数字を並べて1、2、3、4

「村長ぅ村長ぅ、これ、これほしいよぅ」



「ん、どれだい?」



 この場所に関しての報告などを市役所でお偉方に報告したり、買い物をしたりする際、私は静岡市の駅前に立ち寄るのだが、デパートなどで様々なパンフレットを持ち帰ってきては狐の子どもたちにそれを見せ、菓子についての知識や作り方、どれが気に入ったかなどを話してコミュニケーションをとっている。



 ここに来てひと月、ここでの生活に私は大分慣れ始めていた。



 感慨に耽りながら二つ結び、いわゆるツインテールの子の喉を撫でていると、布団を物干し竿から取り込んでいた一つ結び、サイドポニーの彼女が呆れた顔をしてこちらに歩んできた。



「もうっ、あんまり村長さんに甘えてばかりだと駄目でしょう」



「え〜でも、これ美味しそうなんだよぅ」



 せめてお布団を取り込むのを手伝ってから。と、サイドポニーの彼女がツインテールの彼女の額を軽く弾いた。

 そしてそのサイドポニーの彼女がどこか物欲しそうな顔で見上げてきていることに私は気が付き、少し考え込む。

 ああ、撫でてほしいのだと察する。



「お布団の取り入れ、ありがとうね」



「うんっ」



 そうやって狐の子たちと戯れていると、リンっと鈴の鳴る音が聞こえ、私は振り返ってその音の出処に視線を向ける。



「馴染んでいるのぅ。というかチビたち、かくれんぼは最後までやらんといかんじゃろう。生きとし生きるものすべてを呪い殺すかのような負の雰囲気で三角座りしとったぞ」



 ひと月前、私がプロポーズした九つの尻尾を持つ女性、彼女こそがこの村の長で、子どもたちのまとめ役のベリルさん。そんな彼女が小脇に三つ編みの子を抱えていた。



 三つ編みの子は瞳いっぱいに涙を浮かべており、小声で「許さんぞ、許さんぞ」と恨み言をつらつらと放っていた。



「あ、のこと忘れてたよぅ」



「お、お布団の取り入れ時間だったから。ごめんね」



 私はベリルさんに近づき、彼女の頭に一度触れた後、サンコちゃんを受け取る。

 彼女を抱えた瞬間、サンコちゃんはすぐに抱き着いてきて涙を私のシャツで拭うように頭を左右に振る。

 拭うつもりはないのだろうけれど、それほど寂しい思いをしたのだろう。

 私は彼女の頭を軽く抱きしめ、ゆっくりと撫でる。



「よしよし」



「う〜、イチコとニコがあたしをほったらかす、ほったらかす」



「イチコちゃんとニコちゃんも悪気があったわけじゃないから、ね?」



 だからこそ性質が悪いと強く責めることが出来ない現状を、サンコちゃんは憂いているようだった。

 そんな理不尽に震えているサンコちゃんを宥めているとベリルさんが首を傾げていた。



「なんで妾は撫でられたんじゃ?」



「そこに可愛らしいお顔があったので」



「…そうか」



 最近、ベリルさんの反応が薄いように思う。

 これはいよいよ慣れてきてくれたのだろうか。

 前向きに考えると私がそれだけ彼女の生活の中に浸透しているともいえ、後ろ向きに考えるならば飽きられている。

 これはそろそろ別のアプローチを考える時なのかもしれない。



「最近、主の考えが手に取るようにわかるようになってきたのは不本意じゃが、毎日どころか1時間に1回そんなことを言われれば誰だって慣れるじゃろう」



「いつの間にか以心伝心の領域にまで来ていたんですね」



「主よ、そういうところじゃぞ」



 ベリルさんがひどく呆れたように息を漏らした。



 そもそも彼女は順応性が高いように思う。

 元々賢い方なのだと思うが、こうして無理矢理生活に入り込んだ私を彼女は二日目には諦めに近いような雰囲気で受け入れてくれた。



 これではどのような言葉にもすぐに慣れてしまうのも頷ける。

 しかし私は彼女の赤くなった顔が見たいのであって、呆れ顔を見たいわけではない。いや、あれはあれでいいものだが何か物足りない。



「まあここひと月での主の働き、感謝していないわけではないからの。国への妾たちの所在の確立、みなが食うに困らない生業の提案、それに関しての認可。それだけではなく、妾が力を貸したとはいえ互いの不可侵まで結びおったからな。それと何よりたちが懐いておるしの」



