第25話 大学生になりまして
「弥生ちゃん、学食行こ」
大学生になった弥生は、高校の時のまま地味子を貫き通していた。
黒い髪の毛は黒いままストレートで、跳ねるのを隠す為に一つに縛り、黒縁眼鏡の下はリップすら塗っていないスッピンだ。バイトの時はさすがに接客業の為リップだけは塗るが、それも花梨のお下がりを押し付けられてしょうがなくという感じでだった。
「今日、私お弁当だ」
「なら、購買でパンにしようかな。中庭で食べようか。弥生ちゃん場所取りよろしく」
「はーい」
グロスでプルンプルンの唇で可愛らしくニッコリ笑みを浮かべ、茶色でクルフワな髪の毛を弾ませて走って行くのは、同じ大学に受かった花梨だった。
元から可愛らしい顔立ちはしていたが、大学生になってかなりイメチェンしたらしい。弥生とは対称的に化粧や髪型はバッチリで、清楚系お嬢様な見た目を作り上げていた。弥生の前ではたまに毒を吐いたりするものの、新しい大学関係者の前では純情可憐を装って、男女問わず交流相手を増産していた。
弥生の大学はいわゆるマンモス大学で、かなり広い敷地に多岐に渡る学部が存在する。一・二年は進学過程としてどの学部も同じ校舎に詰め込まれていた。三年以降の専門過程になれば、同じ敷地内にある学部もあれば田舎に飛ばされることもあるようだが、弥生の通う文学部は四年まで移動はない。そして、同じ大学の理工学部に進学した賢人も大学院まで同じ敷地だったりする。
そう、高三になり文系理系で別れ、これからはかぶることは一生ないだろうと思っていたのに、何故か蓋を開ければ学部は違うものの同じ大学、基礎講座は半分くらいかぶり、またもや同じ教室で見かけるようになってしまった。
しかも、親達が勝手に仕組んで独り暮らしのアパートは隣同士に……。
なるべく賢人を視界に入れないように頑張る弥生だったが、今日も今日とてイケメンぶりを発揮して賢人ハーレム女子(大学生バージョン)達を引き連れて歩いている。
花梨はハーレム女子達に睨まれながらも、賢人に話しかけたりしていたが、弥生は賢人の近くでは空気を貫いた。そのせいか、回りの子達には花梨が賢人の幼馴染み(中学は一緒だから間違いではない)で、弥生はそんな花梨の友達という立ち位置だった。
平和……。
誰からも突っかかれることなく、嫌がらせも受けない。
弥生は初夏のサラリと気持ちのよい空の下、花梨がくるまでの間中庭にあるテーブルベンチに座り、ボケッと風景を見ていた。弥生はスマホゲームはしないし、連絡を密にとる友達もいない。花梨も尊(学部は違う)も同じ大学で毎日顔を合わせるからメールの必要性を感じないし、バイト関係もそんなしょっちゅうは連絡はこない。
なので待ち時間もスマホの活躍はなく、ただただボケッとするのみ。
本当に何も考えずに青々と生い茂る木を見ていた。
こんな時の弥生は保育園時代のだんごむしを観察していた頃の弥生のままで、放っておけば何時間でもボケッとある一点のみを見続けることができた。
できる筈だった。
そんな弥生の視界の隅に、一組のカップルが現れた。
ごく自然と手を繋いで歩く二人。
特別イチャイチャしている訳でもなく、逆に手を繋いでいても二人の距離は少し遠い気もする。初々しい付き合いたての雰囲気をかもしだしていた。
普通なら弥生の気を引くものではない筈だった。
「有栖川君……? 」
男性の方が有栖川賢人でなければだ。
弥生の声が聞こえたのか、聞こえてないのか、賢人の視線が弥生をとらえた気がした。しかし、立ち止まることなく歩いて行ってしまう。
弥生の視線は賢人の手から離れず、二人の後ろ姿を凝視していた。
賢人の連れていた女子は、賢人にまとわりつく肉食系女子とは正反対にあるような小柄で純朴そうな子で、顔を真っ赤にしながら賢人に手を引かれるように歩く様は、小動物のお散歩のようだった。
「手……繋ぐんだ……」
今までの取り巻きとは明らかにタイプの違う子、しかも賢人から手を繋いで歩くなんて、弥生と付き合っていた頃の賢人以外見たことがなかった。
弥生は自分でも訳のわからない衝撃を受け、視界が狭くなるような変な感覚に襲われた。
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