第17話 乱入中! 暴露される

「そう、それだけだ」


 賢人の低く抑揚のない口調に、弥生はホッとして目を開けた。

 弥生以外の三人はピシッと固まり、笑顔がチャームポイントの尊でさえ、真顔で箸を握り締めている。


「生まれた時からお隣さんだし、保育園から一緒。小学校も中学校も同じクラスだったな。小さい時は一緒に風呂に入ったりもしたから、右の尻に黒子が三つ並んでいるのを知っているくらいの仲ではあるな」

「な……な……」


 確かに弥生のお尻には三つ並んだ黒子がある。

 といっても、弥生も直に見たことはない。鏡に写してまで確認することでもないし、体の固い弥生がどんなに頑張っても直に見れる場所じゃないからだ。

 赤ん坊の時のスッポンポンの写真に写っていたのと、母親談で知っているに過ぎず、いまだにあるかはわからない。


「写真! 赤ん坊の時の写真で見て知っているんでしょう?! 」

「どうかな」


 賢人はシレッと惚けたふりをする。


「有栖川君、女の子の恥ずかしい話ししちゃダメだよ」

「別に恥ずかしくないだろ。黒子なんて誰にでもあるし」

「場所が問題だろ」


 ヘニョッとした困り顔の尊に、賢人は全く悪いと思っていない様子だ。


「つまりは、それだけ弥生ちゃんと親しいってことだよね? 」

「親しい……っていうか」

「いうか? 」


 賢人の無表情が怖い!!


「っていうか……、親しい幼馴染みです、ごめんなさい」


 実際には、そこまで親しいつもりはなかった。彼女だけど……。

 昔から距離をとってきたのは弥生だったから、幼馴染みと言っても、お隣さんだったりしても、たまに隣家の家事手伝いをしてたりしても、意識は顔見知り程度しかなかった。

 賢人が飽きるまで限定の彼女だと認識していたし。


「ほら、有栖川君と家が隣だとか、夕飯をたまに作ってるとか言うと、すっごく恨まれるんだよね。あんたみたいなモブがってさ。だから、必要以上に親しくならないように、回りにばれないようにって……」

「うん、なんかわかるよ」

「わかる」


 若葉達の柔らかい言葉に安堵のタメ息をつき、弥生は苦虫を磨り潰したような顔をしている賢人に視線を向ける。


「有栖川君のとりまきって、派手な肉食系が多いから、目をつけられたらちょっと怖いかもね」


 楓の言葉に若葉がウンウンとうなずく。


「別に、俺が集めた訳じゃない」

「確かに、有栖川君と親しいってのは内緒の方が無難かもしれないけど……もう遅くない? 」

「え?」


 皆の視線が尊に集中する中、尊が口元に手を当てて考える。


「えーとね、ほら僕朝の現場にいたじゃん。あの時さ、有栖川君渡辺さんから渡されたラブレターは捨てなかったじゃん。いつもはそっこーごみ箱行きなのにさ」


 若葉達が預かった賢人宛てのラブレターを弥生が渡しただけなのだが、確かに賢人はすぐには捨てていない。見るつもりもないし、家のごみ箱行きになるだけで、すぐに捨てるか後で捨てるかの差しかないのだが。


「そうだね。何で? いつも有栖川専用ごみ箱行きじゃない? 」


 有栖川専用ごみ箱、設置したのは学校側だし、賢人のみが使用している訳ではないが、賢人の下駄箱近くのごみ箱の名称だ。下駄箱に入れられたラブレターや貢ぎ物が捨てられるからついたのだが、最初は小さなごみ箱だったのが、あまりに溢れるものだから、最近大きなごみ箱に代えられたばかりだ。


