金色コンコン数遊び。

 暫く車を進めてふと思う。

 この清水という区、いや静岡という市はそこそこの発展とそこそこの自然、海と山に囲まれ、気候も悪くはなく、雪にいたってはほとんど降らない。

 食べ物も酒も美味い。物価は確かに高いかもしれないが、私はここに住んで良かったと思っている。



 彼女たちがこの中途半端な場所に現れたのはここを気に入ってくれたからだろうか。

 いや、話してもいないのに憶測するなど相手にも失礼かもしれない。だけれどもしこの場所が好きだと言ってくれるのなら、私は彼女たちを歓迎したい。



「村長?」



「ああいや、話を聞いてくれるといいなと思ってね」



「大丈夫ですよ、なんか村長の話って聞きたくなるんですよね。こうなんていうか優しさがにじみ出てるっていうか、俺たちのことを考えてくれてるんだなって」



「そう思えてもらえたのなら僥倖だよ。彼女たちにも伝わるかな?」



「俺が保証します」



 頼もしい若井くんの言葉に目頭が熱くなるのを感じた。

 ここで私が弱気になってどうする。私は大きく息を吸い、手頃な場所に車を停める。



 山原にある山の獣道、この先に彼女たちの村がある。山の中のために当然駐車場はなく、車で来られるのはこの辺りまで、車を置いていかなければならないのは少し心配だが、ここからは歩くしかない。



「さて若井くん、ここから先は何があるかわからないけれど、私たちは私たちの仕事をしよう」



「はい!」



 車から降り、私と若井くんは獣道を進んでいく。

 一応、課長からもらった地図を頼りに進んでいるがこんな場所で迷ったら大事だ。慎重に、そして若井くんとはぐれないように足を進ませる。

 時折、藪が音を鳴らすが音が出るたびに怖がってはいられない。

 私は道だけでなく、自分も見失わないようにと若井くんに話しかけ続ける。



 そうして1時間ほど歩いた頃だろうか、開けた場所に出た。



「――」



 私は息を呑む。隣にいる若井くんでさえ、目の前の光景に目を見開いていた。



 子どもたちが元気に遊んでいる。そう、子どもたち。だが、私たちの尺度であの幼くも見える子たちを子どもと呼んでいいのだろうか。



「…村長」



 不安そうな若井くんの声に私はハッと我に返る。ここで立ち往生してどうする。状況を飲み込め、彼女たちは彼女たちなのだと適応しろ。

 深呼吸を繰り返し、若井くんの手を取る。そして早足で進んでいき、地図の備考に書かれているこの村の長がいるという建物に急ごうとするのだが、彼女たちの1人と目が合う。



「わ、人間さんだ」



「ホントだよぅ」



「ね、ね、お菓子は? お菓子は?」



 人懐っこく駆け寄ってくる子どもたち――いや、金色に輝く大きな尻尾と耳を生やした少女たちが飛び跳ねている。

 そう、彼女たちは狐の尻尾と耳を生やし、人の形をした存在だった。



 私は足を止め、彼女たちに視線を合わせるように膝を屈ませる。そして笑顔を浮かべ、いちごミルクのキャンディーをポケットから取り出す。

 いや、取り出したはいいが彼女たちはこれを食べることが出来るのだろうか。ふと湧いた疑問に、目を輝かせる少女たちに首を傾げて見せた。



「う〜んぅ?」



「君たちってこのお菓子を食べても大丈夫なのかな?」



「ちゃんと歯は生えてるよぅ」



「そうだそうだ、ちょうだい、ちょうだい」



 そういう意味ではないのだが。はて困った。もしこれを食べて体に異常が起こってしまったのならきっと苦しみ、大きな病院に行かなくてはならないだろう。ここにいる彼女たちはそれを拒むかもしれない。それではあまりにも不憫だ。出来ることなら話のできる大人に食べてはいけないものがあるかを聞きたい。



「ね〜ぇ?」



「ああごめんごめん、ただちょっと気になることがね。ああそうだ、せっかくだからまずはこの村で一番偉い人に挨拶しようと思うんだけれど、案内を頼めないかな? もし連れて行ってくれたらこの飴を1人3つあげるよ」



