6. 面影

 ライカはベッドに臥せっていた。顔面蒼白、血の気は失せ、猪突猛進でうるさいのが取り柄の元気印は見る影もない。勝ち気な瞳は虚ろに天井を見つめ、指先ひとつぴくりとも動かせない。体調が芳しくないのは明白だった。


「……うぇ……」

「ライカ。吐くならこのタライにしてくださいね。どうせ動けないでしょう」


 ギルド「電光石火」頭領、泣く子も黙る雷と火の使い手ライカ・ボルドー。

 絶賛二日酔い中である。


「あたま、ズキズキする……」

「まあ後遺症のようなものです。寝てれば治りますから安静にしてください」

「こういうのは僧侶ジャスミンの仕事だろ」

「必要な治療はしてくれましたよ。あとは体力を回復させるために寝るだけだからと」


 添い寝してもらいたかったんですか? と冗談めかしてエミリオが笑う。お断りだとライカは呻いた。


「毒でも盛られそうだ」

「こら。滅多なことを言うんじゃありません」


 普段ならタライを落とすところ、衰弱しているライカに一応気を遣っているらしい。エミリオは子供を叱る母親のような口調で諌めた。それもそれで納得はいかないが、ライカに反論する気力は残っていなかった。


「……無茶したからな」

「代償、でしたっけ」

「今に始まったことじゃないさ」


 ライカの魔法は乱暴だ。精霊との交渉で力を貸してもらうはずの魔法を、その力の粒子を半ば無理矢理奪い取る。強奪されてはさすがに精霊も黙ってはいないから、その代償が使役者に降りかかるのだ。


 ライカの場合、それがこの体調不良として出ている。

 己の容量を超えた大規模な魔法の使役は過度なストレスを与える。負荷が代償となって発現した結果、目眩に頭痛、虚弱に猛烈な吐き気と……二日酔いの症状に似た形で還元されているのである。それでも代償がこの程度で済んでいるのは可愛いものらしい。要求される代償は精霊の気まぐれによるところが多い。

 まったくもって締まらない、とジャスミンは呆れていた。


「今回の件でウチのギルドも騎士団からお叱りを喰らいましたよ。塔の構造を解明したいのでむやみやたらとフロアを焦土にしないようにと」

「ぬるいことを言ってくれる」

「本当に。悠長なお小言です」


 ライカに同意するあたり、やっぱりエミリオは狂っていると思う。それが小気味よくてライカは乾いた笑い声をこぼした。……つもりだったが空咳が出て終わった。


「……幻覚で、親父に会ったんだ」


 なんでそんなことを言おうと思ったのかはわからない。頭は痛むし視界はぼんやりとするし、夢と現の境界すら曖昧になっていたせいかもしれない。誰に語るでもなくライカは呟く。


「俺の知ってる姿じゃなくて、黒髪黒目の……たぶん、あれが本来の姿、だったんだろうなぁ」


 エミリオは何も言わない。口を挟むことではないと思ったのかもしれない。


「なんでわかったんだろうな。俺とは全然似てなくて……歳も、若く見えたかな。ジャケット着ててさ、こっちをじっと見てるから、ああ、親父だって思ったんだ」


 夢幻回廊で見た景色を思い出す。けれどもう記憶が混濁していて、はっきり見えたはずの輪郭がもう思い出せない。


「笑ってたのかな。何も、言ってくれなかったけど……なんか、嬉しくて。手を、伸ばしたような」


 瞼が重くなってくる。頭を叩く痛みも重くなってきた。誘う。深層へ、深層へ、ライカの意識を引きずり込んでいく。


「……親父は……」


 視界が黒く塗り潰される。強引な眠気がライカを逃さない。


「……エリンダス王国こっちに来て、楽しかったかな……」


 ***


 ライカが静かに寝息を立てたのを確認すると、エミリオは病人の看病に励んだ。氷枕を取り替え、異常な発熱や発汗がないかを確かめる。とにかく頭がシェイクされるように痛いと言っていたが、高熱の部類は併発していないようだ。むしろ顔色は蒼白だから布団を掛けてあたたかくしたほうがいいかもしれない。


 楽しかったかな。

 やや苦しそうな寝顔の男は意識を落とす前にそんなことを呟いていた。ライカの父親、つまり転生者が楽しく第二の生を送れたかと。エミリオにも無縁の問いではないのでつい考えてしまう。


「楽しいばかりでは、ないですが」


 エリンダス王国での転生者の扱いを知ればそんな一言で片付けられる人生ではないだろう。冒険者としてうまく軌道に乗れたから満足だと言えるのであって、道端に捨て置かれた浮浪者のままならば、ここは生き地獄だと答えただろう。ライカと出会わなければ、エミリオは正直どう答えられたかわからない。

 けれど。エミリオは弱ったライカを見てから瞑目する。


「面白いですよ。あなたとの日々は」

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転生者、世にはばかる~エリンダス王国の眠れる住人たち~ 有澤いつき @kz_ordeal

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