「こいつが渡してきたから」


 賢人の言葉が足らず、皆理解できない。「こいつ」呼ばわりされた弥生すらわかっていなかった。


「渡辺さんが渡した物は受け取ってもらえる……ってこと? 」

「いや、結局は捨てる。とりあえず受け取ったていでいるだけ。前にこいつ、実は渡してないだろ的なこと言われてからまれたことあったから」


 弥生はびっくりして賢人を見た。賢人関係で弥生がからまれたことを、まさか賢人が知っているとは思わなかった。しかも、対策まで考えて実行しているとは考えもしなかった。


「今回は逆効果かな? なんか、渡辺さん経由だとラブレターを受け取ってもらえるらしいって、光速で女子の間に広まってたよ」

「ゲッ! 」


 思わず女の子らしからぬ声がでてしまう。

 地味に目立たずをもっとうにしてきたのに、賢人関連で注目を集めてしまったらしい。


「ああ、弥生ちゃんが有栖川君の幼馴染みだってばれたら、紹介しろってわんさか集まってくるだろうね」

「家が隣とかばれたらヤバいね。家まで押しかけてくるかもだね」


 弥生は顔面蒼白になり、これからの高校生活を思って目眩すらしてくる。

 若葉も楓も御愁傷様というような表情で、弥生の肩を叩く。


「とりあえず、中学の同級生らしいってのは出回っちゃってるから、有栖川君の元カノの友達なんだとか適当にごまかせばいいよ。って、有栖川君彼女は? いないよね? 」


 賢人はジッと弥生を見、弥生は冷や汗が背中を伝うのを感じた。


「いる」


 何故か皆の視線が弥生に集まり、弥生はウロウロと視線を泳がせる。


「一応、誰か……とか聞いていい? 」

「言わない」

「うちの学校……だよね? 」


 それくらいならと、賢人はうなずく。


「三年生ではないよね? 二年生でもないよね? 」


 賢人はコクコクとうなずく。


「えーと、この中の誰か……だったりする? 」


 それ!

 うなずかない!!

 ばれちゃってますから!

 口には出してないけど、ばれまくってますから!!


 言葉を発せずただうなずく賢人に、信じられないものを見るように目を見開き、弥生は開いた口が塞がらなかった。


「うん、わかった。でも、内緒にしたいんだよね? 」

「本人の希望」


 内緒になってませんから!

 どうせ賢人が飽きるまでの短期間の彼女なんだから、誰にも知られずに終わりたかったのに!


 弥生は頭の中ではさっきから叫びまくっていたが、唇がプルプル震えるだけで、何も言うことができない。


「じゃあやっぱり有栖川君は他校に架空の彼女を作って、渡辺さんはその友達ってスタンスでいいんじゃないかな。それなら、それなりに親しくても嫉妬されないだろうし」

「うん、うちらもそういう噂流すよ。怖い先輩とかに目をつけられたら大変だもん」

「気軽にそういう先輩達と交流持った有栖川君に問題ありだと思うけど。まさか、二股とか三股とか多股とかしてないよね? 」


 楓が軽く睨んで言うと、賢人は「多股って何だ? 」とつぶやくだけで、特に返事はしなかった。


 弥生的には賢人が誰と何をしてくれてもかまわない訳で、二股だろうが何股だろうが、その中に自分が入らないならどうぞお好きに!と言いたいところだ。


「弥生ちゃん! 本当にいいの?こんな浮気性な彼氏で?! 」


 確定しちゃったよ!


 賢人が弥生の彼氏認定された瞬間だった。


「いや、まぁ、何て言うか、それが有栖川君だからね」


 精神的にドッと疲れてしまった弥生は、否定することも面倒になってしまう。


「凄いなー。渡辺さん懐が深いんだね。その懐の深さで、渡辺さんの熊さんパンツ、もう少ししっかり見せてくれないかな? 」


 熊さんパンツのことなどすっかり忘れていたが、この集まりの原因となった熊さんパンツ。尊の頭の中では、弥生と賢人のスキャンダルよりも、よほど妹が喜ぶだろう熊さんパンツの情報の方が有用なのであった。


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