第45話 初デート……賢人サイド

 黙々と歩き、電車に乗り、目的地に到着。

 会話は皆無。

 でも全く気まずくない。

 何故って、手を繋いでいるから。しかも、ただ握っているだけじゃない! 弥生の手も僅かだけど握り返している。

 これ重要!!

 握り返されてるんだ! 大切なことは二度言うが、いるんだ!

 そりゃ、振りほどいたらすぐに離れてしまうくらいの微弱な力加減だけど、高校生の時にはなかったことだ。


 それだけでニマニマしてしまいそうになるから、賢人はグッと奥歯を噛み締めて、さらに握っている手も離れないようにしっかり握り込む。


 弥生は弥生で、以前みたいに嫌そうな雰囲気は微塵もなく(賢人の希望三割増し)、微かに頬に赤みがあるのは化粧をしたせいではないだろう。(賢人正解! チークは塗ってないから)


「公園? 」


 アパートを出てから初めて弥生が喋った。


「そう。でも、目的地は公園じゃないんだな」


 賢人はニヤリと笑って弥生の手を引いてご機嫌に歩きだす。素直に手を引かれる弥生に、賢人は鼻歌を歌い出す勢いだ。


「ここだ」

「昆虫博? 」

「好きだろ、虫」

「ああ、うん、まぁ……」


 少し呆けて入り口の看板を見ている弥生に、初デートで昆虫博はさすがに色気がなかったたろうか?と、賢の眉間に一瞬にして皺が寄る。

 しかし、すぐに弥生の顔がユルユルと弛んだ。


「好き……大好き」


 自分のことを言われた訳じゃないとわかっていても、賢人の顔に熱が集まる。「俺も好きだ! 」と抱きしめたくなり、賢人は奥歯をギリッと噛み締めた。思わず大きな音が鳴ってしまい、弥生の目が不安そうに見上げてきた。


 その表情もヤバイ!


「ここ、入る? でも、賢人君は興味ないよね? 」

「ばーか、カブトムシに興味ない男子がいるかよ。大好物だよ。それにほら、前売りあっから」


 事前に購入しておいた前売り券を財布からだすと、弥生の顔が嬉しそうにクシャッと崩れた。


「貰ったの、行かないと無駄だろ。ほら、行くぞ」

「うん」


 わざわざ買ったというのはダサく思えて、貰った体を貫く。弥生にチケット代を払わせない為でもあった。


「おまえさ、ダンゴムシ好きだったろ? 今でも好きなん? 」

「好きだよ。あのクルッて丸まるのがいいよね。見た目はダンゴムシなんだけど、丸まらないのもいるって知ってる? 」

「何それ、知らね」

「丸まらないのはワラジムシ。実はダンゴムシよりも足が速いらしいですよ」

「なに、その豆知識」


 弥生は展示物の前で立ち止まりつつ、その昆虫についての面白豆知識を披露していく。ただ説明書きを読むよりも、かなり楽しく回ることができた。


「おまえ、本当に虫好きなのな。ゴキブリとか触れそう」

「え、触れるでしょ? 」


 何当たり前のこと言ってるの? とばかりに返され、さすがに賢人の笑顔も強張る。


「おまえ……最強だわ」

「えっと、ありがとう? 」


 そうだった。

 普通に囚われないのが弥生で、そこがこいつの面白いとこだったっけ。いや、別にゴキブリに触れる彼女をリスペクトしている訳じゃない。興味のある物はとことん観察してつきつめる、そんな彼女を初めて意識したんだった。


 初デートの昆虫博はそれなりに楽しめた。弥生も楽しんでくれたと思う。その後遅い昼飯食べて、公園を散歩して、今までで一番自然に話せたと思うし、手を差し出すだけで弥生も手を繋いでくるようになったから。


 だから、ちょっと、調子にのっちまったんだよな……。


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