第28話 病院にて恋愛相談

 ふとした拍子に思い出すのは、賢人が三咲の手をひいて歩く姿。


 何故か心臓が痛い。


 病気じゃなかろうかと病院に行った。何科に行けばいいのかわからなかったから、内科・小児科・アレルギー科の看板が出ていた病院。

 ふっくらしたおばちゃん先生が院長先生で、「心臓が痛いんです」と弥生が言うと、「いつから、どんな時に痛みますか」と聞かれたからよく考えてそれに答えた。


 いつから……有栖川賢人と鈴木三咲が手を繋いでいるのを見てから。どんな時……そのことを思い出した時です。


 先生はにこやかに話を聞いてくれたが、聴診器に触れることもなく、電子カルテに問診結果も記載しなかった。一応聞くけどと言われ、「激しい胸の痛みや圧迫感があるか、胸や背中が痛むか、息切れや目眩失神などの症状はあるか」など聞かれたが、そこまでの症状は一つもないと答えると、でしょうねとうなずいていた。


「私、心臓の病気なんでしょうか? 」


 真剣な表情で手を握りしめて言う弥生に、おばちゃん先生は困ったようにため息を吐くと、PCから視線を外して弥生に向き直った。


「……うーん、うちの専門じゃなさそうなんだよね」

「科が違いますか? 何科に行けばいいですか? 大学病院とかでしょうか? 紹介状は……」


 もしや難病では?! と顔面蒼白になる弥生だったが、おばちゃん先生は違う違うと手を横に振った。


「あのね、医療じゃ治らないやつだと思うの」

「現代の医療じゃ治らないってことですか?! 」

「現在過去未来、医者が治せないやつよ」

「そんな病気があるんですか?!」


 現在過去はともかく、未来までとは……。


「余命は……」

「さあ? 明日かもしれないし、七十年後かもしれないわね。まずは自覚しないとね。あとはあなたの努力次第」

「はあ……」


 弥生には、さっぱり意味がわからなかった。

 生活習慣病みたいなものだろうか?

 完治はしないけれど、節制して生活することで長生きできる……みたいな?


「あなた、初恋はいつ? 」

「初恋……ですか? 記憶にはないですね」


 保育園時代から今に至るまで、記憶に残っている範囲で、弥生には恋愛感情が芽生える程の異性との交流はなかった。

 唯一接触があったのは賢人のみだが、賢人のせいで被った被害は甚大だったし、見た目はともかく俺様不遜な様は好きになる要素皆無である筈だった。


「じゃあきっとそれが初恋ね」

「は? 」

「あなたは心臓に欠陥がある訳じゃないと思うわよ。痛いのは心臓じゃなくて心。どうしてもって言うなら血液検査や心電図や心エコーとか検査してもいいけど、診断が恋わずらいじゃ、保険適応外なのよね。という訳で、私には治療もできないし薬もだせないから。ああ、お会計はいらないわ。今度は風邪でもひいたらいらっしゃい」


 恋わずらい???

 誰が誰に?


 弥生が呆気にとられているうちに、次の患者さんがいるからねと診察室を出されて、受付からはお会計はなしですとにこやかに告げられる。

 頭の中に「 ? 」をいっぱいにしながら、弥生は病院を出た。


 賢人と三咲のことを思い出すと心臓が痛くなって、それは恋わずらいだと医者は言う。


 エェェェッ?!


 弥生はパニックになりながらも、習慣のようにフラフラと自宅アパートに足を向ける。よく車にひかれなかったと思うくらい歩いている記憶はなかった。

 アパート前の公園のベンチに座り、アパートをボンヤリと眺める。見ているのは自分の部屋ではなく、隣の賢人の部屋。


 私が賢人に恋わずらい……。

 いったいいつから?


 思い返すと、恋人時代手を繋がれても嫌ではなかった。無理やり恋人にさせられたようなものだったけれど、賢人に付随する回りの反応に恐怖したものの、賢人自体が嫌いな訳ではなかった。

 まるで家政婦のように賢人の世話をさせられても、面倒だなとは思ってもやらないという選択肢はなかった。


 これはつまり、そういうことだったんだろうか?


 どんな女の子が隣にいようが、賢人から手を繋ぐのは自分だけだった。好きだと自覚することなく付き合って、その自覚もなく別れたのに、たったそれだけのことに無自覚に安堵していた自分。自分だけじゃなくなって、それが痛みに感じるくらい辛いだなんて……。


 そうか、私は彼のことが好きだったんだ。


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