追加エピソード BEFORE 前編 争いの予感 前日譚

 夜の静かな郊外の道路を一台の黒塗りの高級車が走り抜ける。乗っているのはこの街を牛耳っているイタリアンマフィアの幹部、アデルモだ。後部座席と助手席にそれぞれ護衛が乗っており、アデルモは運転席の後ろに席に座っていた。


 車がある通りに差し掛かった時だった。銃声が車内に響き渡る。後部座席に座っていた護衛が突然、前の助手席に座っていた護衛を撃ち殺したのだ。そのまま、その男は護るべきであるはずの幹部のアデルモに銃を向け、運転手に指示を出す。


「そこの小路に入りな」


 運転手はルームミラーで後ろの様子を確認すると、その指示に従いビルの間の狭い小路に入る。その小路はゴミが散乱しており、窓を開ければ悪臭が漂いそうな汚い道だった。しばらく進んでいるとまた指示が出る。


「ここで、止まれ。そして、エンジンを切るんだ」


 そう言われて運転手は車を停めると、エンジンを切る。男はエンジンが止まるのを確認すると、運転手の男に銃口を向け、躊躇いもなくトリガーを引いた。運転手の後頭部を銃弾が貫いた。そのまま、力なく運転手はハンドルに頭を打ち付ける。


 アデルモはあまりの突然の出来事に驚きしばらく黙っていたが、ようやく護衛の男に話しかける。


「アルベルト! こんなことをしてどうなるかわかっているんだろうな。お前は取り返しのつかないことをしたんだぞ!」


「ああ、分かってるよ。あんたは知らないかもしれんが俺には強力な後ろ盾がいるんだ。心配しなくていい」


 そう言いながら、アルベルトというその男は銃口をアデルモに向ける。そうしていると、その小路の両側から車が一台ずつ入ってきた。両側の車のヘッドライトが車内を強く照らした。そして、車から男たちが何人から降りて来て、こちらに近づいてくる。


「仲間が来たようだ。それでは失礼する」


 そう言うと、アルベルトは銃口を下に向け、弾丸を放った。弾丸はアデルモの右ひざに命中した。


「クソッ! よくも、やってくれたな!」


 アデルモは撃たれた場所を両手で押さえながら、恨みの言葉を吐いた。だが、その言葉を気にする様子などなく、アルベルトは車から降りる。


 その直後だった。無数の弾丸がアデルモの乗っている車に向かって放たれた。アデルモは体を低くして凌ごうとする。だが、貫通した弾丸や跳弾した弾丸がアデルモの体に穴を開けていった。


 全ての窓ガラスが粉々に砕け、車が穴だらけになったとき、アルベルトが合図を送り、弾丸の雨は止んだ。アルベルトは、仲間から手榴弾を受け取ると、車にゆっくりを近づく。そして、ピンを口で引っ張ると、リアガラスの無くなった後ろの窓枠からそれを車内に放り込んだ。手榴弾が車内に入るのを確認すると、アルベルトは車から離れる。そして、数秒も立たないうちに幹部アデルモの乗った車は爆発し、激しい炎をあげた。



 ・・・



 朝の10時を過ぎた頃だろうか。ブライアンは郊外のとあるレストランに向かって車を走らせていた。この辺りに住む住人は既に街の中心に仕事に出ているのか、通りに人はあまりいなかった。マルコムから、渡された地図を頼りに走っていると、目標の店が目に入った。近くの道路脇に車を停めると、店に向かって歩く。ブライアンはまだ暖かい季節だというのに長袖の上着を着ていた。その服装を見てか、近くを歩く老人が少し不思議そうにブライアンを見ていた。やはり不自然か、と思いつつも、ブライアンは歩き続ける。もちろん、この格好にも意味はあるのだ。


 店の扉を開けると、ベルが鳴った。店内を見渡すが、そこには客どころか店員も誰一人いなかった。嫌な気配を感じつつも、ブライアンは店の中に入っていった。店内は奥に伸びる細長い構造になっており、奥には厨房につながっていると思われる扉があった。そして、左半分はカウンター席、右半分はテーブル席となっている。さらにその細い店内の奥に進もうとした時だった。扉のベルが鳴り後ろを振り返ると、一人の若い男がニヤニヤと笑いながら入り口の近くに立っていた。その男を睨みつけていると、後ろから足音がする。足音のする方を見ると、二人の男が奥の厨房から現れた。どうしたものか、とブライアンが考えていた時だった。入り口の男が小ばかにしたような口調で、ブライアンに話しかけた。


