第七転-餓鬼武者【グロ注意】。
「あれ……ここ路地裏だよな?」
結界の内部は不思議な空間だった。
緑豊かな山々に囲まれた村の中に茅葺きの古民家が立ち並び畑作業に勤しむ村人や童遊びに興じる子供達の姿があった。
お世辞にも裕福な村には見えなかったが至るところに人の温かみが感じられる平和な村に思えた。
道行く人の服装も暮らしも現代社会とはかけ離れている。
そもそも俺は都内の路地裏にいたんだぞ、どこなんだここは。
「俺は夢でも見てんのか?」
まったく……まるで狐に化かされたような気分だぜ。
『夢ではない、
「幻にしてはリアル過ぎないか? 村人なんか本当に生きてるみたいに感じるぞ」
『あの者達は生きている……というよりは"
「えっ?」
『恐らくこれは過去の記憶じゃ。この
「みんな大変だべ!」
村の静寂を破ったのはこちらに向かって走って来た若い男だった。
その男の鬼気迫る形相からもただならぬ雰囲気を感じ取ることが出来た。
「どうしたと言うのだ?」
「隣の村に"
「なっ!?」
「それは本当か!」
「間違いねぇだ! 隣の村の奴らは全員"
「こ、こうしちゃいらんねぇ! 村長!」
「やむを得ん……
通りゃんせ、通りゃんせ。
ここは何処の細道じゃ。
「なんだ……どこからか童歌が」
その声は綺麗……というよりは体の芯から底冷えるような透き通った声だった。
「ひぃぃぃ! 来る! "
「お、おいアンタ……一体何が来るってんだよ?」
あまりの慌てようだったためつい声をかけてしまったが、やはり村人は神様の言う通り幻であるようで俺の呼びかけに対しても無反応で認識もされてないらしい。
ちいと通してくだしゃんせ。
一人足りとも逃がしゃせぬ。
音の発生源は分からない。
しかし心なしか一フレーズ毎にこちらに近づいているように思えた。
そのことに気付いてか、俺の体はドクン……ドクンと胸騒ぎを始めた。
御霊を喰ろうて参ります。
「っ!?」
声はついに耳元まで迫り、俺は鳥肌を立てた。
焦って後ろを振り向くも誰もいない。
ホッと胸を撫で下ろそうとした次の瞬間だった。
突如として紫色に妖しく輝く点が現れたのだ。
やがて点が線を結び村全体を覆うように逆にした星型の魔法陣が完成した。
「駄目だ! 村から出られねぇ!」
「結界じゃ……"
「一面鏡張りの結界……これって"
『逆五芒星は
逆五芒星って要するに星形を逆にした形のことだよな。
なんだろう、どこかでそれに関することを聞いた気がするのに思い出せない。
魚骨が喉に引っかかったような違和感が頭から離れなかった。
「神様の話からすると、あれは"
『左様』
「っ!?」
突然地中に何かの気配を感じた俺は地面に目を向けた。
何かがいる……どんどん近づいて来る!
地面から這い出るようにして巨大な手が現れ、逃げ惑う村人を鷲掴みにするとそのまま地中に引き摺り込んだ。
『馳走の匂いだ……グルルルル』
「うわァァァァァァァァ!」
ゴチャ……ゴチャと肉をかき混ぜ骨を砕くような咀嚼音。
地中にいる何物かが発したそれは地上にいる俺の耳にもはっきりと聞こえた。
もしかしなくても分かる。
喰っているんだ……人間を。
『足りぬ……こんなものではまだ足りぬ』
やがて一人だけでは満足出来なくなったのか地中深くにいたそいつがおぞましい姿を現した。
そいつは5メートルはあろうかという巨大な体躯を堅牢な鎧で包んだ武士のような姿をしていた。
目の焦点が合っておらず大きく裂けた口には鋭い歯が生え揃い、口の端からは常に粘度の高い涎を垂らしている。
加えてその武士の肌が紫色だったことと腹に空いた大穴から見えた傷だらけの内臓がおぞましさに拍車をかけた。
「な、なんだよあの化け物……っ! 神様! あれがもしかして……っ!」
『そうじゃ、奴こそが暴食の"
「が、"
「今から遡ることおよそ300年前……一人の荒武者が飢餓に苦しんだ末に食人鬼となり人里を襲い、その血肉と魂を食い漁る内にその身に満たされぬ食欲を宿した"
「嘘だろ……じゃああの化け物は元人間だったってのか!?」
『人間だった頃の"
「要はあの土手っ腹に空いた大穴と内臓はその名残ってわけか……なんて惨たらしい」
『誰でもいい……この空腹を埋めよ……馳走を持って参れ』
「逃げろー! "
「アァァァァァァァ!」
「やめて! せめてこの子だけは! 嫌……嫌ァァァァァァァァ!」
"
大人も子供も老人も見境無く次々と口に運ばれ耳障りな咀嚼音と断末魔が村中から絶えず何度もこだました。
『味は感じるのに満たされぬ……乾きが治まらぬ……何故だ』
しかしいくら村人の屍を食い漁っても、ボトボトと落としてしまう。
どうやらお腹にパックリと空いた大穴のせいで食べても食べても空腹は満たされることはなく食べた肉すらも体外に出てしまうようだ。
辺りには人の判別も出来ないほど細切れにされた肉が散々としている。
それでも"
逃げ惑う村人を……はては不覚にも戻してしまった肉片を再び口に運び食べ続けた。
永遠にその繰り返しだった。
「くそ……食われてたまるか! このぉ!」
屈強な体つきをした村の男達である。
「グッッ!」
「ギャァァァァァァァ!」
しかし無残にも向かってくる男達は"
他の村人が戦慄しながらも自らに攻撃していることもお構い無しに、"
実力差は火を見るより明らかである。
