第4話 初仕事

 店に入るとそこはエントランスになっており、店の係員に入場料の支払いを求められた。ブライアンが二人分の入場料を支払うと、係員は受け取った料金を確認する。そして、こちらの方を一瞥し「どうぞ」と言った。俺とブライアンはそれを聞いて、フロアにつながるエントランスの奥の扉へと向かう。その扉は開けっぱなしになっており、フロアから音楽や歓談の声が漏れている。そこを抜けると、眼前に広い空間が現れる。


 外から見ても思ったが、フロアはやはり想像以上に広かった。中央にDJ用のブースがあり、それを囲むようにダンスのためのスペースが用意されている。そして、そのスペースを囲むように店内の外縁には食事のためのテーブルが設置されていた。。


 店内は既に人で溢れかえっている。ダンスミュージックが大音量で流れているせいで耳が少し痛くなり始めた。


 人混みをかき分けながらテーブルの間を縫うように歩いていると、ブライアンの視線の先に目標はいた。頭のてっぺんが剥げていて、小太りの白人、”ファット”だ。ファットは女を侍らせながら、店の奥のテーブルに座った。


 自分たちもファットのいるテーブルがギリギリ見える所のテーブルに座る。俺がウェイターからメニューを受け取り、ビールを注文しようとすると、


「水でいい」

 

 とブライアンに遮られた。ウェイターが「では、他にご注文は?」と訊ねようとした。だが、ブライアンはサングラスを下にずらし、ウェイターをにらみつけた。ウェイターは「ごゆっくり」とだけ言い残して、少しおずおずとしながら立ち去ってしまう。


「どうして何も注文しないんです?」


 目標に悟られないよう、自分なりに気を利かせたつもりだった。ブライアンは少し呆れた顔をした後、


「俺たちは今から仕事をするんだ。オフィスワーカーだって、仕事をするときに酒は飲まない」

 

 とだけ言った。



 ・・・



 その後、しばらく水をすすりながらブライアンが動くのを待った。ダンスフロアを見ると、若者たちがDJの演奏する音楽に合わせて踊っていた。そして、目標のファットは女たちと話しながら下品な笑みを浮かべている。奴が酒やら料理やらを口に運んでいるのを見ていると俺は無性に腹が立ってきた。


「どうしても腹が減った」


 我慢の限界の末にブライアンに抗議すると、彼はこちらを一瞥して、「軽いものにしろ」とだけ言った。そこで、俺は近くのウェイターを呼ぶとフライドポテトを注文した。


 目標を観察しながら、自分のポテトはいつ来るだろうとウェイターが厨房とホールを行き来するのを見ていると、ようやくフライドポテトを片手に持ったウェイターが現れた。と同時にブライアンが、


「おい、こっちを見ろ! ファットに男が話しかけている」


 と言った。ファットの方を見ると、ニット帽をかぶった若い男がファットに声をかけているのだ。ファットは「少し離れる」とでもいうかのように同じテーブルの女性たちに話しかけ、近くに置いていた手持ちカバンを手に取ると、ニット帽の男と一緒に席を離れた。


 ブライアンが「行くぞ」とだけ言って、席を立ちあがったのでポテトのことが惜しまれつつも、俺も席を立った。


 ファットたちを後ろからつけていくと、彼らは店の奥の細い廊下を進んで行った。そして、廊下のつきあたりにあるドアを開け彼らは入っていく。扉の標記を見るとどうやら彼らが入っていったのは男性用の手洗い場のようだ。ブライアンと俺は彼らの後に続いてその中に入る。


 中に入ると、ファットは手持ちカバンから何かを出そうとしており、一方で客と見られる男はしわしわの紙幣をビラビラと振っている。それを見て、


「おい、ファット! 閉店の時間だぞ!」


 とブライアンが大声で言うと、ファットも客もこちらの方を向いた。その瞬間ファットの表情が一気に青ざめる。客の男の方はこちらに向かって、ガンを飛ばしてきたが、ブライアンがコートのポケットから銃を取り出し、「失せろ」と言うと、黙って外に出ていった。


