第24話 高校生活最後の日

 賢人と付き合ったのはほんの数ヶ月、手をつないだだけの関係だった。

 彼氏とカウントするかどうか悩むくらいだ。


 あれから、賢人ハーレムが再編集され、賢人が以前の賢人に戻った途端、弥生に向かっていたイジメが嘘みたいになくなった。

 高校二年は賢人と同じクラスになったが、高校三年は賢人は理数系弥生は文系だったから生まれて初めてクラスが別れた。

 三年の終わりくらいになると、賢人と弥生が付き合っていたということは都市伝説レベルの噂話になり、下級生などは明らかに信じていなかった。


 高校生活最後の日、弥生は卒業証書の入った筒を片手にを教室を後にした。

 みな、最後の別れを惜しんだり、大学生になっても遊ぼうねなど盛り上がっていたが、弥生にはそんな高校生活を惜しむような女友達はできなかった。若葉や楓とは、あのイジメ以来疎遠になっていたし、弥生自体がなじもうとしなかったせいでもある。


「弥生ちゃん、帰るの? 」


 下駄箱で上履きを上履き入れに入れ、ローファーに履き替えて顔をあげると、幾分か男の子らしくなった尊が立っていた。

 それでも線は細く顔立ちは可愛らしい。身長は伸びたようだが、男子にしたらやや低めかもしれない。


「凄い格好ですね」


 尊の制服のボタンは全部なく、Yシャツのボタンすらところどころなかった。

 尊は恐怖したように自分の制服を見下ろす。


「マジで女の子怖い」


 青ざめた表情は本心からの呟きに思えて、弥生は苦笑を浮かべた。


 今頃、賢人はもっと酷い姿になっているんだろうな。


 幼馴染みから恋人へ、そしてまた幼馴染みへと戻った賢人とは、あれ以来接触がなかった。飯を作れとも部屋を片付けろとも言われることがなくなり、家政婦のように有栖川家に呼び出されていたのが、パッタリとなくなっていた。もちろん、毎朝手を繋いでの登校もなく、同じ時間に家を出るものの、足の速い賢人の遠ざかっていく背中を見つめるだけが、弥生の日課になっていた。

 弥生の視線はいつも賢人の左手に集中していた。男の子にしたらすべすべでふしのあるスラリとした手。毎朝弥生の小さな手を包み込むように握っていた体温の高いその手は、あれからいつもグーの形に握られていた。

 一人の時も、賢人のハーレム女子をはべらかせている時も。

 賢人から誰かの手を握ることはなかった。

 それを見て、なぜかホッとする弥生だったが、なぜ賢人の手に目が行くのか、誰の手も自分からは繋がない賢人を見てむず痒いような自分でも理解できない気持ちが沸き上がってくるのか、さっぱり理解できなかった。





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