「お客さん、取り合えず席にどうぞ!」


 男はそう言いながら、カウンター席に手を向けた。


「生憎、俺は客じゃないんだ」


 とブライアンが言い返すと、厨房から出てきた男の一人が銃を取り出して、


「知るか! 早く座れ」


 と言い銃口を向けてきた。ブライアンが席に着くと、厨房から出てきた二人のうち、銃を向けている男は右側のカウンター席に、もう一人は奥のテーブル席に座った。

 そして、入り口に立っていた男がブライアンに近づきながら話しかけてくる。


「あんた、この前来た男の関係者かい?」


「ああ、たぶんそうだ。あいつは、フィデロはどこにいる?」


「そんなことを教える義理は無いね。それよりさ、あんたも前の男と同じ要件で来たのか?」


「まあ、そんなところだ」


「なら、答えは決まっている。答えはノーだ! あんたたちに払う金は一銭もないね!」


 そう言うと、男はフォールディングナイフを取り出し、刃を展開した。


 ブライアンがこのレストランに来たのは、ここで組織の関知していない麻薬の取引が行われているという情報が入ったからだ。組織の管理しない麻薬が街で横行すれば、価格の低下を招き損失が出る。そうした事態を防ぐため、麻薬の取引をやめるか、みかじめ料を支払うか、フィデロがここに警告に向かったのだ。だがその後、彼と連絡が取れなくなり、そこでフィデロの仕事を引き継いでブライアンがここに来ることになったのだ。


「お前たちは手を出すな。こいつは俺が料理する」


「ああ」


 ナイフを持った男は、他の二人の男に指示をだすと、二人の男はそれに従った。すぐに指示を聞きいれるあたりこのナイフを持った男がこの店のボスなのだろう。


「もう一度、聞く。フィデロはどこにいる?」


「あの太った豚さんは切り刻んで、お客に料理としてふるまってしまったよ。お客にはえらく不評だったよ。油が多すぎるってね」


 そう言いながら、いやらしい笑みを浮かべる。部下の二人もそれに合わせて、ニヤニヤと嫌な笑みを浮かべている。


「あんたはお客に好評だといいけどな」


 そう、ボスの男はブライアンの左側に立ち耳元でささやくと、ブライアンのカウンターに置かれた腕にナイフの刃を這わせた。上着越しにその感触を感じる。


「すぐにへばらないでくれよ。面白くない」


 ブライアンは、目線をナイフの刃から近くのカウンター席に座っている部下の男に移す。その男の目線と表情からショーを楽しもうと意識がブライアンからナイフの刃に移っているのが分かった。自分たちが優位だと思っているのか既に銃口が少し下を向いている。


「さあ、いくぜ」


 と言って、ボスの男がナイフを持った腕を振り上げた時だった。ブライアンは上着の左袖に隠し持っていたフォールディングナイフの刃を展開し、その男の脇腹に勢いよく突き刺した。男はあまりに突然のことに驚きの表情を見せながら、ナイフを手から落とし、脇腹を抑えながらあまりの苦痛にうめき声をあげる。座っている部下二人も驚いて、放心していた。このタイミングをブライアンは逃さなかった。


 ブライアンはボスの首元を掴んで、引き寄せるとこちらに銃口を向けなおそうとしているカウンターの男に向かって押し飛ばした。カウンターの男はボスの男にぶつかり椅子ごと床に押し倒された。奥のテーブル席の男が、銃を取り出し、こちらに向けようとする。ブライアンも素早く銃を取り出し、男に向ける。二人が弾丸を放ったのは、ほぼ同時だった。その男が撃った弾丸はブライアンの近くに置いてあった花瓶に命中し、ブライアンの放った弾丸は的確に男の腕を貫いた。男は痛みに悲鳴を上げながら、奥の厨房へと走って逃げた。


 すると、次は床でボスの下敷きになっている男が銃を何とかこちらに向けようとしているのが目に入る。その男が銃口を向けるより先にブライアンはその男の頭を撃ち抜いた。そして、最後にうめき声を上げ続けているボスの男に銃を向けると、胸のあたりに弾丸を三発撃ち込んだ。動かなくなったその男を見下ろしながら、ブライアンは呟く。


「どうやら、閉店のようだな」


 逃げた男を追う前に、念のためブライアンはマガジンを入れ替えて厨房に向かった。後一発が足りなくて死んだ奴を嫌というほど見てきたからだ。厨房に入ると、奥の方にある裏口が閉まるのが見えた。逃げられたのか、と思いブライアンは足を速めて裏口に向かう。そして、ドアノブに手を伸ばそうとした時だった。厨房のテーブルの裏から先ほど逃げた男が飛び出してきた。左手には調理用の大きなナイフが握られており、それをこちらに振りかぶる。間一髪で後ろに引いてブライアンは刃を避けた。だがナイフが銃に当たり、その衝撃で手から落ちてしまった。男は落ちた銃を拾おうとせず、続けて右から左からとナイフを振りかぶる。ブライアンは少しずつ後ろに引きながら、それを躱した。だが、背中に壁が当たり、これ以上引けない状況となった。