 プロポーズの後、私は区役所を辞めた。

 しかしただ辞めるだけではきっと認めてもらえないと思い、この村の問題をすべて解決することを条件に、それを認めてもらった。

 もっともまだ問題は山積み、少しずつ進めているのが現状で、役所の仕事をしている時間がまったくなかったために若井くんにすべて引き継ぎ、この村を第一に考えたかったというのが役所を辞めた理由であるが、区役所の人たちには色にボケたと思われているのが多少なり不満ではある。



 ちなみに先にあがった数子というのはイチコちゃん、ニコちゃん、サンコちゃんと他2名からなる子狐たちの総称で、中々に雑な命名だと思ったがその名付けの親であるベリルさんにはそのことについては口にしない。



 しかしこうやって真正面から称賛されたのは初めてで、ついそれに関してもっと深く聞いてみたくなった。



「その頑張りに対して何か褒美はないんですか?」



「どうせ主は財や名声などには興味ないんじゃろう? なら妾が与えられるものなど何もない」



「私にもっとあなたを教えてくれればそれで満足ですよ」



「勝手に知ったらいいじゃろう」



 ほんのりと頬を赤らめ、不貞腐れたように言うベリルさんが可愛くて仕方がないのだが、この気持ちをどこに放出するべきか真剣に悩んでしまう。



 私はサンコちゃんを抱えていない方の手を伸ばし、ベリルさんの頬に触れる。

 きめ細かく柔らかい感触に理性が吹き飛んでいきそうになるが、それをグッと堪えて彼女の縦に長い瞳孔を見つめる。

 美しい。純粋にそう思った。彼女の話から推測するに、きっと私では想像できないほどの長い時間を生きている。

 そんな彼女の生の中でこの瞳は何を映してきたのだろうか。

 好奇心、ではない。ただ知りたい。この瞳が見てきた世界、今瞳に映る私は彼女にとって一体どのように映っているのか。



 赤らんだ顔で見つめ返してくるベリルさんとこのまま2人どこかに消えてしまえれば、そんな風にも考えてしまう。

 そして彼女が震える唇をグッと閉じて目を瞑ったところで――。



「ねえねえ村長、村長」



 夢うつつの微睡み、揺蕩う意識は純粋な魔法、その刹那にも似た一時の魔法は無垢な魔法使いに解かれてしまう。



「ん、何かなサンコちゃん」



 私はベリルさんの頬から手を離し、腕の中にいるサンコちゃんに目を向ける。

 彼女はニコちゃんが見ていたカタログを指差しており、その中のシロップでコーティングされたフルーツが乗ったタルトに興味津々なようだった。



「あれ美味しい、美味しい?」



「フルーツがとっても瑞々しいし甘酸っぱくて美味しいと思うよ。今度一緒に作ってみようか?」



 蜜でコーティングされたフルーツのように瞳を輝かせたサンコちゃんが勢いよく頷いた。先ほどまで泣いていたのが嘘のようだ。

 今度材料を買ってこよう。



 そうしてサンコちゃんをイチコちゃんとニコちゃんの間に下ろすと、ベリルさんが恨めし気な表情で袖を引っ張ってきた。



 私は顔に出さないように、あくまでもしらを切る。



「どうかしました?」



「…なんでもない」



 なんだかんだ認めてもらえているのだと思う。ここに来てすぐの時はそれはもう、ベリルさんからの敵視するような視線に心を痛めたものだが、この村のために出来ることをすべて彼女に話し、それを実行すると約束した。

