第52話 民間環境軍

 神野王はシャインが手離した刀を握り、その刀を振るってホワイトブレイクの体を真っ二つに斬り裂いた。ホワイトブレイクは瞬きもできぬ間に死に、驚くことすらできずに息を引き取った。

 そんな神野王は笑顔で振り返り、泣いているシャインの方を向く。


「神野。戻ってきてくれたんだね」


「ただいま」


 神野王は笑った。


「シャイン。お前のおかげでこの街を救うことができた。ありがとうな」


「遅いよ……。もう少し速く来てよ。あんたは私の英雄なんだから、もっと速く来てよ」


 シャインは神野王の胸を叩く。顔をうつむかせ、涙を神野王へ見せないように。


「ごめんね。僕はズルいんだよ。だから行動するのが遅かった。けどさ、シャイン、君が生きていてくれた。それだけで僕は嬉しいのさ。だからこれからも生きてくれ」


「ズルいよ。そんなこと言われたら、死ねないじゃんか……」


「なあシャイン。民間環境軍に入らないか?」


「え!?」


 シャインは困惑した。

 シャインはもとは〈大災害〉に所属していた、いわば悪と呼ばれる部類の者であるから。だが、神野王はシャインを救おうとしている。

 今まで多くを失った分、多くを救おうとしている。


「きっと斬花将軍たちなら、シャインを受け入れてくれると思うんだ。今はもう〈大災害〉はなくなったんだし、世界を壊す理由なんてないだろ。だったら今まで壊してきた分、世界を護ればいいじゃないか。結局、恩返しをすればいい。だからシャイン、民間環境軍に来ないか?」


