第27話 非常階段にて
「何か調子のってない? 」
「そうよ! あんたみたいなブス、賢人に似合うわけないじゃない」
「マジで鏡見たことある?! 」
校舎の裏側、非常階段の出口あたりでキーキーとした声が響いていた。
弥生は北門から出たところにある本屋に行こうと、いつもは使うことのない非常階段を降りていた。
何か騒いでいるなとは思ったが、聞き知った名前が耳に入り、階段を降りる足を止める。
「……私は……」
「あんたみたいに地味なの、物珍しいだけだから」
「そうよ! ちょっと手出されたからって、彼女面してお弁当作ったりして、バカなんじゃないの?!」
「……そんな」
「初めてだから責任とってとかほざいたんでしょ?! マジでうざい! 遊ばれてるだけのくせして! 賢人は迷惑がってんでしょ。わかんなよ! 」
言われている女子の声は震えていた。
覗いて見ると、女子が四人。
背が低くてTシャツにジーンズスカートの黒髪女子を、いかにも派手目な茶髪巻き髪女子三人が囲んでいる。
大学生になってもまだあるんだ。
呼び出し・囲い込み・吊し上げって。
しかも原因は賢人らしいし、以前の自分を見ているようで弥生の胸の奥がズクンと鳴る。あそこにいるのは自分ではない。それはわかっているのに、呼吸が速くなって手足がどんどん冷えていく。
「………………ない」
「はぁっ?! 」
「あ……遊ばれてなんかないです」
震える声で、でもしっかりと黒髪女子は言い切った。雰囲気は弥生と似ている地味女なのに、言われっぱなしだった弥生とは違う、気の強さのようなものを言葉の端に感じる。
「……あ……あなた達こそ、賢人君は迷惑してるでしょ。か……彼は私といたいって言ってくれてるもの」
「はぁっ?! あんたみたいなマグロ女、賢人が満足するわけないじゃん! 第一、昨日だってあんたと会った後、うちとラブホでやったからね。あんたじゃ満足できないからでしょ。あんたもうちらと同じセフレ。勘違いもいい加減にしなよ」
あぁ……、賢人最悪だ。
相変わらず最悪だ。
弥生は、非常階段を降りるも引き返すもできず、四角関係( ? )の言い合いをただ黙って聞いていた。
「わ……私は大事にされてるんだから! 初めてで怖がるから手を出さないでくれてるのよ。あ……あなた達は……賢人君の性欲の捌け口なだけで……」
「あんた、賢人と寝てもいないの? 捌け口にもされない女がうろちょろするな! 」
「いつも可愛いってハグしてくれるし、うちに来て夕飯とか食べてくれる。三咲のご飯美味しいって……」
言われるだけで泣き寝入りしそうな見た目で、三人の派手女に泣きながらだけれど食ってかかれるのは凄いと思った。ただ、三咲(黒髪女子の名前と思われる)にそんな甘い態度をとる賢人を弥生は想像できなかったが。
いつだって俺様で、今まで料理を作っても美味しいの一言だって言われたことはなかったし、ほんの一瞬付き合っていた時だって、意地悪や命令はされても、甘い言葉なんか一ミリも吐かなかったから。
派手女達の賢人のイメージとも違ったのか、三咲の言うことを三人は鼻で笑った。そしてさらに三咲にキツイ一言を投げ掛けようとした時、スマホの着信音が鳴った。
「……はい」
鳴ったのは三咲のスマホで、三咲は鼻をグズグズいわせながらスマホにでた。この状況ででちゃうんだと思ったのは弥生だけではないだろう。
しかも、今の状況を説明までしているようだ。
「……うん、北校舎の非常階段。うん……うん、待ってる」
三咲はスマホの着信を切ると、涙を拭いながら派手女達にくっきりはっきり言った。
「賢人君が来てくれるから、私じゃなくて賢人君に言ってください。それで賢人君があなた達を選べば私はちゃんと諦めます。でも私を選んでくれたら、もう二度とこんなことしないで」
「ちょっと……あんた……賢人呼び出すとか……」
「行こ、行こう! 付き合ってらんないよ」
派手女達はこんな現場を賢人に見せられないと思ったのか、三咲を置いて北門から小走りで出ていった。その派手な後ろ姿が見えなくなった頃、上の階のドアが開いた音がし、カンカンとリズミカルな足音が近づいてくる。
下には三咲が、上からは賢人。
どうしよう?!
すぐ真上の階まで足音が近づいた時、弥生はすぐ脇のドアに手をかけた。素早く開け、体を滑り込ませる。
ドアは音もなく開いてくれ、弥生は閉まるギリギリでドアを押さえてガチャリと音が鳴るのを防いだ。
賢人のものと思われる足音が非常階段を降りていき、弥生はそっとドアを開けて再度表に出た。最新の注意を払い音がしないようにドアを閉める。
あのまま校舎の中に入って、中階段を使えば良かったのに、何故戻ってしまったのか、まるで覗き見するように賢人と三咲を上から見て目が離せないのかわからなかった。
「賢人君……怖かったよ」
三咲が賢人にしがみつき、賢人はそんな三咲の肩を抱いていた。
あの子、賢人と手を繋いでいた子だ。
二人が一緒にいるところを見て、三咲が前に賢人が手を引いて歩いていた子と同一人物だと気がついた。
賢人から手を繋いでいたあの子。
弥生の胸がズキリと痛んだ。
「私……賢人君の彼女なんだよね? 私だけだよね? 」
賢人の低い声は小さすぎて弥生のところまでは届いてこなかった。
でも、何かを三咲に囁いたようで、三咲は賢人にギュッときつく抱きつく。
見たくない!
弥生はギュッと目をつぶり耳を塞いだ。
どれくらいそうしていたか。
弥生が再び目を開けた時には、すでに賢人と三咲の姿は見えなくなっていた。
弥生は細く長く息を吐き、ゆっくりと階段を降りた。
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