『満たされぬ……いくら食ろうても俺様の腹は満たされぬ……』
「いやだァァァァ! ここから出してくれェェェェ!」
飛び散る鮮血と内臓。
断末魔と
それは例えるならば見る地獄、あるいは聞く地獄。
人間が思いつくであろうあらゆる阿鼻叫喚を一束ねにした地獄絵図が眼前には広がっていた。
『俺様を満たせェェェェ! 馳走を持ってこォォォォい!』
村人を全員喰い殺した"
「ハァ……ハァ……うっ」
俺は胃の中の物が逆流するのを口元を押さえて必死に抑え込んだ。
幻と分かっていても目の前の惨劇は本物だった。
しかし恐怖は終わらない。
その後更に信じられないことが起こった。
なんとさっきまで村人だった肉片がひとりでに寄せ集まり再び人の姿を型取り始めたのだ。
「こ、今度はなんだよ……バラバラの死体が勝手に動き出したぞ」
『こうなるのだ、
死体はビデオを逆再生しているかのように元通りの村人の姿に戻っていく。
一人また一人と元通りの姿となり、結界内を彷徨い歩き始めた。
「な、なんだよあれ!」
『
「そんな……惨すぎる……」
『分かったかアラ太よ……何故"
「あぁ……もしもあんな奴らが一匹でも現代に放たれたらと思うとゾッとするぜ」
神様の言うことが正しければ"
それにあの惨劇を見る限り、人間の抵抗は魔妖芯への攻撃にもなっていなかった。
たとえ現代兵器を用いても人間じゃない"
『どうやらそうこうしている内に本物も来おったようじゃな』
「っ!?」
神様が指す方向を見ると結界の鏡面の一部が盛り上がり人の形を型取り始めていた。
「まさか貴様の方からおめおめと姿を現すとはな。探す手間が省けたぞ」
体の輪郭がはっきりしたところで姿を現したそいつは先程の巨大な荒武者とは似て非なる人間の姿をしていた。
特段変わった所はない普通の人間の男だ。
年は俺よりも若い。
学生服を着ているし高校生くらいかもしれない。
しかし異質だったのはその右手の甲に刻まれた逆五芒星の刺青だった。
「久しいな"
『この気配……お主……"
「えっ?」
「御名答」
神様はこの男の子のことを"
目の前の男の子もまたその問いかけに対し肯定の姿勢でいる。
『やはり既に人の身体を手に入れていたか』
「ククク……貴様のおかげでな」
取り出したのは鉛筆、しかもコロコロ鉛筆だった。
「コロコロ鉛筆!?」
「この鉛筆は"
『それでその
「あぁそうだ。そして俺様はこの世界が気に入った」
不気味だ……。
喋ってるのは普通の男の子って感じなのにまるで生気を感じない。
コイツが言葉を発する度に本能的に鳥肌が立つ。
「現代は素晴らしいものよなぁ……俺様のいた時代とは雲泥の差だ。食糧に困らぬから人間も美味しく育つ育つ♪」
『大人しくその
「断る。もう貴様の体の中で空腹を耐え忍ぶのはたくさんだ。これからは俺様の腹を満たすためだけに人間を喰らい尽くすだけよ」
"
『むっ!?』
「出でよ我が化神——ハングリーグリズリー!」
"
そして……。
『グォォォォォォォォ!』
鉛筆に描かれた巨大な熊のモンスターがまるで鉛筆から飛び出すようにして現れたのである。
「コロコロ鉛筆に描かれたモンスターが実体化した!?」
それにあのモンスターはコロコロ鉛筆の第3弾——『戦国編』に収録されていたハングリーグリズリー!
時価30万以上で取引されている激レア鉛筆だぞ……っ!
どうして"
『化神召喚術……既に"
「俺様を解き放った者はこう言った。『"
『グォォォォォォォォ!』
「マジかよおい! こっちに来るぞアイツ!」
ハングリーグリズリーの爪先が俺の右腕を掠めた所ジャケットは裂かれ腕からは出血した。
「いっつぅ……コイツ幻じゃないのかよ!?」
実体がある。
モロに喰らったら死ぬぞこれ。
『くっ……やむを得ん、アラ太!
『グォォォォォォォォ!』
「んなこと言ったって……うわぁ!?」
避けんのが精一杯だぞコレ。
しかも最近運動不足だったからか身体の節々が軋むぜ。
『急げ! 死ぬぞ!』
「分かった、アイツと同じ要領でやればいいんだな!?」
鉛筆を握り自分の掌に一筆書きで五芒星を描き記した。
分からんけどこれでいいのか?
「よし描いたぞ神様!」
『我が神名!
『グォォォォォォォォ!』
「っ!?」
既にハングリーグリズリーのナイフのように伸びた鋭利な爪が目の前まで迫っていた。
避けられそうに無い、確実に直撃する。
『ヤバイ……終わったかも』と俺は心の中で呟いた。
『破ァーーーーっ!』
間一髪神様の呼びかけに応えるように俺の掌が熱くなったかと思うと、五芒星の紋章が浮き出て光を放ち始めた。
『グォォォォォォォォ!』
そしてその光がコロコロ鉛筆にまで伝わると鉛筆から青白く輝く物体が飛び出てハングリーグリズリーを吹き飛ばしたのである。
「ちぃ……"
『なんとか間に合ったようじゃのう……怪我はないなアラ太?』
聞き馴染んだその声は突如現れた非日常であり自らを神様を名乗る俺の
「か、神様なのか……?」
コロコロールドラゴンだった。
『一か十まで説明している余裕は無い。死にたくなければ今この場で命を削る覚悟を決めてもらおう』
「削るのは鉛筆までにしといて欲しいんだが?」
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