中華人民共和国が受け継いだ清朝の支配体制

 現在の中華人民共和国を構成する領土・民族は、清朝の広域にわたる多様な民族の支配体制を受け継いでいる。

 清朝は、多様な民族による複合的な国家であった。建立当初から国家制度は八旗制だったが、これは満州民族のみならず、内モンゴルの人々を中心としたホルチン部やチャハル部などのモンゴル民族、漢民族を含むものであった。非常に多様な民族により構成されており、満州民族による単一民族の王朝ではなかったことがわかる。彼らは八期に属していたので「旗人」と呼ばれた。なお、それぞれの位には差をつけながらも、陪都の瀋陽の扁額に満州文と漢文があること、ヌルハチの陵墓の扁額に満州文と漢文とモンゴル文があること、さらに、熱河の避暑山荘の麗正門にはモンゴル・ウイグル・漢・チベット・満洲の五つの代表的な民族の言語が記されていることなどからも、その多様性が鮮やかに窺える。

 清朝は、現在の中華人民共和国の領土にもつながる支配領域の拡大を行った。そのひとつの理由は、皇帝が満州民族の指導者である「ハン」、モンゴル民族の指導者である「大カーン」、漢民族の指導者である中華皇帝、以上すべての指導者を兼ねており、それが清の広大な領土獲得に貢献していたと考えることができる。その具体的な経緯についていくつか言及したい。「三藩の乱」に応じて挙兵したチャハル部族は清に敗れ、解体されて八期に編入された。清朝の西北には「最後の遊牧帝国」と呼ばれたジューンガルがあったが、1688年、その指導者ガルタンは外モンゴルにいきなり攻め込み、総崩れになった外モンゴルのハルハ部を清朝の康煕帝は助けた。康煕帝が外モンゴル王公と会見した結果、外モンゴルは清朝の支配下となった。チベットとの関係においては、1652年にダライラマ五世を北京に呼び、1717年のダライラマ六世の転生をめぐったジューンガルのチベットへの侵攻においては、清朝は軍を派遣し、チベットを監視する駐蔵大臣を設置した。雍正帝の後の乾隆帝は更にチベットとの関係を重要視して、清朝皇帝とチベットの活仏との関係は、それぞれ聖と俗に対応する「施主」と「帰依処」の関係となった。1754年にジューンガルが分裂すると、これを利用してジューンガル問題の解決を試み、旧ジューンガルの土地を手に入れて「新疆」と名付けた。これは「新たに獲得した領土」という意味である。

 清朝の支配は「柔らかい専制」を特徴とした。つまり、様々な民族を受け入れること、民族差別をしないこと、しかし同時に各部族の自立は封じ込めること、という特徴をもつのである。これは雍正帝の時代にできあがった、清朝の「一視同仁」の精神をあらわしたものであった。

 このような清朝の広大で多民族的な支配は、近現代にもダイレクトに影響を及ぼしている。中国というとついつい漢民族を思い浮かべてしまいがちであるが、現在の中国では92%の漢民族のほかにも、国務院によって認定された55の少数民族がいることを忘れてはならない。1500万人のチュワン族(壮族)、1000万人を越える満州族(満族)、980万人の回族、840万人のウイグル族、580万人のモンゴル族、540万人のチベット族など、その構成は現代に至るまで非常に多様であり、同時に中国の歴史的経緯を受け継いだものであることがわかる。

 清朝から交替した中華民族は、これらの多様な民族を統治する方法として「五族共和」政策を行う。「五族」とは清朝の国家体制の基本であった、満州、モンゴル、漢、回、チベットのことであり、中華民国はそれらをどうにかして上手く受け継ごうとしたのである。なお、外モンゴルは中華民国に交替したときに、自分たちはそもそも満州人肯定に従っていたのであり、支配者が漢人に替われば従う理由はないとして、独立宣言を行った。内モンゴルは中国内地と一体化していたため、そのようなことはなかった。しかしこの「五族共和」政策は、五族による同意が必要である以上は分裂の危険を孕んでいると気がついた中華民国は、「五族」と他の民族と漢民族を融和した「国民国家」建設へとスローガンを変更させた。これは結果的に中国の多様な民族を均質化させようとした動きであったといえる。

 では、現在はどうなっているのだろうか。現在の中華人民共和国の領土は清朝の領土をほとんどそのまま維持したものである。少数民族政策についても清朝の理念と方法を踏まえたものである。たとえば、藩部統治は内モンゴル・新疆・チベットなどの少数民族の自治区という形で維持されている。つまり、現在に至るまで中華人民共和国は清朝の支配領土や支配体制を受け継いでいるのである。なお、チベットや新疆(東トルキスタン)などの少数民族問題や宗教問題は指摘され続けているところであり、今後中華人民共和国において広大な支配領土と多様な民族を含む支配体制の問題はどのような展開を見せるのか、注目すべきところである。

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