「…ホントぅ?」



 どこか訝しげな表情で3人の子どもたちが内緒話を始めた。これで引き受けてもらえるのならその方にお菓子のことを聞けるはずだ。



 とはいえ地図におおよその場所が書いてあるために居場所自体はわかっているのだが、彼女たちの煌めく瞳を無碍にすることは出来ない。



「村長凄いですね」


「ん、何がだい?」



 声を震わせている若井くんに視線を向け、私は首を傾げる。そこまで特別なことをしているつもりはないけれど、彼には変わって見えたらしい。



「俺、あの尻尾と耳を見ただけで頭真っ白になっちゃって」



「う〜ん? ああ、そういうことか」



 彼は怖いのだろう。人と同じ形をした異形、しかも彼女たちは一般人より体を鍛えている自衛隊や警察官を未知の力で追い払った。

 私だって怖くないといえば嘘になる。



 だからといってこの小さな子どものように見える彼女たちを、悪意ではなく好奇心で向かい合ってくれるこの子たちをどうして排斥出来ようか。私には出来ないよ。



 若井くんの肩を叩き、何でもないように笑みを向けていると、内緒話を終えた金色の子どもたちが私の手を取った。



「こっちだよぅ」



「ベリル様はあっち、あっち」



 手を引かれるまま、地図にも示された箇所へ足を進めていく。

 すると3人の内の1人が思案顔を浮かべて顔をコテンと傾けており、私はついその子の頭に手を置いてしまう。



「わ〜う?」



「ああ失礼、何か悩んでいたようだからつい」



 その耳に触れた瞬間、太陽の香りと形容される自然の匂いがフッと湧いて出て、私の顔がほころぶ。しかしあまり触っているのも悪いと思いすぐに退かすのだが、彼女がどこか物足りなさそうな顔で私の手を見つめており、ついには潤んだ目で見上げられてしまう。私は苦笑いで再度彼女の頭に触れ撫でる。



「わぅ」



「それでどうかしたのかい?」



「あ、うん。ベリル様、人間さんと会ってくれるかなって」



「どうして?」



 私が撫でているサイドポニーの彼女は、自分の尻尾を前に持ってきてそれを抱っこするように腕の中に収めるとベリル様という人物が怒っているのだと話してくれた。



「この間たくさん来たでしょう? その時ベリル様の尻尾を踏んづけちゃったから」



「え〜でもあれはベリル様も悪いよぅ。ただでさえ邪魔なのに出しっぱなしにするからだよぅ」



「邪魔、邪魔!」



 彼女たちにとってベリル様とは。



 私は足を止め、彼女たちと視線を合わせるように屈む。



「それはとても失礼なことをしてしまったんだね。私はまず、そのことについて謝りたいと思うよ。でもまずは会って、こうやって目を合わせないと会話は出来ない。だから私はそのベリル様に会わないといけないんだ」



 狐の子たちが顔を見合わせた後、私の目をジッと見つめてくる。私は彼女たちのこの瞳に応えることが出来るだろうか? いや、応えなければならない。何度もやってきたことだ、例え見た目が違っていてもそれは言い訳にはならない。



 小さく息を吸い、その瞳を一身に受けながら私は3人の子どもたちの頭を交互に撫でる。



「わふ」



「みゅぅ?」



「おおぅ、おおぅ?」



 小首を傾げる狐の子たちより一歩前に進む。そして振り返り、改めて案内をお願いすると彼女たちは咲いたような笑顔で駆け寄ってきて私の手を引っ張りながら移動を始める。



「お兄さんなら大丈夫かな」



「そっちの人が村長って言ってたよぅ」



「村長、村長!」



 懐っこくはしゃぐ3人を横目に私は笑みをこぼした。そして呆然としている若井くんに視線を向ける。



「ね、まずは話をしてみないと」



「…勉強になります」



 3人に案内されながら私は村の様子を窺ってみる。

 村、と形容したが建物は6つほどしかなく、1つを除いてどれも小さい。小さい建物は休憩所のような一部屋にしか見えない藁でできた家屋で、人の気配もない。

 住んでいる人たちが多いとは思っていなかったが、まさかこの子たち3人とそのベリル様しかいないのではないだろうか。



「ねぇねぇ、ベリル様に会ったらまずは何をするのぅ?」



 語尾を伸ばす二つ結びの彼女に尋ねられ、少し考え込む。何をするか。か――もちろん謝罪を先にするべきなんだろうけれど、それよりもしたいことがある。



 村で一番大きな家屋に足を踏み入れたのを確認し、私は辺りを見回す。そして二つ結びの彼女を撫でながらポケットから飴玉を取り出した。



「まずは君たちがこれを食べても大丈夫か聞こうかな」



「え〜、だからあたしたちもう歯も生えてるから食べられるよぅ」



「ああいや、そうじゃなくて――」



「人で言うあれるぎーやら何やらのことを言っておるのか? ふん、あまり妾たちを侮ってもらっては困る。主ら人のように軟弱な体など持ち合わせておらん」



 リンっと鳴った後、まるで珠のような可愛らしい声が響いた。私はその声の主に視線を向け、息を呑む。



「まあこの間来た連中と違ってそこなチビたちを気にかける姿勢は評価に価するがの。この間のむさ苦しい連中は武器をチラつかせ、やれここは何だ、お前たちは何だ、権利がどうたら等など喧しかったからの」



 ああやはり無礼を働いてしまったのか。いや、そんなことはどうでもいい。私は回らなくなってしまった頭で、彼女の足から天辺までをゆっくりと目を動かして見つめる。

 黄金に匹敵するほどの艷やかな腰まで伸びた金色の髪、小さな子どもたちとは違い、極々一般的な成人女性と相違ない体。

 その体を包んでいるのはTPOを弁えろと言わんばかりのゴシックロリータ。いや、時間や場所どころかもう少し見た目のイメージを大事にしてほしいとも思うが。もちろん似合っていないわけではない、むしろ似合っている。



「しかもあろうことか妾の尾っぽを踏みつけ買い取るだ――」



 ああそうだ、謝罪、謝罪をしなければならない。

 何より目を引く臀部から伸びる九つの尻尾。を通り過ぎ、私は彼女の程よく丸まっている尻から目が離せないでいた。



「む? なんじゃ妾のことをジッと見て。ああさては主、妾恐怖しておるな? そうじゃろうそうじゃろう、この尾っぽを前に震え上がらん者などおらんから――」



 ここに来るまで考えていた謝罪を口にしなければならない。

 度重なる無礼、申し訳ありませんでした。しかし我々はただ、貴方がたを知りたいだけなのです。こちらにはこちらの秩序があり、それを蔑ろにすることは出来ないため、どうか歩み寄っていただけないでしょうか?