 客の男が出ていくのを見届けてから、ブライアンは続ける。


「ファット、お前には前回忠告していたはずだ。勝手な商売をするな、とな。それが、1年もたたずに再開するとは……なめられたもんだなあ!」

 

 すると、ファットは怯えた声で「誤解だぁ……」と言った。ファットの顔は先ほどテーブルから観察していた時には想像もできないほど情けない顔になっていた。ブライアンは銃口をかばんに向けながら言った。


「じゃあ、そのかばんの中身はなんだ?」


「何でもない、ただのかばんでぇ……」


「じゃあ、かばんの中身を全部床にぶちまけろ!」


 そうブライアンに言われると、ファットはかばんを抱えて沈黙する。しばらくその様子を彼は見ていたが、埒が明かないと思ったのか俺に「奴のかばんをひったくれ!」と命令した。


 首を縦に振り了解の意を伝えると、ファットに近づき奴のかばんを無理矢理ひったくる。そして、かばんを裏返すと、財布やその他小物と一緒にビニール製の袋に小分けされた白い粉が出てきた。ブライアンは袋の一つを床から拾うと、


「前回、お前はその腹の中に隠してたからな。今回も吐き出させるのは面倒だし、気持ち悪い。だが、取引の直前ならそんなグロいことをしなくて済む」


 と言った。ファットは声を震わせながら、


「頼む! もう一度だけチャンスを……頼む! 許してくれぇ……」


 と懇願し始めた。ブライアンは銃を持ちながら、ファットに近づき、


「チャンスは2度はやってこない。前回そう言っただろ?」


 とファットに耳元で囁くように言った。その途端ファットは顔を上げ情けない顔をさらしながら、大声で助けを呼ぼうとする。だがその声が口から外に出るより早く、一発の銃声が手洗い場に響いた。



 ・・・



 その部屋から立ち去ろうと扉を開けて廊下を歩いていると、フロアの方から男たち二人がやって来てすれ違った。額に冷や汗が流れるのを感じたが、ブライアンは動じていなかった。そして驚くことに男たちは先程の部屋に入ると、再び戸を開け『故障中』の立て札を入り口の前に置くだけだった。


 フロアとエントランスを抜け、車道を渡ってブライアンの車にたどり着くと俺は質問をする。


「さっきの男たちは知り合いですか?」


「店の連中だ」


「なんで店の連中が?」


 ブライアンは運転席に黙って乗り込むので俺も助手席に座る。


「どうして店側が協力するんです?」


 ブライアンはこちらを一切見ないまま、キーを差し込み車を発進させながら話し始める。


「今回は店側もあいつの商売を黙認していた。そこでこちらが店側に打診したのさ。対立か協力かってな。そしたら店は協力を選んだ。それだけのことさ」


「ということは今日の仕事はファットが店に来た時点でほとんど成功してたってことですか?」


「質問の多い奴だな……初めにそう言っただろ? と。静かにしろ、運転に集中したいんだ」


「なぜ、先に言ってくれなかったんです? こっちはヤバい仕事だと思ってずっと緊張していたのに」


 語気を強めてブライアンに問いかける。すると、ブライアンは急にブレーキを踏んで車を停車させ、思い切りハンドルの中央部分を殴りつけた。クラクションの音が通りに響き渡る。


「お前はどうも勘違いしてるらしいな。お前は新入りなんだ。だから今日みたいな簡単な仕事で当たり前なんだよ。初日からカーチェイスやドンパチができると思っていたのか? そういうのがしたいんだったらクソったれの俳優にでもなって、映画の中でやるんだな!」


「それにな、これも初めに言ったがお前はまだフロアで踊ってたような他の連中と変わらないんだ。違うのは所属している組織だ。そこを勘違いするな。次に何かしゃべったら車から放り出す。いいな?」


 ここから俺は何も話しかけなかった。ブライアンが怖かったからじゃない。彼の言い分が正しいと納得している自分が心のどこかにいたからだ。


















 

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