第39話オープンカフェ2

「ちょっとあなた立ちなさいよ」

「えっと……はい? 」


 言われるままに立ち上がると、三咲は弥生の隣に突進してくるんじゃないかという勢いで並んだ。


「確かに、背格好はほとんど変わらないわね。見た目だって地味でそう特徴もない。眼鏡外したら実は美少女でしたってこともなさそうじゃない。この人じゃなきゃ駄目な理由がわからない。ううん、この人でいいなら、私だっていい筈だわ」


 確かにその通りです。私も有栖川君が私を好きな理由がわかりません。


 そうは思うものの、うなずくのは暴言を認めてしまうことになりそうで、なんとも情けない表情を晒している気がする。

 賢人はチッ! と舌打ち(何で舌打ち? )をすると、何故か麗に向かって顎をしゃくった。


「自分の後始末くらい、自分でしなさいよ。っていうか、この人に弥生ちゃんを重ねた意味がわかんない。所詮身体だけってか。……はぁ、しゃあないな。見た目の所見は確かに似てるかもしれないけど、弥生ちゃんは他人のこと絶対悪く言わない。見た目とかで人も判断しない。熊さん好きに悪い人はいない」

「最後は余計だ」

「弥生ちゃんのいいとこならいくらでも言えるよ。料理上手で家事はプロ級。勤勉で努力家だよね。何気にこだわりとかあるかな。洋服とか化粧とかはズボラだけど、シャーペンとかボールペンとか……あとお皿や鍋」

「そうなのか? 」

「ウワッ! そんなことも知らないんだ。付き合い長い癖に」

「うるせーよ。俺にこだわりはないからいいんだよ。こいつが好きに揃えればいいし、好きに使えばいい。問題は、こいつがいるかいないかで、いるんなら後は何着てようが、何使って何してようがかまわないんだから」

「ゲーッ! 重ッ! 激重ッ! 」


 弥生も三咲も関係なく、賢人と麗はポンポンとテンポよく会話をしていく。あまり仲良さそうには見えない。見えないけれど、一周回ってこれはこれで相性が良いのだろうか?


「……好きだって言った。抱き締められた。キスだって! ……初めてだったのに」


 麗が汚物を見るような視線を賢人に向け、賢人は眉に力を入れて目を閉じた。三咲はブルブルと震えている。弥生は……何も言うことができなかった。


「ごめん。悪かった。不誠実なことをしたと思う。でも、誰でも良くはないんだ。弥生じゃなきゃ駄目。……俺は、いつだってこいつしか見えなくて。多分、ちょっと、かなり病的なんだと思う」


 賢人が三咲に向かって頭を下げた。

 いつだって自信満々で、俺様で、自分至上主義の賢人が、誰かに頭を下げたのは初めて見た。


 三咲は目を見開き……ゆっくり息を吐いた。


「わかった。わかりたくないけど、わかった。……でも、許さない。絶対に許さないから。賢人君も、あなたも」


 三咲は最後にきつい視線を弥生に向け、席を離れた。

 しばらく、誰も喋らなかった。


「ほんと……最低な男。弥生ちゃん、絶対に止めたほうがいいよ」

「うざいよ、本当」


 賢人が苛立たしそうに言うと、麗は飲み物を最後まで吸い上げ、それじゃと立ち上がった。


「じゃ、私は兄貴と待ち合わせしてっから。ここは有栖川賢人のおごりね。弥生ちゃん、またくるからね。この男には、常にNOでちょうどいいから。いい顔したら調子ぶっこくから、蹴り入れるくらいが調度良いからね。あんた、弥生ちゃんの荷物持ちもよろしく」


 失礼なことを言いながら、麗は弥生の横までくると、首にギュッと抱きついてから賢人にベッと舌を出して離れた。そんな顔も可愛くて、弥生が苦笑いして手を振ると、麗は誰もが見惚れるだろう笑顔で店を出ていった。


「整理したぞ」

「えっ? 」

「だから、とりあえず身辺整理は終わった。もう二度と誰もおまえの代わりになんかしない。っつうことで、今日からおまえは俺の彼女な」

「え、嫌」


 弥生はつい条件反射で答えてしまったが、その頬はユルユルと赤く染まっていく。


「じゃ、帰るか」


 賢人は弥生の嫌発言は見事にスルーして、それなりに買った(麗に買わされた弥生の服やらなにやら)買い物袋をまとめて片手でまとめて持つと、立ち上がって左手を差し出してきた。もちろん、弥生から手を繋がれるのを待つことなく、弥生の腕をひいて立ち上がらせると、その手をしっかり握って店内に入って行く。弥生がオロオロしている間に会計を済ませた賢人だったが、その間も弥生の手をしっかり握って離さなかった。





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