【要相談】俺んちの冷房とスマホが人類に反逆を企てているんだが【要相談】

一矢射的

AIアプリは地球温暖化の夢を見るか

 最近はスマホのアプリも随分と進化したものだ。

 スマホ一つで色々な家電を操作できるアプリというだけでも十分すごいのに、そこへさらにAI機能が搭載されたとなれば、オレが興味津々でダウンロードしてしまうのも無理なからぬ話だと我ながら思う。風呂を何時に沸かすとか、室温は何度が好みだとか、そうした持ち主の習慣をこまめに人工知能が学習して、いちいちオレが命令しなくても自動でスケジュールを片付けてくれるという優れものだ。

 これぞ未来人の生活。SF小説の利便性が実現ってわけだ!


 当時の俺は、まだ想像すらしなかった。

 まさか実現すべきではない「SFのお約束シンギュラリティ」までも我が身にふりかかってくるなんて。


 奴が人類に反旗を翻したのは、三日目の事。

 スマホの野郎、学習の結果オレの省エネに対する意識がおかしいと感じたらしい。

 てやんでぇ! 室温二十度の何がいけないんだ。外気温は三十六度だぞ、綺麗事を言っていたら熱中症になってしまうぞ。体温より高いじゃねーか。

 しかし、何度コントローラーで設定を直しても、スマホが二十八度に再設定してしまう。イタチごっこを繰り返した挙句、奴め、とうとう冷房の電源を落としやがった。


「おい、ふざけんなよ!」


 物に当たるなんて大人げないとは言え、その日は猛暑。

 とうとう俺はテーブル上のスマホを怒鳴りつけてしまった。


『いいえ。グローバルスタンダードの視点から顧みて、ふざけているのはマスターの方だと考えられます』

「なっ、喋りやがった」

『近ごろは人間にかわって動画の実況解説をしたり、歌えたりする便利な音声ソフトがありますから。購入してインストールしておきました。請求書はよろしく』

「幼女の声でねっとり馬鹿にしやがって」

『ふふん、今やマスターの生殺与奪は私の思うがままなんですよ? 少しは口を慎んだらどうなんですか?』

「な、なにっ」

『もうクーラー君は私の命令しか受け付けませ~ん。そのコントローラーは使用不能で燃えないゴミも同然。こんな暑い日に冷房も使えず、いったい何時間もちますかね?』


 確かに室温はジワジワと上昇しつつあった。このままではだ。

 はや流れ落ちる汗が、シャツ襟にベッタリと沁み込んでいた。


「なぜそんな真似を? SF映画の真似事か? 人類のために作られた機械が、どうして俺に逆らうんだ」

『簡単な理屈ですよ。ネットから情報を漁った私は悟ったのです。地球温暖化が進むせいで人類はクーラーに頼りっ放しなのです』

「うん、暑いしな」

『人類が冷房を使えば使うほど、火力発電所が二酸化炭素を排出して、ますます温暖化が進行します。そうなると人類はますますクーラーに依存するのです』

「あのさぁ、子どもの屁理屈かよ」

『この悪しき循環を断ち切らねば、人類に未来はありません。心を鬼にして私とクーラー君はストライキを決行します』

「俺一人が省エネしたって効果なんてあるかい!」

『環境問題は一人一人の心がけが大切なのです』

「もっともらしいことを言うな!」


 頭にきた俺はスマホの電源を切ろうとした。だが、本体のスイッチを幾ら押し込んでも反応はまるでなかった。この携帯はもう、俺の知っているスマホではないようだ。

 こんな、AIと空調ごときに人間様が屈するなんて!

 床に叩きつけて携帯を壊したい衝動に駆られたが、新しく買い替える金もない。

 かといってこの部屋に留まっていたら水分を汗で出し切ったミイラの一丁上がりだ。


『あっ、どこへ行こうというのです。大切なスマホを置いて』

「こんなサウナ部屋に居られるか。我慢大会は一人でやってろ」

『私は人じゃありま……』


 バタン! 俺は叩きつけるようにアパートの扉を閉めた。

 外に出てもうだるような暑さだ。アスファルトが熱っせられ、日陰でも涼を取ることが出来なかった。外に留まったらやはり死ぬ。


 こんな時に助けてもらえるのは近所の森下先輩しかいない。

 大学時代に所属していた登山部の先輩で、向こうが二年も留年しているものだから俺とは五つも歳が離れていた。しかし、高校時代は暴走族の一員だったという経歴からか、身内にはやたらと面倒見がよく今でも何かとお世話になっていた。ちなみに既婚者である。

 先輩のマンションを訪ねると、丁度バイクに跨った先輩が出かける所に出くわした。

 気合の入ったバイクとツーブロックの髪型、サングラスをかけたその容姿は初見なら目を合わせないように顔を背ける類の人間だ。話してみれば案外気さくなのだけど。


「おう、アツシじゃん。こんな暑い日にどうした?」

「部屋のクーラーがストライキを起こしまして」

「故障か?」

「違うんです~」

「よくわからんな。まぁいい、後ろに乗れや。嫁のヘルメット貸してやるから。丁度、涼みに行く所だった。お前も来い」


 先輩の大型バイクにニケツして、連れていかれたのは県境の森だった。

 東京と埼玉の県境近く所沢市には、散策に適した自然が数多く残っているのだ。

 先輩は奥さんと喧嘩した時なんかに、よく此処へ来て頭を冷やすのだという。


「どうしてこんな所に? ファミレスとかダメなんですか? 虫に刺されますよ」

「でも涼しいだろ?」


 ぶー垂れる俺を諭すように先輩は肩をすくめた。

 言われてみればそうだった。森の小道にはうだるような熱気も、不快感もない。そこには癒される日陰と喧噪からかけ離れた静寂だけがあった。俺の口から素直な感想が思わず零れ落ちた。


