人と付き合ってると報告するように促すのは止めていただきたい。


「わ……わからない……かも? 」

「じゃあ外してみれば? 俺は別に人の目とか気になんねェし、がっつり、みっちし、教えこんでやるよ」


 だから、何を?!

 顔、顔が近いです!


 弥生はこれでもかというくらいうつむき、賢人の胸をグイグイ押した。


「絶対外しません!! 」


 クリスマスなんて、家族以外と祝ったことなかったし、プレゼントは貰う一択だったから、弥生は賢人へのプレゼントなんて考えもしなかった。でも、貰っておいて賢人へのプレゼントはなしって訳にもいかない。


 何買おう、どこで買おう。


 プチパニックになっている弥生を、賢人は楽しそうに見下ろしていた。


 ★★★


「ただいまー」


 まだ夕方前、父親はもちろん仕事している母親も帰ってはいない。それはきっと賢人の家も同じだろう。

 弥生は部屋着に着替えると、さっそく家の掃除を始めた。掃除機をかけ、流しを洗う。風呂場、トイレも綺麗にし、さて夕飯の支度だと冷蔵庫を覗き、あるもので簡単な夕飯の支度を開始しようとした時、スマホのライン音がなった。

 見ると、【今日の夕飯は有栖川家とピザだよん。有栖川家集合】と書いてあった。

 作る前で良かったとホッとしつつ、何故に両家合同お食事会? と背中に何やら冷たい物体が滑り落ちる。


 いやいや、母親同士仲良いし、別に私と賢人君のことは関係ない……筈。


 とりあえず有栖川家集合とあるから、隣家に行かなければと、頭の働かない弥生は、掃除用の部屋着のまま隣家のチャイムを鳴らした。


「いらっしゃい、弥生ちゃん。お母さん達ももう来てるわよ」


 ドアを開けてくれたのは賢人ママだった。


 うちの両親は何でうちに帰らずに賢人宅にお邪魔しているのだろう?

 リビングダイニングに行くと、すでに弥生の両親はビール片手にピザを食べていた。


「弥生、お帰り」

「ただいま? 」

「ほら、弥生ちゃんはこっちね。賢人の横」


 いつも二家族で集まる時は、賢人と弥生はテーブルに座りきらないから、カウンターテーブルに座ることになる。いつも通り、それだけの筈が、何やら親達の視線が生暖かい。


「やっとね、馬鹿息子の念願が叶って、本当に嬉しいわ」

「あらうちだって、こんなイケメンな息子ができるなんて、夢みたいよ」

「うんうん、息子と酒を飲む……夢だったなぁ」

「あなた、まだ賢人君は未成年なんだから、あと一年は待たないと」

「賢人は四月生まれだからあと四ヶ月よ」

「そうだった。弥生が三月だからついね」


 両親ズは息子だ娘だと盛り上がっている。


「あ……あの! 賢人君とはお付き合いを始めましたけど、息子とかなんかは早いんじゃない……か……な……とです……ね」


 ニコニコ顔の両親ズに、弥生の主張はだんだん小さくなる。


「あら、だって弥生ちゃん、賢人の用意した婚約指輪つけてくれてるじゃない」


 賢人ママの爆弾発言に、弥生の思考が一瞬停止する。ちなみに呼吸まで止まる。

 十秒後、弥生は慌てて息を吸い込み、マジマジと自分の左手におさまっている指輪をみた。


 真ん中に少し大きめな透明の石がはまり、左右に三個づつ小さくなりつつ同じ透明の石がはまっている。

 ジルコニアだと思ってました。

 金属はシルバーかと。

 石はダイヤモンドで、金属はプラチナですね。裏にPt1000の文字が。


「外すなよ」

「……はい」


 確認する為に外した指輪を、そっと元に戻す。


 婚約指輪……ですかね。

 ですね、多分。


 今宵、弥生は何を食べて何を喋ったか全く記憶になかった。


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