(約3800文字) その三 storm and juice laser

 瞳を閉じた少年には何が迫っているのか分からない。目を開ければ回避や防御ができるかもしれないが、そうすれば催眠ダンスの餌食となる。男のダンスを封じていない現状、目を開けることはできない。少年はとっさにかがみこみ、床に手をつけた。

「俺を守ってくれ、フルーツたち!」

 少年の周囲の床が淡く光り、三本の巨大な樹木が現れる。先ほどすでに出しておいた樹木と合わせて、まるで守護の壁のように、少年の四方は樹木で囲まれた。男がどのような攻撃を繰り出したのかは分からないが、これならば、種類を問わず様々な攻撃を防ぐことができる。

 その目論見通り、無数の鏡の刃は丈夫な樹木群へと突き刺さり、少年には届かない。しかし男は驚愕も落胆も見せることなく、すぐさま両手を、今度は上へとかざした。

「敵ながら見事だZE、ユー。でもな、その防御はオイラにとっちゃ、むしろありがたい。自分から袋のネズミになってくれたんだからNA!」

 くらえ、ミラーボールストライク! 技名を声に出して少年に感づかれてはいけない。男は心の内で技名を叫び、まるで隕石のように巨大なミラーボールが少年の頭上へと出現した。キラキラと光り輝くその大質量の物体が、少年の身体を粉々に押しつぶすために、彼へと猛スピードで落下していく。

 ……ユーが自分で出したミカンの匂いを利用したというのなら、オイラはユーの出したその樹の壁を利用するまでSA! 自らを守るために周囲を取り巻くその樹木群によって、皮肉なことに、少年は頭上からの巨大な一撃を避けることができない。

 仮に、たとえ感づいて頭上に樹の防御壁を展開したとしても、もう遅い。しょせんはただのフルーツの樹に過ぎない。その程度の耐久力では鏡の刃は防げたとしても、大質量のミラーボールを完全に防ぎ切ることはできない。

 そして、その男の戦術通り、隕石級の巨大なミラーボールは、周囲に生えていた四本の樹木ごと、少年がいた場所を完全に押し潰した。

 静まり返る空間。静寂。ひしゃげた四本の樹木に支えられるように、横たわる巨大なミラーボール。その絵面は、まるで板に打ち立てられている折れ曲がった四本の釘の中央に、ビー玉を入れたときのようにも見える。

 動く者の気配は感じられない。…………フフフフ…………ハハハハ…………ガハハハハ…………! 大声で笑いだした男は背後を振り返り、誰もいないはずのミラーキャッスルの天井へと指を突き立てた。

「どうだ! ザマーミロ! 女神に天使ども! オメーラが散々バカにしたオイラが勝ってやったZE! 次はオメーラの番DA! 首を洗って待っていやがRE!」

 いきり立つその挑発に応えるように、誰もいないはずの城の天井が、静かにキラリと光った……ように見えた。それは男の挑戦を受ける返事というよりは……むしろ……。

 その瞬間、まるで爆発したかのような、竜巻や台風が荒れ狂ったかのような、とてつもない、凄まじい衝撃音が鳴り響いた。振り返る男の身体に嵐のような猛烈な風が吹き付け、いまにも吹き飛ばされてしまいそうにアフロ頭が反り返る。

 さっき光ったように見えた天井は、これを予見していたのかもしれない。……戦いはまだ終わっていない……ということを。

 吹きすさぶ風に、降りかかってくる樹木の破片に、男は腕で顔を覆う。男のはるか後方から『ドシン!』という衝撃音が聞こえて、吹き飛ばされないように注意しながら横目で見ると、そこには竜巻のような風に吹き飛ばされた巨大ミラーボールが転がっていた。

「……なにが……何が起こってるんだ⁉」

 ワイヤーよりもさらに細い、一筋の線のようなものが空間をきらめき、疑問の声を上げた男の片足のふくらはぎを貫いた。

「ガア……ッ⁉」

 それとほとんど同時に、吹き荒れていた暴風がやんだ。ブシュッとふくらはぎから血を噴出させた男は、その場に片膝をついてうずくまる。イテエエエエ! 血を止めるために傷口に手を当て、三度目の絶叫を上げる男に、落ち着いた、しかし悲しみに満ちた静かな声が掛けられた。少年の声。死んだと思っていた、殺したと確信した、少年の声だ。