 男は勝利を確信した表情を浮かべながら、ナイフを大きく振り上げる。その時、ブライアンは棚に置かれている皿が目に入った。その皿を掴むと、それで男の顔を思いきり殴りつけた。男は軽く悲鳴を上げながら、頭から血を流す。ブライアンはこの期を逃すまいと、男の鳩尾を思いきり蹴り飛ばす。男はうめき声をあげ、その時にナイフを手から滑り落した。ブライアンはナイフを拾うと、男の首元に思いきり突き刺す。男は口から血を吐きながら、床に崩れ落ちる。そして、そのまま苦しそうな呼吸音を立て、しばらくすると動かなくなった。


「これだから、ガキは嫌いなんだよ」


 ブライアンはそう言うと、店内の探索に移った。



 ・・・



 細かい店の探索は後から来た他の連中に任せて、ブライアンが報告のために組織の所有するビルに向かったのはもう日が沈んでからだった。エレベーターに乗り、三階のボタンを押す。扉が開くと、そこにはウィッツがいた。ここの経理や雑務を担当している男だ。


「もう帰りか?」


「ええ、今日は娘の誕生日でね。パーティーのために早くあがらしてもらえるんですよ」


「そうか、それはおめでとう。ところで、マルコムはまだいるか?」


「ええ、奥の書斎にいますよ」


「ありがとう。それじゃ、娘さんのパーティー楽しんで」


 そうブライアンが言うと、ウィッツは軽く会釈してからエレベーターの扉を閉じた。ブライアンは扉が閉まるのを見届けてから、奥の書斎に向かう。事務所を抜けて、マルコムのいる書斎の扉の前に立つと、ノックをした。


「誰だ」


「ブライアンだ」


「入れ」


 そう中から声がして、ブライアンはドアノブを握り、扉を開けた。マルコムは部屋の奥の窓際のデスクで老眼鏡をかけながら書類に目を通していた。そして、視線を書類に向けたまま話しかけてくる。


「今日も死にかけたたらしいな?」


「耳が早いな。」


「何、いつものことだからあてずっっぽうに言っただけさ」


 そこまで話してようやく、マルコムは老眼鏡を外しブライアンの方を見た。


「店やフィデロについては何か分かったか?」


「まず店だが、今日のガキたちの様子を見るに俺たちに何か隠し事があるのは確かだろう。そこら辺は回収班の連中が答えを出してくれるさ。それにフィデロに関してもな。だが、奴らの口ぶりからもう生きてはいないと思う。血の気の多い連中だったしな」


 そうブライアンが言うと、マルコムは俯いて、額に両手を当てた。


「あいつは口は達者だが、武闘派ではなかったからな。交渉の意味の分からんガキ相手にはうまくいかんかったんだろう」


 そうマルコムは言う。


「だろうな」


 その後、マルコムはしばらく一言も話さなかった。ブライアンはあまりフィデロのことを知らなかったがマルコムにとっては大切な部下だった。もし、はじめからブライアンが行っていれば、彼は死なずに済んだだろう。もうこれ以上話すのはつらいだろうとブライアンは最後の話を切り出す。


「警察の方は大丈夫そうか?」


 すると、マルコムは顔を上げ口を開いた。


「ああ、そこは心配しなくていい。他の連中がうまくやってくれるよ」


「わかった。じゃあ、今日はこれで失礼する」


 そう言って、扉に向かおうとした時だった。マルコムに呼び止められる。


「おい、ブライアン」


 ブライアンは振り返り、要件をたずねる。


「まだ、他にも用事があるのか?」


 そう言うと、マルコムは真剣な表情でブライアンを見つめながら言った。


「お前も、そろそろ誰かと組んで仕事しないか? 今回の件もある」


「いや、大丈夫だ。それに他の連中を巻き込みたくない」


「お前の気持ちもわかる。だが、このままでは死んでしまうぞ!」


「そうならないように気を付けるさ。ありがとう」


 そう言って、ブライアンは今度こそ部屋を出ようとした時だった。マルコムのデスクに置いてある電話のベルが鳴った。マルコムが受話器を取る。


「ああそうだ……あいつなら今ここにいる。わかった。向かわせる」


 内容を聞いて、電話主は俺に用事があるとわかる。


「誰からだ?」


「マディソンだよ。お前に用があるとさ! このビルに来ている。二階の応接室で会おうとのことだ」


 ブライアンは露骨に嫌な顔をしながら、「わかった」と言って部屋を出た。
















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