どこにもいけない

呉 那須

どこにもいけない

 ランドセルをしょって家の扉を開けました。

 通学路を歩いていると東京タワーのように高いのっぽな電柱さん一同がわたしをじーっと見つめたのでランドセルに穴がたくさん開きました。するとランドセルは、はやく学校に行かなきゃといってどこか遠くへいってしまいました。教科書も筆箱も上履きも家の鍵も全部なくなっちゃった。どうしよう。ポケットにあったおじいちゃんの懐中時計見ると、わたしは教室の机の上に立ってました。

 教室の時計に針はなかったけど、教卓上の風船で作られたインゲン豆をみんなで見ていたので多分図工の時間かなと思いました。わたしの椅子に座っているランドセルやクラスのみんなの笑う声が恥ずかしくて机から降りようとしたら先生が、おいなに降りようとしてんだお前教科書忘れたんだろ筆も忘れたんだろ絵のない絵を見て描けるほど創造できるほど偉いのかそこで授業が終わるまで立ってろ!と言うからわたしは、はいごめんなさい許してくださいこのままずっとずっと立ってますって気付けば父さんのバリトンの声で謝っていました。よく見ると教室にいるみんなは笑っているのに顔がありませんでした。

 そして机の上のわたしを忘れたかのようにインゲン豆の鑑賞会に戻り、授業が終わるとようやく机の上から降りることが許されました。だけどおじいちゃんのくれた懐中時計がポケットから落ちちゃって壊れてしまいました。気付けばわたしはまたランドセルをしょって家の前に立っていました。

 学校に行きたくないので、家にいようとランドセルの中から鍵を取り出して扉を開けようとしました。鍵は何故か鍵穴に入りませんでした。仕方なくインターフォンを押したのですが誰も出ませんでした。笑い声が聞こえたので庭から声をかけようと覗くと剪定された木におじいちゃんが首を吊っていました。おじいちゃんと声をかけるとおじいちゃんは骨になってカラカラと落ちてしまいました。

 リビングを見ると顔の無い父さんと母さんと妹が朝からオムライスを食べていたのですが口がないのでテーブルに全て落ちていました。わたしは鍵を開けてと窓ガラスを叩いたけれど気付いてくれませんでした。せめて時間だけでも見ようとリビングにある時計を覗くと周囲一帯は仄暗い夜に包まれました。

 自宅の庭から夜空を見上げると月のクレーターからどろっとした血が流れていました。

 いつまでも追いかけてくる月から走って逃げていると、風船人間がわたしを小さい箱に閉じ込めて世界地図とゴム風船を無理矢理渡してきました。わたしは急いで箱から出たのですが、目の前で突然ネオンの光が襲いかかってきて思わず目を閉じてしまいました。

 どこにもいけないわたしはゴム風船を捨てて、地図に従ってネオンの世界に浮かぶ箱の中を転々と歩きました。時間が経つと次第に目は慣れ、地図がなくても歩けることを知りました。

 

 久しぶりに夜空を見上げると捨てたはずのゴム風船が三日月のとんがった所に引っかかってました。

 

 クレーターから血は流れていませんでしたが、小さな芽が生えてました。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

どこにもいけない 呉 那須 @hagumaru

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