第8話 新しい一歩

「それでは、乾杯」


 ブライアンがグラスを掲げてそう言った。それに応じて、こちらもグラスを掲げる。そして、グラス同士が当たると心地の良い音がした。

 

 お互いにワインを口に付けると、ブライアンは話し始めた。


「この前は、助かった。お前がいなかったら、俺は今はここにいなかっただろう。相手を少し油断しすぎていたようだ……」

 

 とブライアンは俯きながら言った。


・・・


 女性の叫び声が聞こえて、俺はフィッシャーのアパートから外に出ようとした足を、声のした方向に変えて走らせた。リビングを抜け左奥の廊下を走ると、一番奥の左側の部屋に床に倒れる女性と、それを見ながら左腕を右手で押さえているブライアンがいた。


 そして、その奥には銃口を今まさにブライアンに向けようと、箪笥からフィッシャーが出てくるのが見えた。


 人を殺すことの覚悟を決めるより早く、俺は銃口をフィッシャーに向けて、トリガーを二回引いた。二発の弾丸が銃から射出され、はじめの一発はフィッシャーの左胸部付近に命中し、もう一発は近くに置かれていたスタンドミラーに命中した。


 鏡が割れて、床に落ちる音がするなか、フィッシャーは持っていた銃を手から落とした。そして、声にならないうめき声を出しながら、左胸を右手で抑えて床にうずくまり、そのまま動かなくなった。


「すまない。助かった……」


 とブライアンは言いながら、左手を抑えていた右手を離すと、銃をフィッシャーに向け、頭部と胸部に二発ずつ、銃弾を撃ち込んだ。


「ブライアン。血が出ている」

 

 と左腕を指して言うと、ブライアンは痛みをこらえる表情をしながらも、


「大したケガじゃない。それより本当にさっきは助かった……」

 

 と言うのだった。


「女はどうします?」


「放っておけ。帰るぞ」

 

 こうして、俺は現場で初めて銃を使うことができた。だが、妙なことに高揚感のようなものはなかった。ただ、今後の自身の行く末が混沌としたものに覆われていくような気がするだけだった。



・・・



 その後、一週間ほどしたある日、ブライアンから食事に誘われた。少しおしゃれなイタリアンの店だ。そして今に至る。

 

 今日はブライアンの驕りだというので、普段は手の出せないようなワインや料理を注文した。


 それらを腹いっぱいになるまで飲み食いすると、最後にデザートを注文しようと、ウェイターを呼んだ。ウェイターにチョコラータを注文して、ブライアンにも注文がないか確認したが、彼は首を振った。


 彼は先ほど来た食後のコーヒーを飲みながら、話し始めた。


「あれから一週間ほど俺の方で考えたが、お前に今までより難しい案件にもかかわってもらおうと思う。先の案件の時のお前の行動を見る限り、十分な働きができると実感した」


 ブライアンが珍しく褒めてくれることに、うれしくて少し口角が上がりそうになるが、それを抑えて言った。


「ありがとうございます」


「次からの案件は今までより格段に難しいものになるだろう。お前がミスをしても、俺がフォローできるとは限らない。自分の命は自分で守れるように覚悟をしてくれ。また、俺か任務か選ぶ局面が来たら、迷わず任務の成功を優先しろ」


 そうブライアンに言われて、「わかりました」と答える。そして、コーヒーを飲むブライアンの方を見た。彼は視線をこちらに向けておらず、なぜか少し悲しそうな顔をしていた。







 

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