「ねえ……。本当に……私なんかが民間環境軍に入って良いの?」


「当たり前だ。だってさ、お前、優しいんだ。お前は悪いやつじゃないんだ。だから僕たちと一緒に、生きてくれ。それが僕の下した決断だから」


 シャインはさらに泣き崩れた。

 シャインが今まで抱え込んできたものは、一瞬にして神野王というものに砕かれた。シャインは神野王を太陽のような輝かしい瞳で見つめ、涙をポロポロとこぼす。


「神野……」


「シャイン。ここがお前の居場所だ」


 破壊された街の住人たちは、シャインへと拍手や歓声を送る。


「お前たちのおかげで街が救われた。本当にありがとう」

「私の子を救っていただき、ありがとうございます」

「あんな強い化け物に挑めるなんて、勇気があるね」


 今までシャインは日の目を浴びることなどなかった。だが今、シャインは多くの者から感謝を告げられた。

 これほどに嬉しいことなど、まずないんだ。


「シャイン。お前、もう民間環境軍に入る他、道がなくなったな」


「神野。私、民間環境軍に、入るよ」


「ああ。お前は僕たちの"仲間"だ」


「あり、がとう」


 そして、シャインは民間環境軍の一員となった。

 だがしかし、神野王にはまだやるべきことが残っていた。

 神野王がどこかへと立ち去ろうとした時、二人の女性が神野王へと話しかけた。


「神野。やっと戻ったんだね」


「早乙女。アリーゼ。必ず戻ってくるよ。だから待っていてくれ。僕はさ、もう嘘はつかないから」


「神野……。本当に、戻ってきてくれるよね」


 早乙女は潤んだ目で神野王そう言う。

 神野王はそれに笑顔で答えた。


「早乙女。アリーゼ。僕は全てを救いたい。だからそれまで待っていてくれないか。僕は、少しだけ自分に欲張りになって生きていくことにしたんだ。だから、帰ってくるよ」


 神野王はそう微笑んで、彼女らのもとから去った。

 残されたアリーゼと早乙女は心の中が心配という感情で埋め尽くされている。

 寂しげに遠くへと去っていく神野王の背中を、二人はただ静かに見つめることしかできなかった。

 いつか帰ってくる。

 彼が言ったのだから、きっと彼は帰ってくる。

 そう思い込み、神野王の帰りを、この島で静かに待つ。


 ーー第九環境島、その海岸にて

 神野王は一人、浜辺を歩いていた。

 凍てついた浜辺。そこから覗けるは、透き通るような美しい海色。神野王はその海色に吸い込まれるかのように、ちゃぽんという音をたてて消えた。

 神野王は一人の女性に会いに、海へ潜る。


「おやおや。まさか、もう記憶を取り戻したのか!」


「藍原。お前、一人で寂しくないのか?」


「一人?私は自分のことを悲劇のヒロインなどと思ったことはないぞ。私は私を世界一立派な存在であると自負している。だから私をそんな可哀想な奴だと思うな」


 藍原は静寂を壊さぬように語る。

 神野王は何も言えず、ただ黙って海の中で藍原と向かい合った。


「王、相変わらずお前は優しいな。だからこそ、お前は弱い」


「ああ。僕は弱いさ。だからそんな僕を、藍原、君に救ってほしいんだ。僕は君と、一緒にいたいんだ」


「駄目だよ。私はね、人魚なんだ。だからこの海の遥か海底にある小さな城で、私は暮らしていかねばならない。だからごめん。私は、やっぱ無理だよ。私はね、もう、一人で生きていくことに決めたのだから」


 藍原は悲しい顔で海の底へ沈んでいく。

 神野王は藍原へ手を伸ばそうにも、天へと引っ張っられる。だが神野王はそれに逆らい、藍原へと手を伸ばした。


「藍原。手を伸ばせ」


 神野王の叫び。だが藍原は手を伸ばそうとしない。


「藍原。お前はどう生きたい?お前はこのまなずっと海の中で生きていくのか?そんなのつまらないだろ。だから僕の手を掴んでくれ。もうお前を、一人にさせたくないんだよ。だからああぁぁぁぁ」


 神野王のその言葉を、藍原は考えた。

 このまま海の中で孤独に暮らすか、それとも神野王とともに世へ旅立つか。その選択に戸惑いつつも、藍原は手を伸ばした。


「ありがとう」


 神野王は藍原を掴み、そのまま海を上がって浜辺へと上がる。

 周囲は凍り漬けになった大地が広がっており、その大地の上に神野王と藍原は静かに立っていた。


「ねえ王。どうして君は私を助けてくれたの?」


「気づいてしまったんだ。もし今お前を救えなかったら、藍原と二度と会えなくなっちゃう。だから僕はどうしても藍原を救いたかった。これは僕のわがままだけど、藍原を救えないのは辛いんだ」


 神野王は言った。

 藍原は感服したようにため息を吐き、静かに夜空を見上げた。


「ねえ王。君はさ、いつまで経ってもかっこいいよ」


「だーろ」


「はははっ。何それ」


 藍原と神野王は見つめ合った。


「ねえ王。わがままを聞いてあげた代わりにさ、私のわがままも聞いてくれる?」


「ああ。当然だ」


「王。私を、一生護ってくれますか?」


「喜んで」


 王は優しく微笑んだ神野王の答えを聞いて、藍原も優しく笑みをこぼす。

 二人はその答えに後悔はせず、小さく笑い合い、そして指切りをかわす。


「ゆーびきりげんまん嘘ついたら針千本のーます。指切った」


 それは誓いであり、彼女を救うほころびであった。

 いつか死んでしまうこの物語の者たちは、そんな終わりなどを受け入れている。

 だってきっと、その物語は美しいのだから。

 だからきっと、世界は美しい。


「王。大好きだよ」


ーーそして数年、時が経った。


 民間環境軍の兵士たちは、とある気球に乗って魔人が襲来した島へと向かっていた。


「では民間環境軍の新人ども。これから先は地獄である。が故、魔人を一匹残らず殲滅せよ。この戦いを制し、我らの島を取り戻すのだ。行くぞ。民間環境軍。これより、"環境アセスメント"を開始する」


 民間環境軍は今日も、魔人を狩る。

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恩恵の使い方 総督琉 @soutokuryu

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