テキトー課長の悩み

 うちの課には、社是を理解しない連中だけが集う。


 働きすぎるやつら。成果を挙げすぎるやつら。


 社長から新設する課を頼まれたとき、正直あんまり気が乗らなかった。働きまくるやつらに働くなと言うのは、なかなか難しい。


 しかし、課の中に彼女が放り込まれるらしいと聞かされて、受けざるをえなくなった。


 彼女のことが、好きだった。無機質な部分が、特に好き。いつも何か、満たされないみたいな顔をしている。その顔を、どうにかして満足させたい。ときどき見せる笑顔が、なかなかに嬉しかった。


 しかし、彼女もまた、馬車馬課に配属されるべくして配属されている。満たされない部分が、ときどき仕事に向いてくる。そうなるともう、手がつけられない。


 働きすぎるのではない。

 成果を挙げすぎる。

 ありとあらゆる業種に手を伸ばし、独創的で無機質なアイディアをもって他社を駆逐する。最強にして最凶の頭脳。好きだけど。


 好きだからこそ、止められない。

 いつぞや、彼女が言っていた。乾くのだと。どこがどうとはいえないけど、とにかく乾く。だから、それを湿らせるために仕事をするのだと。


 わけが分からないところも好き。でもとりあえず課の方針として、とにかく働かせない方向で。


 でもきらわれるのがこわいから、彼女にだけは働くなとは言えない。副課長にして、みんなを統括させている。今のところ、なんとかうまくいってはいる。


 彼女。野菜ジュースを飲んでいる。かわいいな。


 あっおなか空いてきた。


「課長、ごはん食べないんですか?」


「うん。食べないとね」


 彼女のことを眺めていたい。


「食べますか。私の弁当」


「えっいいの?」


「野菜ジュースのお礼です。私あんまりおなか空いてないんで」


「ありがとう」


 渡されるお弁当。


「あ、あれ」


「どうしました?」


「いやなんでもない」


 手作り弁当。なぜ。

 彼女といったら無機質が取り柄でしょう。安さと早さを両立した文明の利器、コンビニ弁当でしょう。


 とりあえず、ふたを開ける。


「おお」


 オムレツ。しかもハートマーク。


「これ、作ったの?」


「はい」


「すごいっ。料理できるんだっ」


「え、なんですか。私が料理できないと思ってたんですか?」


「うん。あっ」


 しまった。不機嫌にさせたか。

 彼女のほうを見る。

 大丈夫。

 野菜ジュースの最後のあのどろっとしたやつをひっしにストローで吸おうとしてる。ムンクの絵みたいな顔になってる。かわいい。


「いただきまぁす」


 こわいので、少しだけ箸で切って、口に運ぶ。無機質な味だったらどうしよう。


「お、おいしい」


「あ、ほんとですか」


 彼女。

 笑った。


 かわいい。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る