「安産型ですね」



「のぇ…?」



 時間が止まった気がした。若井くんが金魚のように口を何度も開閉させ、子どもたちは首を傾げている。

 そして顔を赤くした九尾の彼女がゆっくりと腕を動かし、両手で自分の尻を覆った。



「度重なる無礼、申し訳ありませんでした。しかし我々はただ、貴方がたを知りたいだけなのです。こちらにはこちらの秩序があり、それを蔑ろにすることは出来ないため、どうか歩み寄っていただけないでしょうか?」



「そっちが先じゃろうが! 何故第一声であんな頓珍漢なことを口走ったんじゃ! そ、そもそも妾は人など好かん」



 これ以上言ったらきっとどこまでも赤くなり、最終的に医者も逃げ出すほど怒りを露わにするだろう。いや、ここまで真っ赤ならばあるいは――。



「食べ頃ですか?」



「誰が赤茄子じゃ!」



 こんな感情は初めてだ。女性と付き合ったことがないわけではないけれど、私は何事もない言葉や道を選んできた。その結果一緒にいても面白くない等と言われ、去って行くのがいくつかあった。けれど今の私は何だ? わざわざ相手が声を荒げるだろう言葉の選択、それどころかもっと彼女の赤くなった顔が見たいとすら思っている。



「よ、よいか? 妾の尻を見て何を思ったのかは知らんが、妾と主らは根本的に違う。それを捻じ曲げ、子を生すことは難しい。そもそも妾は人の子など孕みとうな――」



 私は約束通り子どもたちに飴を手渡した。柔らかい耳と頭を撫でながらこの飴は牛乳とイチゴの味だということを伝える。



「聞けぇ!」



「む、彼女たちはあなたのお子さんではないのですか? ここで暮らすのならやはり子に嫌われたくはない。そう思っての行動なのですが」



「何を勝手に決めておるんじゃ主は」



 私は薄型の携帯端末を起動して、様々なお菓子類が載っているページを子どもたちに見せる。きっと彼女たちはお菓子が好きなのだろう。



「このお菓子が美味しいよ」



「わ、わ、人間さん、これはなんていうお菓子ですか? キラキラしてて綺麗」



「ねぇねぇ、この黒いのはなんなのぅ? ちよこれーとぅ?」



「けーき? ケーキ!」



 掴みは上々。



「餌付けするなぁ! というかチビたち、何を人間に媚を売っておるんじゃ。飯なら妾がいくらでも――」



「お魚飽きました」



「ジャガイモはもういらないよぅ」



「飽きた、飽きた!」



 この子たちはここでの生活に不満があるようだ、ならばそれを変えてあげよう。最初は優しいおじさんで良い。でも段々と生活に浸透していき、ゆくゆくはこの子たちを味方につけよう。



 しかし体を小刻みに震わせた九尾の彼女が、突然尻尾の一本を妖しく光らせた。



「さ、さっきから聞いていれば妾を小馬鹿にしよって…」



 空気が鋭くなったのがわかる。その証拠に子どもたちが肩を震わせ、顔を伏せてしまっている。

 なるほど、怒ると怖いというわけか。



「人間、あまり妾を舐めると痛い目どころでは済まんぞ――」



 彼女の前に立ち、ゆっくりとした手つきで彼女の肩に手を置く。



「な、なんじゃ」



「一目惚れしました、結婚してください」



 嗚呼、何事もない人生よさらば。

 きっとどうかしてしまったんだと思う。狐の子どもたちもそうだが、若井くんも震えるほどの圧力、もちろん私もそれを肌で感じている。だがどうだろう、その鋭い気配すら今の私には愛おしい。



 対峙した者を押し潰すほどのプレッシャーが鳴りを潜め、どんどん小さくなっていくにつれ尻尾の光も消えていく。

 代わりに九尾の彼女が発光するんじゃないかというほど顔を赤らめ、羞恥からか体と口を震わせている。



「では返事は明日聞きに来ます」



 私は呆けている若井くんの手を取るとそのまま踵を返す。その際若井くんが何事かを口にしようとしていたが、最早私の耳には何も届いていない。



 ただ1つ、村を出る間際、九尾の彼女が「二度と来るなぁ!」と、叫んでいたのは聞き逃さなかったが、約束通り明日またここに来ようと思っている。



 さて、ここで暮らすための問題は山積みだ。1つ1つ解消していこう。

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