 しかしそれでも彼女は訝しんでいたが、狐の大好物として挙げられている油揚げをプレゼントしたところいたく気に入ったようで、その影響か今の雰囲気に落ち着いた。



 ベリルさんは多少チョロいところがあるが、先ほども思ったとおり聡明なのだと思う。

 どれだけ私を排斥しようとしても無駄なのだと理解しているのだろう。



 そんなことを考えながら、私はふと腕時計に目をやる。時刻は午後2時を過ぎて半分に差し掛かろうとしていた。



「そろそろヨンコちゃんが帰ってきますね」



「もうそんな時間か、彼奴は時間にかんしては真面目だからのう、ピッタリに帰ってくるはずじゃ」



「数子ちゃんたちの中ではイチコちゃんの次に真面目だと思いますよ」



「主が来るまではの。それに真面目と言ってもイチコはボケているし、ヨンコもまさかに惑わされるとは思いもよらなかったぞ」



 ボケていると言われたイチコちゃんが頬を膨らませたために私は彼女を抱えあげ、耳を折りたたんで付け根を巻き込んでなでなでとする。

 イチコちゃんが嬉しそうに喉を鳴らしたのを確認して地面に下ろすと彼女の手をとる。



 ベリルさんがどこか不満げなのは今話に出たヨンコちゃんが関係しているだろう。

 彼女は確かに真面目で、数子ちゃんたちの中では最もベリルさんを慕っていた。

 しかし私が余計な甘言に引き込んでしまったために、ベリルさんは納得できていないのだと思う。



 私はベリルさんと数子ちゃんたちを連れ、ベリルさんが住んでいる村で一番大きい家屋に足を進ませる。

 その家屋にしかこの村には調理場がなく、を終えたヨンコちゃんを満足させるためにここの調理場を使うしかない。

 と、名目上はヨンコちゃんの仕事に合わせてのおやつタイムなのだが、一応数子ちゃんたちのために機能させている。



 とはいえこの調理場、私が来る前は窯と薪、七輪と刃物と皿くらいしかなかったために、大急ぎで水回りの工事、LPガスを持ってきて電気を引っ張ってきてのライフラインの確立、これに関しては国がすぐに応じてくれたために非常に助かった。

 その後私の実費でシステムキッチンを取り付けたのだが、やはりそこそこの金がかかってしまい正直落ち込んだ。しかしベリルさんもそうだが、数子ちゃんたちも目を輝かせて喜んでくれたからそれに関しては最早後悔はない。



 そんなことを思い出し、今や私の独擅場となっている調理場を見渡し、消えていった金がこんな素晴らしい物に変わったことを誇りに思っていると、ベリルさんがどこか蔑むように調理器具に触れた。



「しかしあれじゃな、人は随分と楽できるように色々な物を作るのう」



「出来ることが限られていますからね、割ける時間は割いておかないと生きることがままなりませんから」



「で、その割いた時間に時間を組み込むんじゃろう? 長く生きられんのに天下なんか取るからそうなるんじゃろ。いっそのことその天下も別の命に割いたらどうじゃ?」



「私の天下はベリルさんに割いているつもりですよ」



「神にでもなったつもりかえ? 天の下に妾が居るのは当然じゃ。妾が主から奪い取ったんじゃ、勘違いするでな――」



「あ、今日はお揚げをたくさん買ってきたので晩ごはん楽しみにしていてください」



 ラスボスのようなシリアスな顔をしていたベリルさんだったが、お揚げというワードに目を輝かせて九本の尻尾を天に向かって立てる彼女に、私はつい笑い声を漏らしてしまう。



「な、なんじゃ?」



「いいえ、ただ私は天下取りの戦いに負けてよかったなと思っただけです」



「お、オスなら負けなぞ誇るでない。強くないオスなど淘汰されて然るべきじゃぞ」



「ええ、ですから――」



 私はベリルさんに勝気な表情を向けてみる。



「あなたの隣にいることに関しては誰にも負けるつもりはありません。オスとして、それだけは負けないように精進するつもりです」



 恥ずかしがるように頬を膨らませ顔を逸したベリルさんから視線を外し、私は調理準備を始める。

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