「……痛いですよね……本当にごめんなさい……でも、あなたの催眠ダンスを封じるには、こうするしかなかったんです……」

 顔を上げた男が見たのは、悲哀の瞳を開け、大粒の涙を流す、裂き割れた樹木の防壁から姿を現す少年だった。

「……そんなバカなッ! どうして生きてるんだ! ユーは確かにオイラが殺したはず! あのミラーボールの直撃を受けて生きていられるやつなんていない!」

 信じられないという叫びを上げる男に、少年もわずかに首を縦に振る。

「確かに、俺も、いまのミラーボールの一撃は、死んだと思いました」

「なら、どうしてッ⁉」

「……いまにも押しつぶされてしまいそうな瞬間、聞こえたんです。フルーツの声が。俺の周りにいた樹の声が」

 後ろにある樹木たちを一度横目で見て、少年はあっけにとられる男へと再び向き直る。

「『大丈夫。きみにはわたしたちがついている。わたしたちの力を使って、生き残るんだ』って。それで俺は思い出したんです。フルーツだって、樹だって生きてるんだってことを」

「意味が分からない⁉ 植物が生きてるだって? だから、それがどうしたっていうんだ⁉」

「……光合成……」

 少年が発した言葉に、男の目が見開かれた。静かに、悲しそうに、少年は続ける。

「フルーツの樹の葉っぱにある葉緑素でできる光合成は、二酸化炭素を吸収して酸素を放出します。それを使って俺は大量の風を生み出して、ミラーボールを吹き飛ばしました」

 そのときになって初めて、男は自分の足元にある小さな水たまりと、そこから香るほのかな甘い匂いに気が付いた。

「あなたのふくらはぎを撃ったのは、フルーツのジュースです」

「……超高圧水流によるビーム、ってわけか……」

 少年はうなずく。以前、元の世界にいたときにテレビの科学バラエティ番組で、男は見たことがあった。ただの水なのに、超高圧で射出することによって、紙や木材などを切断してしまったことを。少年がその気になれば、足も含めて、男の身体など簡単に切り刻めるということになる。

「その傷ではもう催眠ダンスは踊れないはずです。……負けを認めてください。タイソン・フィックスさん」

 両拳と片ふくらはぎを負傷し、必殺級の無数の鏡の刃とミラーボール落下を防がれた現状、圧倒的に男は不利だった。だが、そんな不利な状況なのにもかかわらず、男の口の端がわずかにゆがむ。

「……その風とジュースの刃が、ユーが隠し持っていた切り札だったわけだ……」

「いえ、隠していたわけでは……」

 事実、ほんの少し前の少年には、この二つの技は思いつきもしなかった。極限状況で聞こえたというフルーツたちの助言と、絶対に生き残ってみせるという本能、この二つが合わさったことによって、奇跡的な急成長を見せたのだ。

 そう。これは、成長。いまの自分にできる最大限、最良最高を突き詰めた結果、成し得ることができた奇跡的な急成長に他ならない。

 うつむかせた顔に不敵な笑みを浮かべて、男がつぶやいた。

「……まさかこの技を使う日が来るとは、思ってもなかったよ……オイラをここまで追い詰めるなんてね……だけどオイラは負けない……ユーに勝つために、オイラはこの技を使う……ッ!」

「なにを言って……?」

 男が顔を上げた。先ほど見せたのと同じ決然とした表情。しかし一つ違う点がある。それは、その瞳に自身の【死】を覚悟した輝きがあったことだ。その瞬間に少年は直感的に本能的に悟った。このあと放たれるのは、男の命すら賭した技なのかもしれないと。

「ユーの最高の技がその風とジュースの刃なら、これがオイラの最強の技だッ! すべてを殲滅せんめつしろッ! プリズムジェノサイドレーザー!」

 城中の壁床天井が元の鏡張りのものに変化する。そして男の周りに無数の鏡の破片が出現し、その巨漢を包み込んでいく。巨大なミラーボールとなった男はおもむろに宙に浮かび上がると、その周囲に同じような巨大なミラーボールを、まるで衛星のように出現させる。男を包むミラーボールを中心として、周囲のミラーボールが円状に回転し始めていく。

 その光景は太陽と、その周囲を取り巻く惑星のそれのようだった。自転と公転。その二つの動きと同じように、ミラーボールが回転し、その動きを徐々に早めていく。そしてその回転が最高潮に達したとき、すべてのミラーボールから、無数のレーザーが照射された。

 それらはまさに光の速度で、のみならず周囲の鏡とミラーボールの表面による乱反射を繰り返し、少年の身体を完全に無に帰すために襲い掛かった。

 樹木の壁で守る? 不可能。樹木群は跡形もなく粉々に砕け散るだろう。

 暴風ではね返す? 不可能。光は風ではね返せない。

 ならば高圧ジュースで撃ち落とす? 不可能。まさに無量大数といえるこのレーザー群をすべて撃ち落とすことはできない。

 結論……。

 室内が光で満たされていく。それは光のカーテン、光のヴェール、あるいは光のミスト。室内をわずかな隙間もなく満たす無数のレーザー群に撃ち抜かれて、切り刻まれて、少年の身体は跡形もなく消滅した。

 その一部始終を、男はマジックミラーの球体の中から見ていた。完全に仕留めた。たとえ神や天使といえど、この殲滅攻撃で生き残れるわけがない。いわんや、ただの人間の少年ならなおのこと。

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