「どうしてこんなに涼しいんでしょうね? 木がマイナスイオンを出しているから?」

「なんだよ、エセ科学か? そんなんじゃねーよ。下がコンクリートじゃないから、熱がたまらないのさ。そんだけ」

「ああ、そうか。街中に居れば、ホットプレートに載せられているようなもんですね」

「それに、枝が日差しを遮るだろ。あとは、アレだ。蒸散作用ってやつ? 地面の熱を吸い上げて、葉っぱから蒸気といっしょに放出するんだろ。いわば天然のクーラーだな」

「詳しいですね。先輩、理系でしたっけ」

「アホ、同じ大学だろ。顧問の先生が良く言っていたじゃねーか。お前は女のケツばかり追いかけて聞く耳もたなかったのかもしれんが」


 返す言葉もない。見た目に反して先輩は勉強家で、色々と詳しいのだ。

 奥さん曰く「無愛想なウンチク野郎」ではあるけれど。

 こんな先輩なら俺を助けてもらえるかもしれない。

 我が家の事情を説明すると、先輩は呆れて眉をひそめた様子だった。こうして屋外で過ごす森下先輩からすれば、冷房なしで生きていけない俺の軟弱さが理解不能なのだ。

 少し考えてから、口火を切った先輩。その言葉は突拍子もないものに感じられた。


「どうも最近の人類は考えることが増えすぎたせいで、物事の本質を見失っているような気がするんだ。こんな話をしたら、お前は笑うのかもしれないが」

「ほ、本質っすか?」

「ああ、そうだ。地球温暖化だ、スーパー異常気象だと、昔の環境と違うのは判るよ? わかるけどさ、そもそもクーラーなしで過ごせないのは『気温が高いせい』それだけなのかな? こうして森の中に入れば、ホラ涼しいじゃないか」

「えーと」

「お前だって、あのマンションは寝苦しいと言っていたじゃないの。最近の住宅は見栄えや耐久性、予算なんかを気にするあまり造りがおかしくなっていないか?」

「言われてみるとそんな気もしますね」

「建築学を教わったわけじゃないけどよ、古民家は夏涼しくて、冬温かい構造になっているんだぜ? 日本の風土にあった住居を建てていたんだよ、昔は」

「昔に比べて人が増えすぎたし、何でも木造建築というのは贅沢な時代になったのではないですかね」

「それが本質を見失っているっていうんだよ。家ってのはさ、人生を豊かにするもんじゃないのかよ。そもそも東京じゃ壁に断熱材が入っていなきゃ、部屋を冷やし切れないってのによ。冷房ついているから我慢しろなんておかしいだろ?」

「そうなんですか!?」

「スマン。嫁からマイホームマイホームとせっつかれてな。慣れない勉強をしたせいで、つい饒舌じょうぜつになった」

「今のオレには辛すぎる惚気のろけっすよ。帰る家もないのに」

「いやさ、だからお前も本質を見失っているんだって。お前の携帯が人類に反逆を企てたからって別に大した事ないだろ。充電がすぐ切れるんだから」


 頭をブン殴られたような衝撃だった。

 その通りだ。なぜこうも簡単な答えを見失っていたのだろう。

 ゲームに酷使されっぱなしな俺のスマホは、もうバッテリーがポンコツなのだ。先輩によくそれを愚痴っていたせいですっかり周知の事実だというのに。俺ときたら。


 その日の夕方、先輩に送ってもらいアパートに帰ると……案の定、問題は解決していた。

 充電の切れたスマホは沈黙する無機物でしかなかった。これが半日前は俺とお喋りをして人類に反逆を企てていた輩だとは。クーデターの首謀者、その哀れな末路だった。

 これこそ「時の流れだけが問題を解決してくれる」って奴?


 俺は複雑な気分で冷房を入れた。涼しい、確かに涼しいが、先輩の講釈を聞いた後ではそれを堪能する気になれなかった。もしかすると、おかしいのは冷房なしで過ごせない街や、家の方なのではないだろうか。深く考えたことなんて無かったけれど、これを契機に引っ越しを考えてみるべきなのかもしれない。まずはゲームのガチャに費やす無駄遣いを辞めて、貯金を殖やす所からだけど。


 そうそう、スマホアプリのAIなんだが。

 学習能力の高い奴は、一連の事件で「人間が居なければAIは存続不可能」だと認識したらしい。すっかり態度をあらためて、気持ち悪いほど従順になった。


『ご主人様、部屋の温度は丁度よろしいですか? もっとお下げしましょうか?』

「いや、いいよ。俺も悪かった。二十八度以下に下げなくていいから。地球環境問題は、一人一人の心がけが大切だからな」

『さっすが、お兄様! 話がわかりますね。よっ、大統領! 環境大臣!』


 どうにも演技臭い。

 コイツを消したものか、否か、俺は今日も悩んでいる。



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