第18話 熊さんパンツ、買いにいきます
「「ハアッ?! 」」
すでに二回目となるお願いだったが、若葉達には初耳なことなので、かなりギョッとして尊をマジマジと見ていた。
賢人は無表情で尊を見ているが、その視線は氷つきそうなほど冷たい。
「だから、渡辺さんのパンツをね、じっくり見たいんだって」
「へ……変態? 」
若葉はすっかりひいてしまったようで、弥生の腕にしがみついた。
「な……なんかね、鍵谷君の妹さんに熊さんパンツプレゼントしたいんだって。熊さんが大好きだから」
「そう。麗は熊さんのコレクターなんだよね。でも、なんの熊さんでもいい訳じゃなくて、表情?とかこだわりがあるみたいなんだよね。で、買う前に確認したいなって」
尊はスマホをゴソゴソいじり、写メを一枚見せた。今度は等身大の熊の人形に抱きついている写メだった。
「可愛い……」
「でしょ、でしょ! 佐々木さん見る目ある! 」
尊は楓の手を握って振り回した。楓は困り顔を少し赤らめて手を引っ込める。
「……ロリコン。いや、シスコン? 」
若葉は相変わらず尊にひいている。
「うちの麗は可愛いんだもん。しょうがないじゃん。でね、当たりの熊さんをプレゼントすると、大喜びで抱きついてくれるんだよ」
デレデレと相好を崩す尊に、皆ドン引きだ。
熊さんパンツを兄からプレゼントされて、年頃の少女が大喜びするものだろうか?
兄弟はいないが、もし兄からパンツなんかプレゼントされても絶対に喜ばない自信がある。女子三人は同じことを考えていた。
「弥生、そのパンツってどうせ近所のスーパーの二階で買ったんだろ」
「……当たり」
どうせ……って言葉は悪い気がするが、確かにきちんとしたランジェリーショップで購入したものではなく、近所のスーパーの二階の下着売り場で三枚千円で買った物の一枚だ。
ちなみに、他に猫さんと兎さん柄とセット売りになっている。
「なら、履いているの見なくても、あのスーパーに行きゃいいだろう。同じスーパーなら、同じのあるかもだから。アイユウってスーパーだよ」
「アイユウ……、あった。これかな? 」
楓がスマホで検索して、ついでに下着も検索する。
ネットスーパーの品物の中に、確かに弥生の履いているパンツもあった。
「これだ」
「これ? でも、柄がよく……」
尊は唇を尖らせて画面を食い入るように見る。
「わかった。じゃあ、今日一緒に見に行く? さすがに履いてるのは見せられないから」
「いいの?! お願い! 」
弥生は若干ホッとする。
生パンツを見せろと詰め寄られても困るからだ。
「いいよ。でも、電車乗るけど大丈夫? 」
「OK。じゃあ一緒に帰ろう」
「俺も行く」
「えっ? 」
弥生と尊が一緒に帰る約束をすると、賢人も会話に入ってきた。
「だって部活は? 」
「今日はない」
賢人はシレッとした顔で嘘をつく。
今日は他校との練習試合で、一年の賢人は試合には出ないが、応援に行かないといけなかったのだが、賢人は勝手に休むことを決めていた。
「そう? ならいいけど」
この時弥生は、美形の賢人に美少年の尊を引き連れて女性用パンツを買いに行く……ということを正確に認識できていなかった。
★★★
「渡辺さん、お待たせ」
帰りの会が終わり、帰り支度をしていた弥生の元へ尊が満面の笑みでやってきた。
「ほら、一緒に帰ろ。早く行こう」
よほど妹の為に下着を買いに行くのが楽しみなのか、尊はテンション高く弥生の腕を引っ張り、腕を組んできた。
「えっと……あの」
回りの女子の視線が痛い。
賢人ほどモテないとはいえ、尊もかなり人気が高い男子だ。そんな男子が弥生と親しく喋り、なおかつスキンシップ過多に接してくるのだから、モブの癖に何事?! と思われているのを肌にヒシヒシと感じてしまう。
「近ーよ」
賢人がベリベリと尊を引き離す。
「ヤキモチ? 有栖川君って、何気に余裕なさげ? 」
「うるせ! ほら、行くんだろ」
今度は賢人が弥生の腕をつかんで歩きだし、弥生を挟んで反対側に尊が小走りにきて並んだ。
「そんな連行するみたいに歩かなくても。ね、弥生ちゃん」
賢人がギロリと尊を睨む。
「だって、一緒に帰って買い物に付き合ってくれるくらい仲良しになれたんだから、名前呼びくらいしてもいいよね? ね、弥生ちゃん。僕のことも、名前で呼んでね。尊君でも、みこっちゃんでもいいよ」
賢人には右手をグイグイ引っ張られ、左側からは尊に手を握られ、弥生は訳がわからなくなる。
「あの、靴……、靴かえられないから手を離して」
下駄箱についても二人共手を離してくれないから、弥生は困ったように二人を見上げた。
背の小さい弥生からしたら、普通の身長の尊だって大きく思えるし、180近い賢人は威圧感が半端ない。できれば適正な距離を保って欲しい。
「ほら、有栖川君離して」
「おまえが離せよ」
あぁ……視線が痛い……。
ヒソヒソ話されて遠巻きに見られているのがわかり、弥生はこの場から消えてしまいたかった。
何故このキラキラしい二人が自分にこんなに密着するのか……。
とりあえず早く学校から離れたい! そんな思いで賢人を下から見上げる。
「有栖川君、これじゃ靴が取れません」
「お……おう」
賢人は手を離しすことなく、弥生の下駄箱から靴を取り出し、弥生の目の前に置いた。そして、上履きに手をかけて弥生の上履きを脱がせようとする。
「ほら弥生ちゃん、僕につかまって足上げて」
あっという間に靴を履き替えさせられ、弥生の耳に「キャー! 」という女子達の悲鳴が響く。
履き替えさせてなんて頼んでない!
唖然としている間に賢人も尊も靴を履き替え、二人は弥生から手を離すことなく学校を出た。
校門をくぐり、駅に向かううちに生徒の数は減り、電車に乗ると同じ学校の生徒はいなくなった。
けれども、目立つ二人がどこからどう見ても地味で普通の女子高生の手を握っているせいか、見ず知らずの乗客がチラチラと視線を投げてくる。
「あの……別に逃げないし、手を離してもらえませんか? 」
「こいつが離したらな」
「やだよ。弥生ちゃんの手って、麗の手みたいにちっちゃくてプクプクで触り心地いいんだもん。最近さ、うちの麗が手を繋ぐとウザイって怒るから、手繋ぎロスなんだよ」
そりゃ小学生も高学年になれば、兄妹で手を繋ぐのを拒否するようにもなるだろう。
「両手繋がれているのは、なんか拘束されてるみたいで嫌」
「なら、いっせーので離そう。いい? 有栖川君 」
「おまえも離せよ」
二人で「「いっせーの」」と言ったところで、弥生が力業で手を引っこ抜いた。
「あー、これでかける」
頭をボリボリかき始めた弥生を、男子二人は微妙な表情で見つめた。
誰もがうっとりとする美形賢人、可愛らしくキュートな尊に挟まれ、誰が見ても羨ましがられるシチュエーションの筈なのに、あくまでもマイペースな弥生だった。
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